メンバー全員が博士号を持つ、または博士課程に在籍するアイドルグループのオーディションが進行中だ。その名も「博士アイドル化計画」(ツイッターアカウント@PhD_idols)。堅いイメージがつきまとう研究者のアウトリーチ活動(研究成果を周知する活動)に疑問をもっていた京都大の武田紘樹研究員(@tomatoha831)が「研究者の発信に、もっと自由や柔らかさがあっていい」と立ち上げた。ツイッターを中心に研究者らの間で大きな盛り上がりを見せている。(共同通信=水谷茜)
▽始まりはツイートから
2022年4月16日、京大で宇宙物理学を研究する武田さんは妻との会話の内容を軽い気持ちでつぶやいた。
私「メンバー全員博士号持ちのアイドルグループPhD48を作ろうと思う」
妻「現実逃避はいいから論文書け」
これが意外な反響を呼び、2023年4月時点で3.8万回「いいね」され、5千回以上リツイート(転載)された。返信する形で具体的なアイデアも寄せられた。「これだけ反響があれば、何かできるのでは」と感じた。
元々人と話すのが好きで、研究内容や研究生活に関するアウトリーチにも積極的だった。研究者という存在や、研究の世界の状況を人々に伝えたい思いは人一倍熱かった。ただそれができる場所や機会は、大学が開くオープンキャンパスや公開講座ぐらいに限られていた。「良くも悪くもお堅い。学問にそれなりに精通している人じゃないと参加しづらい雰囲気がある」と不満を感じ、「もっと気軽な、エンターテインメントに寄った企画があってもいいのでは」と常々思っていた。
研究の時間を割いてアウトリーチ活動をしても謝礼が発生するような取り組みはほとんどなく、すぐに目に見える成果があるわけではないことにも疑問を抱いてきた。
▽文理問わず100人以上が応募、海外からも
2022年4月25日にスタッフ募集、5月4日にメンバー募集と、オーディションはスピーディーに進められた。当初は応募資格を「博士号取得済み」に限るつもりだったが、「取得予定」も可としたところ、100人以上が集まった。応募したメンバーの専門は「腫瘍学」「歴史学」「法教育」「農芸化学」など文理を問わず多様で、海外からの応募もあった。
1次審査で30秒の自己紹介動画をツイッターに投稿して「いいね」とリツイートの数で競い、20人に絞った。2次審査は4人ずつ五つのチームに分かれて、各自が面白いと思った本を紹介し、質問し合う「ビブリオバトル(輪読会)」を実施。スタッフが「推したい人」に投票して9人が勝ち残った。
活動全体をツイッターを主としたネット上で展開する。「自分にも関わる余地がありそう」と思わせる手作り感を重視しており、ゆるく、行き当たりばったりに進めてきた。今後さらなる審査をするか、選抜するのをやめて今のメンバーで固定し、いよいよ「アイドル活動」に移っていくのかも決まっていない。
▽歌って踊らないアイドル
ただアイドル活動といっても、いわゆる歌って踊るアイドルを想定しているわけではない。審査過程も含め、重視してきたのは「人目をひくこと」で、「最初から難しい話をしても誰も聞かないので、研究者が人を集められる存在=アイドルになる」ことを目指しているという。
今のところ最終メンバーがクラウドファンディングで研究費を募る取り組みなどを検討しているが、武田さんは貪欲に、お金の生まれるアウトリーチの場を次々に作っていきたいと意気込む。
「普段は自分の研究に打ち込んでもらって、やりたい時に楽しく発信ができ、さらに収益を生む場をつくる。アイドル化計画をその取っかかりにしたい」
▽女性研究者の存在もアピール
特に理系で声高に叫ばれているが、研究業界には女性が圧倒的に少ない。アイドル化計画でも当初メンバー募集に名乗りをあげた女性は多くなかった。そんな中、応募してきた女性がいた。この春から大阪大助教の岩清水千咲さん(電子顕微鏡学、@chisakiPhys)だ。1次審査の動画では「性別や置かれた環境に関係なく、物理や学術を通して社会に貢献できると伝えたい」と自身の応募理由をアピールした。
京大の博士課程にいて、アイドル化計画を知った。研究室に女性が少ないことで「やたらと試薬が高いところにあったり、重かったりと男性目線で研究環境が作られていた」。おかしいと思うことが次々と頭をよぎった。
小さい頃から母親になることと研究者になることのどちらも目標としてきたが、任期付きでさまざまな地域を転々とすることにもなりかねない研究生活と、子どもを産み育てる母親業を両立できるのかといった不安がずっとあった。でも相談できる先達は周囲にいなかった。
今でもその不安は解消されていない。だからこそ、「同じように悩み、研究を諦めるしかないと思う子がいるのはもったいない。自分を通じて女性研究者の存在を、女子高生などにアピールしたい」と思い立って、活動に参加することにした。
活動への参加を機に始めたツイッターでも、少しずつ女性研究者ならではの悩みをつぶやいたり、リツイートしたりしている。「女子高生らしきフォロワーは増えてない」と苦笑するが、今後、メンバーに選ばれて研究成果を周知するアウトリーチの機会を得れば「研究者を目指す女の子に近づき、直接話をしていきたい」とささやかな希望を打ち明けた。