大阪自民、大惨敗! 誰も言わない「敗戦」の内幕|長尾たかし 大阪自民はなぜ大惨敗したのか。取ってはならぬ手法に手を染め、保守の魂を捨て、勝利の女神だけでなく、古くから自民党を支持する保守層から見放され、自民票は完全に維新に流れた――。(サムネイルは谷口真由美氏Twitterより)

大阪自民は公明党に勝利してはならぬ?

統一地方選挙が終りました。 自民党全体としては大勢に影響なく順当な結果でしたが、自民党大阪府連合会(以下、大阪自民)は事前調査どおりの大惨敗、奈良県知事選挙は禍根を残す選挙結果となりました。 内部から関わった者の視線から振り返ってみたいと思います。

大阪自民は取ってはならぬ手法に手を染め、保守の魂を捨て、勝利の女神だけでなく、古くから自民党を支持する保守層から見放され、自民票は完全に維新に流れました。

大阪府議会では、維新は46議席から55議席へ増やし、 公明党も苦戦が予想されましたが、15議席から14議席へと1議席の減少。 自民党は16議席からなんと7議席へと大幅議席減。大阪市議会では、維新は40議席から46議席へと躍進、公明党は18議席を維持、そして、自民党は14議席から11議席に落としました。

大阪自民大惨敗の原因を一言で言えば、「自滅」です。

公明党に気を使い、公明党候補と戦うこととなる一部の陣営が、大阪府連の決定等により、勝利に向けてあらゆる手段を尽くすことを許されず、無所属で戦う、出馬を断念するなどの事象が今回も発生したのです。どうも、大阪自民候補は公明党候補に勝利してはならぬようです。

たとえば私の本拠地八尾市においては2議席目を争う、公明党候補者との一騎打ち。公明党本部が公認を出しているにもかかわらず、府連は我が陣営の自民党候補者には公認を認めず、無所属での戦いを強いられ、公明党を利する決定を受けたのです。

八尾市の定数は前回3。維新、公明、自民の当選順位で議席を分けましたが、公明と自民との票差はわずか13票。今回は定数が2に減り、我が陣営は13票差をひっくり返し当選できる勝機にあったのです。推薦は出たものの、選挙中の表記は無所属です。 自民党候補者は出馬していない、そう思った有権者が大半だったでしょう。

選挙中、自民党の候補者だと繰り返し伝えても、それは行き届きません。 選挙公報とはそれほどまでに影響力が大きいのです。 投票所に行って初めて候補者の名前を眺める方々からすれば、なんで自民党は出ていないのかということになるのです。 公認がもらえなかったことは本当に痛手でした。

岸田総裁をはじめ、党役員などの推薦の表記すら叶わなかったのですから、 当然、自民党役員による応援演説等もありません。演説中の候補者と写真を撮ってマイクは握らず、次の場所に移動した役員が一人だけいたようです。

もちろん、それだけが陣営大惨敗の理由ではありません。一義的には候補者を支える私たち自身の責任は免れず、候補者には本当に申し訳なく思っています。

また、今回も他の選挙区では出馬すら叶わなかった自民党予定候補者もいたのではないかと推測しています。公明が議席を取るか、自民が議席を取るか、これは有権者の投票という選挙で決めるのが民主主義の原理原則であるはずです。

しかし、いくつかの選挙区においては、自民党筋が予定候補者に圧力をかけるなどして出馬を断念させたのではという疑いを持っています。

造反行為があったならば万死に値する!

現在、私は自民党のあらゆる役職を降り、一党員の立場に過ぎませんので、今回の事の経緯を確認できる立場にありません。ただ、過去には同様のことを役員として目の当たりにしております。

過去に、自民党公認として活動していた予定候補者に対し、選挙直前になって公認から推薦への格下げ通知が出される、出馬を取りやめさせられるなど、この後処理を実際に私が対応した経験があるのです。うち一人の予定候補者は、それまでの半年間の活動に300万円程を必要経費として使っていました。

決して裕福な家庭ではないにもかかわらず、政治に対する純粋な一途な気持ちを持って、必死に活動費を捻出し、歯を食いしばりながら活動していたことを私はよく知っています。

私の選挙区外の予定候補者でしたので私が関わる立場にはないのですが、某参議院議員の紹介で、私の衆議院選挙を手伝ってくれたご縁もあり、私としては恩義があります。

当時の府連会長に対し、事実上府連として出馬を取り止めさせたのだから、府連としても活動費の補填等、何らかの責任を取る必要があるのではないかと一緒に直談判しました。

けんもほろろでしたが、その数カ月後、本人から私に、多少の金額を補填してもらったという報告がありました。ちなみにその選挙区は今もなお、自民党候補者が立つことはなく、維新と公明党で定数2の議席を両党で分けあっております。

当時これらを決定した方々はおそらく、公明党から「別の支援」をもらおうという魂胆だったのでしょうか。今回については推測でしかありませんが、これらのことは遡ること数回の統一地方選挙において行われてきたことです。地方選挙で「闘う政治家」の生き様をかけた取り組みを踏みにじってでも、確保したかった何かがあったのでしょう。

