RKBラジオ『立川生志 金サイト』のコメンテーター、潟永秀一郎・元サンデー毎日編集長は、かつて作詞家を志望していた。そこで毎月一回お送りしているのが「この歌詞がすごい」という解説コーナー。4月28日の放送では「匂い」にまつわる3曲の歌詞を読み解いた。
「匂いのない世界」にいた3年間
新型コロナウイルス感染症はゴールデンウイーク明けの5月8日から、感染法上の位置づけが、季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に変更されます。既にマスクの着用については3月から基本的に「自己判断」にゆだねられていますが、私は花粉症なものですから、最近まで外ではほとんどマスクしていました。
でも、それもほぼ収まって、ようやく散歩のときとかはマスクを外すようになりました。すると、「匂い」がするようになったんですよ。出勤で駅に向かう途中の公園で「ああ、新緑の匂いだ~」とか、帰り道に「この家は今夜カレーだな」とか。ちょっと大げさですが、私たちはこの3年間「匂いのない世界」にいたんだなぁ、と。
そこで今回は「匂い」にまつわる歌を取り上げます。
女性の感情を樹液に誘われるカブトムシに例えたaiko
Aikoさんの名曲「カブトムシ」、1999年のリリースです。
この歌、ひとことで言うと「別れの予感」の歌ですよね。冒頭――
悩んでる身体が熱くて
指先は凍えるほど冷たい
「どうした 早く言ってしまえ」
そう言われても あたしは弱い
という歌詞は、「もう言わなくちゃいけないと分かっているけど、言えないよ」という、もどかしい思い。じゃあ、何を言えないのか。続く歌詞にヒントがあります。
あなたが死んでしまって
あたしもどんどん年老いて
想像つかないくらいよ
そう 今が何より大切で
これ、順番をひっくり返すと「今はこんなに大好きだけど、二人の未来は想像できない」と読めます。そして、さらに続く歌詞
スピード落としたメリーゴーランド
白馬のたてがみが揺れる
――は、「燃え上がった恋が少し落ち着くと、白馬に乗った王子さまはもういない」と読めて、ここまでそう解釈すると、何度も繰り返される歌詞
生涯忘れることはないでしょう
――は、「たぶん私たち、もう無理だと思うけど、たくさんの思い出をありがとう」というふうに聴こえるんです。
で、今回のテーマ「匂い」ですが、この歌の不思議なタイトル「カブトムシ」は、次の歌詞を聴いて「なるほど」となるんですね。
少し背の高い 貴方の耳に寄せたおでこ
甘い匂いに誘われたあたしはカブトムシ
――です。耳におでこを寄せると、彼女の鼻先は彼の首筋にくっつきますよね。コロンをつけていたとしても、彼の匂いしか感じない。嫌いな人だったらあり得ませんが、それを甘く感じて、吸い寄せられるくらい大好きだった、ということ。
それを樹液に誘われるカブトムシに例えられるセンスがaikoさんの真骨頂というか、彼女の歌には、男には決して分からない女性の感情が詰まっていて、若い男性はaikoさんの歌で女性心理を学ぶと、モテるかもしれません(笑)。
匂いで二人の記憶がよみがえる「夏の終り」
もう45年前、1978年リリースのオフコース「夏の終り」。作詞・作曲は小田和正さんです。
こちらは、既に別れた二人。男性が過ぎ去った恋を懐かしむ歌です。冒頭はちょっと格言めいていて、きっと誰しも「そうだよなぁ」と思うんじゃないでしょうか。この歌詞です。
夏は冬に憧れて 冬は夏に帰りたい
あの頃のこと今では すてきにみえる
人は「無いものねだり」しちゃうんですよねぇ。付き合っている頃はぶつかったり、嫌に思えたりしたことも、別れて時が経てば、ただ懐かしくなる。それをあのとき乗り越えられていれば、きっと二人は結ばれたのに…って。
でも、もう一度やり直そうと思っても、多分うまくいかないんです。時が経ったから美しく思えるだけ。小田さんは、こう歌います。
