J2を席巻する町田ゼルビア黒田剛監督。息子・凱さんが知る「名将の素顔と凄み」とは

高校サッカー界最強の強豪青森山田高。地方の中堅校から全国屈指の名門に導いた黒田剛監督は今季からJ2のFC町田ゼルビアの指揮を執っている。

開幕仙台戦はスコアレスドローに終わるも、第2節から第7節まで6連勝を挙げるなどリーグ序盤戦の台風の目となった。

今季の2、3月度の月間優秀監督賞に選出され、見事な手腕を披露している。

そこで黒田監督をよく知る人物に名将の監督像について取材した。多方面から高校サッカー界からプロへ転身した指揮官の手腕を明らかにしていく。

前編は黒田監督の息子である凱(がい)さんに名将の素顔と凄さを聞いた。

左端が凱さん、右端が黒田監督、黒田監督の左隣は元ブラジル代表エジミウソンさん

(取材日2023年4月7日)

昨年初秋、黒田監督が町田の指揮官就任のリリースが出る1カ月前。黒田剛監督が家族にプロ転向の意思を家族に伝えた。凱さんは「ずっと山田一筋でやるものだと無意識に思っていたので驚きました」と衝撃を受けたという。

これまで28年間、青森山田高で栄光を築き上げてきた。高校選手権優勝3回、インターハイ優勝2回、高円宮杯JFA U-18サッカープレミアリーグ完全制覇2回と高校サッカー界で金字塔を打ち立てた。

そして齢50歳を超えてプロに挑戦する。

「この年(52歳)でもチャレンジできるんだと素直にすごいと思いました。純粋に応援する気持ちになりました」と幼少期からそばで見続けてきた父の決意に胸を打たれた。

父が率いる町田は快進撃を続けた。

強固なディフェンスラインに、労を惜しまないハードワーク、身体を張って守り切る。青森山田高のサッカーと通ずるものがある。

凱さんは「(失点に)どれだけの重みがあるのかを一番(選手に)伝えていると思います。町田の選手があそこまで献身的に走って、シュートブロックをして、決定的なシュートを打たせない。失点を防ぐところが徹底されていると思います」と分析する。

守り切って勝利する。この哲学が浸透してプロ選手の技術と強度が合わさって求める質が向上たからこそ、群雄割拠のJ2で結果を出している。

一方で山田との違いにも凱さんは気づいていた。「1-0で勝っている試合で、4バックから5バックに変更して無失点で勝ちにいくところは、あまり山田のときは見なかった」と話す。

外国籍選手の起用や若手の積極的器用など違いは複数あるが、最も異なる点はより勝負に徹するようになった点だ。

「プロは結果が出なかったら切られるかもしれない。シビアな世界なので、結果を一番に考えながら戦っているのかなと」

安定とは程遠い世界に身を置く父が、より勝負師として進化する過程を冷静に捉えていた。

戦術面では青森山田高の失点をしないサッカーをベースに、より勝負に徹する方向へ追及するサッカーへと進化し始めている。自分の理想に近づけるように短期間でチームを作り上げた名将のマネジメントは特筆すべきものがある。

凱さんは「色んな方向に強い力のベクトルを持っている選手たちが集まっていたら、あとはもう束ねるだけで目的を決めて、そこへ全員向かわせたらいい。だけど個々の矢印が小さければ、伸ばせるところと目標に向かわせるところをスタッフが持っていかなければいけないから、そこの作業量が大分変わると(黒田監督が)言っていましたね」と明かした。

選手個々の能力や性格などを加味しながら調整を重ねている。

さらに「いろんなパワーがあると思うんですけど、サッカーに向かうパワー、遊びに向かうパワーとそれぞれあります。他に向いているパワーの矢印をサッカーへ向かわせる。意志の強さをサッカーに向かわせることができれば、例えばいまならJ1昇格や、試合で活躍するというところにベクトルを持っていく。矢印をどれだけサッカーに持っていかせるかというマネジメントだと思います」

意志の力をサッカーと結果に結びつける。同じ目的へと導く管理指導が規律のある組織と統率の取れた守備の形成につながっている。

そして青森山田高は逆境に強い。劣勢であっても粘り、耐えて最後に笑う。

今季の町田もまたピンチになっても、粘り強くゲームを進めて勝利を手にしてきた。

そこには黒田監督の優れた慧眼に理由がある。凱さんが高校のとき、試合で追い詰められたときに名将は選手たちに何を語りかけたのか。

「慌てて自分たちのサッカーができない状況は、早くゴール前にボールをつなげてシュートまでいきたいというメンタルになる。

そうなったら(父は)『もっと行けよ』という声じゃなくて、一度(選手を)落ち着かせて平常心になるまでメンタルを持っていく。

自分たちには力があるから、いつも通りのサッカーをするように気持ちを落ち着かせる声かけを(父は)していました。慌てさせない。常に自分たちを信じていました」

愚将は追い詰められれば、追い詰められるほど選手に罵声を浴びせて、より状況を悪化させる。これは少年サッカーから大学サッカーを取材していて、未だに見られる悲惨な光景だ。

だが黒田監督は選手を信じて、心の揺らぎを見抜いて落ち着かせる。それが選手にとってどれだけ心強いか。

選手心理に寄り添い、冷静にアドバイスを伝える。「黒田監督はきびしい」とよく先行しているイメージを耳にするが、きびしさの中に優しさと冷静さがあるから多感な時期を過ごす高校生たちも同じ目的へと歩調を合わせて進むことができる。

