「生物多様性世界枠組」に日本企業はどう取り組むべきか(1)

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昨年12月の生物多様性条約COP15で「昆明・モントリオール生物多様性世界枠組(GBF)」が採択されました。2030年までに世界が目指すべきこと、行うべきことが合意され、もちろん企業にもさまざまなことが期待されています(生物多様性、2030年までの世界目標で決まったこと――ネイチャー・ポジティブを追求、問われる企業の役割と開示)。ところが、これを意識して行動を始めている企業は案外少ないのが実情です。一方、3月末には「自然関連財務情報開示タスクフォース」(TNFD)のVer.0.4が発表され、多くの日本企業がTNFDに沿った情報開示に関心を寄せているようですが、きちんとした取り組みなしには開示のしようがありません。やはり生物多様性について企業として何をすべきかを考えるとき、まず参考にすべきものは上記のGBFでしょう。これを見れば、私たちの課題は何なのか、世界はどちらへ進もうとしているかが分かるからです。TNFDに的確に対応するためにも、ぜひGBFをしっかりと把握していただきたいと思います。今回から2回に分けて、日本企業はGBFに沿ってどう取り組んでいくべきかを考察します。

国内では3月31日、第6次の生物多様性国家戦略が閣議決定され、また企業向けには4月7日に「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)-ネイチャーポジティブ経営に向けて-」も発行されました。私も初版のときからこのガイドラインの策定に関わっているのですが、第3版はかなり包括的で丁寧な教科書兼資料集になっています。こうしたものもぜひ参考にしていただきたいと思います。一方で、このガイドラインは中小企業にも使ってもらえるようにということで、あまりハードルが高くなりすぎないようにという配慮のもとで作られています。またかなりいろいろと細かいことまで書かれていますので、かえって見通しが悪く感じる方もいらっしゃるかもしれません。したがって今回は、GBFは結局企業に何を求めているのか、そしてそれに応えるために何をしたら良いのかということを俯瞰的に、ズバッと説明したいと思います。

目指すはネイチャーポジティブ

GBFが定めた目標はネイチャーポジティブです。生物多様性をはじめとする自然に対する影響をなるべく少なくすれば良いというこれまでの考え方から、それだけではなく生態系を再生するところまでを目標にしたという点で大変画期的です。実際の表現は「2030年までには生物多様性の損失を止め、回復させるために必要な緊急行動を取る」とかなりトーンが抑えられているのですが、これはあまり野心的な目標にしないようにという国もあったためです。しかし、日本を含めたG7諸国は既に2021年に「G7 2030年自然協約」に合意しており、その中で、2030年までに生物多様性の損失を止めて反転させることにコミットしています。目指すところはやはり、2030年までに流れを反転させることだと考えた方が良いでしょう。

その上で企業は何を求められているのでしょうか。まず必要なのはバリューチェーン全体で生物多様性への負の影響をギリギリまで減らしていくことです。特に重要なのは、原材料を持続可能なものに切り替えること、水使用を減らすこと、自然生態系の開発をしないことなどです。そしてその上で、生態系を増やす活動も期待されています。こちらは現段階では必ずしも義務ではないのですが、先進的な企業は二酸化炭素の吸収との相乗効果も狙って、大規模な植林や森林保全を行うところが増えつつあります。

2025〜2030年までには持続可能な原材料へ

原材料の生産においては、森林などの生態系を破壊しないことが重要です。魚など天然資源については、それを枯渇させるような調達はしないことです。そのために自社でサプライチェーンをトレースして管理することも原理的には可能ですが、実際には国際的に広く認められた認証原材料を使うことが現実的です。

こうした持続可能な原材料への切り替えをできれば2025年まで、どんなに遅くとも2030年までには行う必要があります。というのも、世界の先進的な企業は軒並み2025年までには切り替えることを宣言して行動を開始しているのです。主要な原料については、もう切り替え済みの企業も少なくありません。今後はこうした企業と比較されることになりますし、さらには英国やEUでは、原材料が森林を破壊して生産されたものではないことを、企業が自らデューデリジェンスすることが法律で義務化されるのです。つまり、英国や欧州諸国では、持続可能な原材料を使っていなければ商売ができなくなってしまうのです。このような規則は、今後、他の地域や国にも波及する恐れがあります。だから持続可能な原材料への切り替えは急ぐ必要があるのです。しかも、持続可能な原材料は数量的にまだ限られており、今後は国際的に奪い合いになるでしょう。もちろん最終的にはすべての原材料が持続可能なものにならなくてはならないのですが、それまでにはかなり時間かかるでしょうから、まずは既存の持続可能な原材料を確保することが重要になります。

直接的な影響を減らすためにオフセットを利用

自然を減らさないために、もう一つ注意すべきなのは土地の利用です。土地を利用するということは、生物が利用していた住処を人間が占有することであり、自ら直接生態系を破壊することになり得るからです。

新たな土地開発においては、生態系の影響を最小限にすることが求められます。ただし、どんなに影響を小さくしてもゼロにはなりません。どうしても影響を与えてしまった面積、開発してしまった面積については、いわゆる生物多様性オフセットという手法を使って、ほぼ同等の生態系を保護したり、再生することも必要になるでしょう。

日本には生物多様性オフセットの制度がないので、自然はオフセットなどできない、オフセットは開発の免罪符だと誤解されやすいのですが、きちんとした基準と手順で行えば、生物多様性を保全する効果は大きいですし、開発した生態系以上の面積を再生してネットポジティブを目指すことも可能です。実際に効果的な方法ですし、今後世界的にはさらに利用が拡大するでしょう。また、必要とする企業の代わりにオフセットを実行するというビジネスも発達する可能性があります。日本の企業としては、いきなりオフセットまでは難しいとしても、土地利用に関して明確な方針を整備し生態系を破壊しないようにすることや、できれば生態系を再生することも検討すると良いでしょう。

その他にも生物多様性への影響を減らす方法として、化学物質や廃棄物など、一般的な環境負荷を減らすことも挙げられます。これらについては既に取り組んでいる企業が多いと思いますが、より徹底すること、そして生物の視点で影響を考えることが求められます。特に淡水については、排水管理だけでなく、取水量を減らすことも重要です。他の生物種による水の利用を妨げないようにするためです。人間にとって有害かどうかではなく、生物に影響があるかどうかで考える必要があるのです。

参考記事
生物多様性、2030年までの世界目標で決まったこと――ネイチャー・ポジティブを追求、問われる企業の役割と開示
2030年のネイチャーポジティブ実現へ新たな「生物多様性国家戦略」が決定 30by30など『あるべき姿』と『なすべき行動』を示す

サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役 / サステナブルビジネス・プロデューサー

東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。CSR調達を中心に、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。足立 直樹 (あだち・なおき)

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