今回、定数最後の1議席を公明党と争った陣営は我が陣営の他に3陣営(こちらは全て公認)ありましたが、全て惜敗しています。我々の上部組織として陣頭指揮をとる立場にあるものによる敵前逃亡、造反行為があったとするならば、これは万死に値します。

保守が絶対に手を組んではならない団体

もうひとつの原因は、実に多くの大阪自民候補者が「アップデート大阪」と手を結んだことです。自民党主導で維新 vs反維新の対立構造を構築する必要がありましたが、これを構築せずに、任せてはならぬ勢力に自らのオールを任せてしまったのです。

アップデート大阪という政治団体は、一部の財界、連合等の労働団体、部落解放同盟関係者などのような大阪で様々な地域活動をしている諸団体から構成される、左翼思想を持った活動家団体の集まりです。

公安調査庁監視団体もアップデート大阪の動きには理解を示し、共闘しているのではないかという情報も入っておりました。 表向きには、反維新の市民団体、しかしこれはカモフラージュされているだけで、保守勢力が絶対に手を組んではならない団体なのです。 しかし大阪自民はここと手を結んでしまった。

アップデート大阪から大阪府知事候補者となった谷口真由美氏はコメンテーターとしてあらゆる番組で安倍政権をコケ下ろし、自民党憲法草案に対して、「お笑い自民党改憲草案」と題し、「笑った後で怖くなる」などと揶揄する本を出版した人物です。

自民党としては天敵。なぜ、彼女を応援することとなったのでしょうか。

実は多くの方が正確にご存知ない事実があります。大阪自民は谷口真由美、北野妙子両氏に推薦を出していません。 しかし、今回の前半戦では、大阪府議選では13人(うち10人が落選)、大阪市議戦では17人(うち8人が落選)の自民党候補者が、アップデート大阪から推薦を受けているのです。

よって、大阪自民としては、両氏に推薦は出していないが議員候補者が推薦をもらい、支援を受けているのでそのお返しに応援をしていたと見たほうが良いでしょう。自主投票とは言いながらも大阪自民が応援した背景にはこの構図があったのです。

選挙に勝つことは最も大切なことです。あらゆることに優先されることです。しかし、「左派勢力に魂を売ってでも勝つ」という見え透いた下心が、古くからの自民党支持者から拒否されたのです。 多くの大阪府民はこれを見抜いておりました。

ただでさえ自民党支持者の3割から4割は維新に投票します。 しかし今回は7割以上が維新に票が流れたと分析しています。

「あちら側」に行ってしまった北野妙子候補

アップデート大阪の推薦を受けた谷口知事候補は、吉村候補の6分の1の得票。 北野市長候補は、当選した横山候補の3分の1の得票。 目も当てられぬ大惨敗の余波を、大阪自民が一滴残らず被ってしまったということなのです。

私がこの大阪自民の惨敗を確信した瞬間がありました。 それは北野候補が自民党を離党した瞬間です。大阪市外在住の私のところにもたくさんの問い合わせがありました。この動きが後の大阪自民全体の選挙戦に影響を及ぼしたのです。北野候補は、大阪市議会議員として立派な方でした。確かに保守派から指摘されているように典型的な親中派です。

私と対中政策においては全く意見の違う方でしたが、それ以外の政策では共感できるところも多く、バランス感覚が取れた尊敬すべき議員でした。 大阪市長選挙への出馬を決めた際、ようやくご決断されたと私はむしろ喜んでおりました。

大阪市民ではないが、何か応援したい、応援して市長になれば、維新市長では叶わないが北野市長であれば面談も叶う。対中政策に関して私がブレーキ役にもなれるだろうとも思っていました。

しかし、北野氏が自民党を離党した瞬間、その気持ちが吹き飛びました。下心が見えたからです。間違いなく共産党をも含む勢力から支援を受けたかったに違いありません。 自民党に残る一分の魂を持ってさえいれば、自民党支援者も応援したでしょう。 しかし、自民党籍を捨てた瞬間、魂もそっくりそのまま「あちら側」に行ってしまったと確信したのです。

実は今年3月3日、私の大阪市内でのパーティー開催直前、北野議員に挨拶させてくれないかという打診がありました。 しかし私は前述の理由で丁重にお断りをした経緯があります。 了承すれば私の後援会が空中分解いたします。正気であれば誰もが同じことを考えたと思います。

しかし、正気を失い、北野候補とともに、選挙戦に突入してしまえば、今回の結果の通りになることに気づかないほど軸がブレ切っていたのだと思います。

日本維新の会はなぜ選挙に強いのか

最後の理由は、大阪自民のなかには、日常活動や選挙活動をやっているとは言えない支部組織があると指摘せざるを得ません。自民党という伝統ある大看板にあぐらをかいて来ただけで、これまではなんとか乗り越えていたものの、今回ばかりは惨敗したのです。