舞台はプロになってもマネジメントの本質は変わらない。選手を信じて、全員でその目標へと向かう。短期間で町田を戦う集団へと導けた理由はそこにある。

そして選手の信頼を勝ち取る理由の一つに選手への思いやりやリスペクトが挙げられる。

青森山田高監督時代はきびしいイメージを持たれがちな黒田監督だが、練習後やオフでは冗談をいう場面もあったという。凱さんは「練習終わりに選手とコミュニケーションを取るとき、ちょっとボケたりとかはありましたね」と明かす。

慣れ合うわけでもなく、突き放すわけでもない絶妙な距離感を常に保つ。青森山田高OBに黒田監督の印象を尋ねると「きびしい言葉をたくさんかけて頂いたけど、それと同じぐらい思いやりのある言葉もかけて頂いた」と振り返る選手は多くいる。

凱さんは青森山田高時代FWのポジションでプレーしていたが、同期に全国選手権とインターハイで得点王に輝いたFW鳴海彰人やJ3ヴァンラーレ八戸FW佐々木快との激しいポジション争いを強いられた。

「彰人だったらスピードもあるし、快なら高さがあった。比べたら身体能力は自分の方が確実に低い。キックは自信があったけど、格段に足が速いわけではないし、体力があるわけでもない」と当時を振り返った。

高3次は主にセカンドチームで過ごし、負傷の影響で最後の選手権はマネージャーに回って裏方の仕事をするなど、苦しい時間を過ごすことが多かった。

「何か他の人にずば抜けて勝てるプレーは何だろうと考えたとき、自分には正直キックしかないと認識していた。そしたら動きだしの部分や、相手が背負わないプレーのアドバイスを(黒田監督から)もらいました。

具体的にどこを意識したほうがいいか。オフザボールの時の動きだしや動き方、チームにフィットするための動き方を教えてもらえました」

最終的に高円宮杯 JFA U-18プリンスリーグ東北では6得点を挙げた。

黒田監督のアドバイスで飛躍した選手は数多くいる。壁に当たっている選手にはしっかりと手を差し伸べる姿勢に、未だに多くのOBが謝意を示している。

そして父としての一面も明らかになった。黒田家にはトイプードルとタイニープードルを計2頭飼っており、ワンちゃんの前では黒田監督も笑顔を絶やさないという。

「主従関係じゃないですけど、なつき方が犬の中でも一番上にいるのは絶対に父だと思う。小さい子供たちにもフレンドリーに接していますね。サッカー以外では普通のお父さんだと思います」とほほ笑む。

オフには凱さんとアウトドア好きな名将はキャンプでバーベキューや海釣りを楽しむシーンもあったという。

取材を進めるごとに広く周知されていた厳格な指導者とのギャップに筆者は驚きを隠せなかった。ただ凱さんはプロ転向後の心情の変化に気づいていた。

「Jリーグの記者会見で笑顔気味で話していて、高校のときはそんな感じでインタビューを受けていた印象はなかった」と明かし、「違う一面を見ているように感じている人たちもいました。それだけで(いままでのイメージが)大分変わるんじゃないかなと。怖いだけだったら、他の人からしたら怖い人という認識が強くなるので。それなら好かれる監督になってくれた方がいいかな。愛着を持たれる監督が一番の理想です」

身近で見てきたからこそ、人生で一番尊敬する人物を問われれば父親と迷わず返答する。

凱さんは「ヴァンラーレ八戸さんがJ3に加入するまで、青森県はJリーグのチームがない県でした。それでも(地域の)子供たちは(青森山田の)プレミアリーグの試合を観に来てくれました。みんなタオルマフラーやユニフォームを買っていましたし、プロチームじゃないのに応援してくれる人がたくさんいました」

青森のサッカー界において、青森山田は高校以上の存在になっていた。

黒田監督が28年間かけて築き上げてきたものは成績やチームだけでなく、青森のサッカー少年たちの夢となっていた。

だからこそ凱さんは「どれだけ有名な人に会っても、一番尊敬できる人は親父以外いないと思っています」と口にした。

現在町田はJ2首位と好調をキープしている。「(町田には)J1昇格してほしいですし、やるからには一番を目指してほしいです。J1で活躍する(父の)姿が見たいです」とエールを送った。

凱さんは黒田監督の母校である大阪体育大卒業後、サッカーのマネジメントの仕事を夢見て努力している。

現在はマネジメントの勉強を並行しながら、元ブラジル代表のエジミウソンさんが代表を務めるFC SKAの提携アカデミーのPARAMUNDO(神奈川県川崎市)のコーチとして小中学生相手にサッカーを教えている。

今年3月にエジミウソンさんが町田の施設見学した際、凱さんがクラブとの橋渡しをするなど優秀なマネージャーとして活躍するシーンもあった。

目標は「親父と、いままでお世話になってきた人たち(指導者やプロ選手)と仕事で関わりながら、いいマネジメントができる人になりたいですね」。父の新たな挑戦に刺激を受けた凱さんの発した言葉は力強かった。

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後編は、黒田監督の教え子である現役Jリーガー2人が名将との対戦や指導を熱く語るインタビューを掲載する。

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