ザ・フーのロジャー・ダルトリー、“素晴らしい1日”について語る

The Who at Wembley Stadium, 2019 - Photo: William Snyder

ザ・フーが2019年7月にウェンブリー・スタジアムで行った壮大なスケールのコンサートは、その日程がロックダウン期間に入る少し前だったということもあって、多くの人にとって現実味がないほど特別な思い出となっている。

そしてそのステージは、好条件が揃ったことによって、歴史あるグループ、ザ・フーのの近年の活動における大きなハイライトの一つになった。言い換えるならば、アルバムとして永久保存しないわけにはいかない一夜になったのである。そしてその点は、ロジャー・ダルトリー自身も語っている通りである。 

40年ぶりのウェンブリー

2023年3月に複数のフォーマットでリリースされた新作『The Who With Orchestra: Live At Wembley』についてロジャー・ダルトリーはこんな風に語る。

「ライヴの録音を聴いて、これはぜひともアルバムにまとめるべきだと思ったんだよ。40年ぶりにウェンブリーのステージに立ったこのライヴは、俺たちにとって記念すべきイベントだった。前回は建て替え前のスタジアムだったな。何しろ、これだけのキャリアを重ねてきたあとで、満員の聴衆に向けてパフォーマンスを披露することができたんだからね」

彼は、2019年に開催された“Moving On!”ツアーの公演中、唯一のUK公演となったウェンブリー・スタジアム公演ライヴについてそう続ける。

「俺はこのアルバムをすごく誇りに思っている。特にアナログ盤で聴いてもらえたら嬉しいよ。素晴らしい1日だったよ。普段はスタジアム・クラスの会場でやるたいとはあまり思わない。だけどあの日のステージは音響という点でも俺たちにとって申し分なかった。しかも“Love Reign O’er Me (愛の支配) ”の終わりには、通り雨が降ってきたんだ……。俺たちはいつも最高の演出に助けられているのんだよ。本当に驚くべきことだと思うだろう?」

「デジタルの時代は終わった。俺に言えることはそれだけだね」

ただでさえ強力なザ・フーのサウンドは、オーケストラとの共演によって音響的にも創造的にもいっそう魅力あるものになる。このライヴとそこから生まれたアルバムは、そのことを如実に示しているのだ。実際、『The Who With Orchestra: Live At Wembley』は米ビルボード誌のクラシック・アルバム・チャートで首位を獲得。59年に及ぶバンドの歴史において、彼らがアメリカのヒット・チャートで頂点に立ったのは今回が初めてだった。

そして、ザ・フーとオーケストラとの共演はこれからも続いていく予定で、彼らはこの6月にはバルセロナ、フィレンツェ、ベルリン、パリと、7年ぶりにイギリス以外のヨーロッパ各地を回ることになっている。その後、この“The Who Hits Back!”ツアーでは、さらにイギリス国内における10公演が控えている。それらすべてのコンサートで、フル・オーケストラが彼らの演奏を彩るのである。ダルトリーはこう語る。

「偽りのないオーケストラの楽器の力と、シンセサイザーで生成された音との違いをリスナーも理解し始めている。その二つは月とすっぽん、あるいは夜と昼くらい似て非なるものなんだ。人の体への伝わり方がまるで違うんだよ」

そして、彼は笑いながらこう続ける。

「デジタルの時代は終わった。俺に言えることはそれだけだね」

ザ・フーとオーケストラの親和性

ピート・タウンゼントの作り上げる音楽はロック・バンドのそれにはめずらしく、オーケストラ・アレンジとの親和性が高い。ダルトリーは、そのことにずっと前から気づいていたのだという。ダルトリーはこう語る。

「ピートはクラシック音楽を作るような手法で作曲を行っていた。ずっとね。彼の奏でるコードの構成音にじっくり耳を傾けると、馴染みのあるメジャー・コードとは違うってことがわかる。みんなが考えるようなコードじゃなく、いつもデミニッシュ・コードを取り入れている。そうすることである種のドローン効果が得るんだ。俺は以前から、オーケストラと彼の音楽は合うと思っていた。彼の音楽は入り組んでいるし、人間の内面を描いたものだからね。ロックの世界ではめずらしい曲ばかりなんだ」

「1994年にもやってみたことがあるんだ。俺の50歳の誕生日に『Daltrey Sings Townshend』と題したイベントを行ったときだ。当時はオーケストラ用のアレンジがあったってわけでもなくて、どんな結果になるか、とにかく試してみることにしたんだ。そのときに感じた一つの問題は、ザ・フーのファンの多くはラウドでやかましい演奏を期待しているっていうことだった。『Live At Leeds』のような荒々しさとか、そういうものをみんなは求めているんだ」

「だから、音量や迫力なんかを損なうことなく、バックに質の高いオーケストラのサウンドを加えれば、もっと強力な演奏になることをみんなにわかってもらいたかった。オーケストラを起用したほかのロック・バンドのステージを観に行くと、ほとんどの場合、オーケストラの演奏は忌々しいシンセサイザーで代用できるような類のものでしかないんだよ」