そっとそこにそのままで かすかにかがやくべきもの
決してもう一度この手で触れてはいけないもの
――だと。そして、切ないのは次の歌詞。
でも あなたが私を愛したように
誰かをあなたが愛しているとしたら
あゝ 時はさらさら 流れているよ
――です。もう元には戻れないことは分かっていても、あなたが今、あんな風に誰かを愛していると思うと…という。男って、わがままですよね。そしてこの歌も、タイトルがそのまま「匂い」に結び付きます。2番の冒頭、この歌詞です。
駆け抜けてゆく夏の終わりは
薄れてゆくあなたの匂い
誰しも、ちょっとセンチメンタルな気持ちになる夏の終り。かつて二人で歩いた同じ丘に立って、あの頃を思い出すけど、もうあなたの匂いも遠くなってしまった――と。
好きだった人を匂いで記憶するのは男性も女性も一緒なんですね。それは科学的にも立証されていて、人の「五感」のうち「視覚」「聴覚」「触覚」「味覚」の四つは、思考をつかさどる大脳を経由して、記憶をつかさどる「海馬」に送られるんですが、匂い=「嗅覚」だけは大脳を経由せずに直接、海馬に届くので、記憶に残りやすいとされます。また、まだ目の見えない赤ちゃんが匂いでお母さんを捜すように、本能に最も近い感覚とも言われます。
だから、匂いで記憶がよみがえるのは必然的な心理現象で、フランスの文豪、マルセル・プルーストの小説「失われた時を求めて」の一場面にちなんで、「プルースト効果」と呼ばれています。
「タバコの匂い」をflavorと表現した宇多田ヒカル
宇多田ヒカルさんの「First Love」。1999年リリースのファーストアルバム収録曲です。何がビックリと言って、この歌を作ったとき、彼女はまだ15歳ですよ。もう天才というしかなくて、アルバムセールスは全世界でおよそ1,000万枚。もちろん日本では歴代1位。日本の音楽シーンを変えたアルバムと言っていいでしょう。
その代表曲の一つが、この「First Love」で、歌い出しが
最後のキスは
タバコのflavorがした
ニガくてせつない香り
そう。「香り」なんです。
しかも「flavor」。英語で「匂い」は一般的にsmellですが、じゃあflavorは?というと、味の要素が加わって、日本語で言えば「風味」です。つまり、ここには舌の記憶も残っていて、だから「苦くて切ない」なんです。大人ですねえ。
しかも「タバコの匂い」なんて、一般に嫌われる匂いの筆頭格ですが、(かく言う私も愛煙家です)、それすらflavorと言えるところに愛の深さを感じますし、年上であろう彼の年齢や、少しの不良性も感じて、一瞬で歌の世界を作る――秀逸な歌い出しです。
そして続く歌詞は、
明日の今頃には
あなたはどこにいるんだろう
誰を想ってるんだろう
小田さんが「夏の終り」で歌ったように、愛する人がほかの誰かを愛することを想う切なさです。で、彼女の歌詞は英語のほうがストレートな想いで、続く
You are always gonna be my love(あなたは私の永遠の愛)
いつか誰かとまた恋に落ちても
I'll rember to love you taught me how(あなたが教えてくれた愛を忘れない)
You are always gonna be the one(あなたはいつまでもわたしのただ一人の人)
けれど、もう彼が帰ってこないことは分かっています。10代の少女の、少し背伸びした初恋の終りを歌った、まさに永遠の名曲です。
以上3曲。マスクを外して、春の匂いを感じながら、改めて聴き直してみてはいかがでしょう。
立川生志 金サイト
放送局:RKBラジオ
放送日時:毎週金曜 6時30分~10時00分
出演者:立川生志、田中みずき、潟永秀一郎
※放送情報は変更となる場合があります。