一部の議員の行動がSNSなどで批判的に指摘されていることが象徴的です。候補者陣営の事務所に為書(ためがき)などを携えて行き、候補者と握手の写真を撮りSNSにアップする。 街宣車に乗ってマイクを握る、手を振る。 「これで選挙だと思っているのか?」という現場サイドからの厳しい視線に気づいていないのです。

選挙とは突入する前が一番のピークです。告示前の投票依頼は、公職選挙法で禁止されていますが、ポスターを貼らせてください、支援者を紹介してください、選挙ハガキを書いてくださいなど、自身の後援会、支援者の自宅を一件一件回って、お手伝いを募るのです。

自民党員の皆さんには、チラシ配りや公営掲示板ポスター貼りのお願い、選挙が始まったらボランティアにきてもらうよう、議員本人が候補者に成り代わりお願いして回り、ようやく選挙戦に突入し、投票依頼行動につながる。 ココが選挙で最も重要なエッセンスなのです。 つまり結果は選挙に突入する前にすでに出ているのです。

維新陣営はこれをきっちりと実行しております。 だから選挙に強い。この差が圧倒的勝利という選挙結果に現れるのです。 私が協力依頼を訪問する先々でも、ほぼもれなく維新の候補者陣営がなにがしかの足跡を、すでに残していることに私は愕然としました。こちらがしっかりと動いていれば、あちら側の動きも妙にわかる、これが政治活動です。

さらに特筆すべきは、統一地方選挙ではない中間選挙において維新は確実に勝利を勝ち取ります。全国から、選挙のない各級議員やその支援者が選対に入り、人で溢れかえるほどの選挙事務所の運営、選挙中の辻立ち等を行い、交差点という交差点を維新のイメージカラーである黄緑色一色に染めてしまうのです。

残念ながら自民党にはそれほどの徹底力がありません。国会議員が朝8時から20時まで幟を持ち突っ立っているなどは国会議員のやることじゃない(確かにそうかもしれませんが)、演説会があれば早目にマイクを握らせろ、そしてすぐ中座する、この繰り返し。

しかし、維新の国会議員はどんな指示でも選対の意向を積極的に受け入れ、当選のためにあらゆる我慢をしながら実行するのです。

そして気がつけば、大阪府下の維新議員は250名、自民党150名という大差となり、一昨年の衆議院選挙、そして今回の統一地方選挙に突入したのです。

歴史的惨敗を喫したあの衆議院選挙を上回る、史上空前の壊滅的大惨敗に大阪自民が何を学ぶか。
つまり、戦う前に負けていたのです。

単なる高市バッシングか、奈良知事選の背景

2021年衆院選

奈良県知事選挙もその写し絵のような状況で突入しました。

自民党奈良県連としては、圧倒的多数で平木しょう候補の推薦を決定した一方で、自民党本部はこれを追認しなかった。一方、東京から言われて出馬をしたと告白する荒井正吾候補の出馬により、自民党票が分裂し、維新の山下真候補が漁夫の利を得て当選しました。

地上波では、高市早苗奈良県連会長の責任を問う声が大きく、ネット上では党本部の決定に責任を問う声が大きく、ここでも対立しております。

責任論を申し上げれば、私は荒井候補に置かれては、どんなことを言われようが、どんな説得を受けようが、立候補すべきではなかったと申し上げたい。平木候補が訴えていたように、荒井知事が蒔いた種は平木候補が芽吹かせ、実としたでしょう。

しかし、維新候補は継続しないと発信していました。自身の政治家としての花道を飾るならば不出馬とすべきだったと思います。晩節を汚してまで優先する何かがあったのでしょう。

大阪府知事選挙は前述した通りの状況でしたので、私は一切関わりませんでした。その時間を奈良県知事選挙に当てたのです。国会質疑に体を縛られ、なかなか地元入りできない高市大臣から直電を受けながら、街頭演説、立会演説会などでマイクを握らせていただきました。それだけではなく、私を支援してくださっている奈良県民の方々ともいろいろな意見交換をさせていただきました。

私の本拠地である中南河内は奈良県との県境にあり、文化圏、商業圏、経済圏をほぼ共有する地域です。八尾市の経営者、企業や市役所に勤めている方々のかなりの割合が奈良から通勤されておられます。私の支援者(投票権はない)も数多く、後援会長も経営する会社は八尾市内ですが、住まいは高市大臣の選挙区です。

「平木候補ではなく、荒井候補に投票してくれと言われた」

このフレーズを何度聞いたことでしょう。当然、皆さん自民党支持者です。私の支援者ですから、圧倒的に高市大臣を支援する方々ばかりです。高市大臣に直接聞けないので私に問い合わせが来るのです。世論調査等では、自民党票を食い合っておりました。選挙区によってはきれいに半々のところもあったのです。

この状況を作ったのは党本部だという怒りの声も多かった一方で、荒井候補に対する不信感も多かった。しかし、多いわりに荒井候補に傾く声も少なくなかったのです。

あるべき結論を超えた何かがある。世間で言われるような、単なる高市バッシングだけではなさそうだというのが私の実感です。

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長尾たかし

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