ダルトリーはそんな決意でウェンブリーのステージに立ち、バンドとオーケストラの演奏に乗せてタウンゼントが作曲した一連の楽曲を歌い上げた。彼が披露したパフォーマンスが堂々たるものであったことは、アルバム『The Who With Orchestra: Live At Wembley』を聴けば明らかな通りである。

たとえば、『The Who By Numbers』に収録されていた知られざる名曲「Imagine A Man」は、ヴォーカリストとしての力量が否応なしに試される“逃げ場のない”1曲である。しかし、そもそも、ダルトリーには逃げ場など必要なかったのである。

「素晴らしい曲だと思う。あの曲はずっと大好きなんだ。あの曲を歌うと心に何かが湧き上がってくる。それはとても素敵なことだよ。とにかく、いつだって歌うのが楽しい曲なんだ」

初披露の楽曲

また、このコンサートでライヴ初披露となった楽曲が2曲ある。その曲「Hero Ground Zero」と「Ball And Chain」はいずれも2019年に発売された13年ぶりの新作アルバム『WHO』の収録曲だが、同作は当時はまだリリースされていなかった。そして、この2曲のライヴ・ヴァージョンはどちらも『The Who With Orchestra: Live At Wembley』に収録されている。

「ワクワクしたよ。あの2曲はそれまでステージで演奏したことがなかったから、サウンドチェックのときにざっと通してやって、そのまま本番を迎えたんだ。上手くいってよかったよ」

ロックダウン期間を終えて、ダルトリーとタウンゼントは再び精力的に活動を続けている。その仕事量たるや、働き盛りの世代も顔負けである。ダルトリーは昨年、二度に亘り延期を強いられていたソロ・アーティストとしてのイギリス・ツアーを開催。他方のタウンゼントは、最近になって29年ぶりとなるソロ・シングル「Can’t Outrun The Truth」をリリースしている。

23年続けているチャリティ・コンサート

そして今年も、ティーンエイジ・キャンサー・トラスト (10代の癌患者を支援する団体) 向けのチャリティー公演がロイヤル・アルバート・ホールで開催された。名だたるスターたちが日替わりで出演するこのイベントは、ダルトリーをはじめとするザ・フーの尽力で成り立ってきた部分が大きい。

「俺たちがあのイベントをやるのは今年で21年目になるんだ。新型コロナのせいで開催できなかった年もあるから、実際は始めてから23年が経過している。信じられないような道のりだったよ。もともとは国内で病棟を25棟ほどつくるっていう目標でスタートさせたんだ。病棟をつくるためには建物の建築費も支払う必要があって、かなりの資金が必要になる。だけどいまでは29棟が完成していて、もう1棟もこれから稼働する予定だ。これは素晴らしい成果だし、このチャリティーの果たす役割をすごく誇りに思っているよ」

「1週間に亘って行うイベントを毎年続けていくために、俺のチームはロイヤル・アルバート・ホールと22年分の契約を結ばなければいけなかった。イベントをスタートさせた当時にね。国内のチャリティー法のややこしさを考えると、それは信じられないほどのギャンブルだった。というのも、俺たちは間違ってもプロモーターじゃないからね。それでも、イベントを開催するにあたっては、その週に集める募金額の見込みを事前に立てなければいけない。それに、出演費も入場料もタダでやらなきゃいけないし、もちろん、観客のうち何人が実際に募金してくれるかはわからない。特にこのご時世は、景気が良くないからね」

「だから、いくら集まるかなんてわかりっこないのさ。控えめに言っても、ストレスが溜まる道のりだった。だけど、しっかり成果を上げることができた。残すはあと1年だけど、それを終えたあとどうなるかは、そのときになってみないとわからない。いずれにしても、ミュージシャン仲間やコメディアンたちは、みんな気前よく協力してくれるんだ。彼らにはいまでも驚かされるよ。全部みんなのおかげだ。このチャリティーは俺にとって重要なんだ。俺たちが支援しているのは人格形成の途上にある若者だし、彼らがその時期を健やかに過ごして、バランスの取れた考えの大人になっていければ何よりだからね」

終わりが近づいているが、それがいつになるかは誰にもわからない

そして、この夏からはまたツアーが始まる。ザ・フーの最終章が近づいていることはダルトリーも認識しているようだが、そのときはまだ訪れそうにない。

「活動の終わりが近づいていることは間違いないけれども、それがいつになるかは誰にもわからない。いまでも俺はしっかり音を取りながら力強く歌を歌えるし、ピートも独創性を失うことなく、彼らしい演奏ができている。それが変わってしまわない限り、俺たちは活動を続けていくだろう。みんなが俺たちの演奏を聴き続けたいかどうかなんて、俺にはわからない」

「聴き続けるうちに好きになっていくものであって、誰もが好むような音楽ではないからね。パーティーでザ・フーの音楽をかけることはないだろう。そういう類の音楽じゃないんだ。どちらかといえば酒場でのケンカに合う音楽だね!そういう意味でザ・フーのファンは変わっているけど、素晴らしい人たちばかりさ」

Written By Paul Sexton

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