内間健・運動部デスク
高校野球の春の甲子園、第95回選抜高校野球大会が第9日を迎えた3月28日。16強入りし、3回戦に進んだ沖縄尚学が8強をかけて東海大菅生(東京)と対戦した。沖縄尚学には運動部を中心とする取材班が帯同して1回戦から取材・出稿を続けていたが、8強入りすれば、私も取材班に加わることになっていた。会社でテレビ観戦し、勝利後はすぐに会社近くに停めていた車に積んだ、前日に着替えを詰め込んだスーツケースを手に那覇空港に向かう予定だった。
「勝てば、あの時は同じパターンだな」。私は沖縄尚学が、春夏を通じて県勢として初の頂点に立った1999年春の第71回選抜高校野球大会を思い出していた。
快進撃で甲子園に
その99年の3月、私は与那原支局から初めて運動部配属となった。異動してまだひと月。県内で県高校野球春季大会を取材して、野球取材のいろはを学びながら、記事にしていた。一方で、甲子園の選抜大会では出場した沖縄尚学が「のびのびプレー」で快進撃を見せる。現在、監督を務める比嘉公也がエースだった。その勢いは止まらず、準々決勝で市川(山梨)を4―2で破り、春の甲子園では県勢初となる4強入りを果たした。そのため私は急遽、甲子園に派遣され取材班に加わることになった。準決勝での対戦相手は優勝候補筆頭の強豪・PL学園(大阪)に決まった。

沖縄が復帰して長らく「(沖縄から)大臣就任が先か、甲子園優勝が先か」と言われた。結果は91年、先に伊江朝雄氏が県出身で初の大臣に就任したが、ほぼ同時期の90年、91年に沖縄水産が夏の選手権大会で2年連続で準優勝し、高校野球も着実に力を付けていた。だが、「甲子園優勝」は実現する99年まで多くの県民にとって、悲願であると同時に、まだ半信半疑とまではいわないものの、現実感が薄かったように思う。かくいう私も、頂点を狙うPL学園が優勢と伝えられる準決勝では厳しいと思い、沖縄尚学の優勝は想像できていなかった。
県民の思い映す
私は慌ただしく那覇空港を飛び立ち甲子園に入りし、取材班の他のメンバーと合流した。迎えた準決勝。沖縄尚学は県民の思いが背中を押したような試合を大舞台で見せる。先発マウンドに上ったのは比嘉公也。沖縄尚学は先制したが、PLが7回追いつき、5-5で延長戦に突入。延長十一回に沖縄尚学が1点を入れると、PLも1点を加点する大接戦を繰り広げた。しかし、沖縄尚学は十二回二死二塁から、比嘉公也と荷川取秀明の連打で勝ち越すと、その裏、比嘉公也が212球目で三振を奪って、熱闘を勝利で締めた。
劇的な決勝進出決定。私は信じられない気持ちを抱きつつ、高揚感を持って取材に当たった記憶がある。当時の新聞記事によると、準決勝での勝利を受けたこの日、甲子園のスタンドで直接、決勝戦を応援しようと、那覇空港から当時の稲嶺恵一知事のほか、県民約千人が甲子園へ向けて出発したという。

ウエーブに感動
翌日の決勝の水戸商業(茨城)戦は2点を先制されたが、すぐ同点に追いついて逆転。沖縄尚学は全員野球を貫いて7―2で勝利し、歓喜と興奮が球場を包んだ。そのあと、観客席ではウエーブが始まった。約48,000人が埋めた観客席をウエーブが何度も回った。沖縄の高校野球に新たな歴史が刻まれた瞬間を目撃でき、私は鳥肌が立つような感動を覚え、その場に居合わせた幸運を十分に味わった。あれからもうすぐ四半世紀となるが、今思い出しても胸が熱くなる。

時代は下り、2008年には比嘉公也が監督に就任し、東浜巨(現ソフトバンク)がエースだった沖縄尚学が第80回選抜高校野球大会で優勝。10年には興南が島袋洋奨を擁して春の第82回選抜高校野球大会、夏の第92回全国高校野球選手権大会を制して、春夏連覇を達成するなど、沖縄はすっかり高校野球の強豪県の一つに成長。さらに県外には、誘われて進学した県出身選手が主軸を担う高校が多数あり、県勢の活躍をさまざまな場面で目にするようになった。世界一となったWBC日本代表チームでも山川穂高、宮城大弥、大城卓三が持ち味を発揮して貢献した。戦後、一歩一歩努力を重ねて、発展を遂げた沖縄野球界が日本の野球界で一つの地歩を固めたと言っていい。
さて、冒頭の今年3月の選抜大会3回戦に戻る。試合は、沖縄尚学が何度もチャンスをつくるものの一本が出ない重苦しい展開。六回には痛い走塁ミスで好機を逸するなど相手投手を攻めきれず0-1で敗れた。
テレビ観戦を終えて、私は用意していたスーツケースを車に積んだまま自宅へ引き返し、24年前の再現はならなかった。大いに残念ではある。だが、そう悲嘆にくれる必要はない。一つの敗戦、一つの失敗が選手たちを強くしてくれる。悔しさをばねに少しずつ前進してきた沖縄の野球の歴史が、選手たちの足元にはある。先輩たちの背中を追い、自らを鍛えて、それぞれがまた大舞台を沸かせてくれるに違いない。これまでの沖縄野球界の歩みが、それを証明している。