川崎フロンターレはさらなる進化を遂げるのか? ホーム未勝利。苦境の中、7年目迎えた鬼木達監督が見据える先

現在J1リーグで15位に位置する川崎フロンターレ。直近3シーズンの成績が優勝、優勝、準優勝だったクラブとしては、決して満足のできる順位ではない。近年は守田英正、三笘薫、田中碧、旗手怜央ら主力選手が次々と欧州に旅立ち、今季はケガ人も続出。それでも監督就任7年目を迎えた鬼木達監督はまるで動じることなく、チームのさらなる進化への挑戦を続けているという。

(文=いしかわごう、写真=Getty Images)

J1リーグ15位。思わぬつまずきを見せている鬼木フロンターレ

鬼木達監督が川崎フロンターレを率いて、今年で7年目となる。

Jリーグにおいては長期政権だ。もちろん、単に長く指揮しているだけではない。過去6シーズンで獲得したタイトルはリーグ優勝4回、カップ優勝が2回。昨年はリーグ準優勝で無冠に終わったものの、近年のJリーグではもっとも成功している名将の1人であることは間違いないだろう。

ただ今シーズンは、思わぬつまずきを見せている。リーグ戦9節を終えて2勝3分4敗と黒星が先行している状態だ。ホームの等々力陸上競技場ではリーグ戦未勝利で、現在は15位。スタートダッシュがうまくいかず、ここ数年では考えられないような位置にチームはいる。

一体、何が起きているのか?

そんな風に思われてもおかしくないような順位である。今年の川崎は大丈夫なのかと、周囲もにわかに騒ぎ始めている。だが鬼木監督はまるで動じていない。

例えば、リーグ戦連敗を喫した第8節の名古屋グランパス戦の翌週のこと。練習後の麻生グラウンドで取材に応じると、普段と変わらない明るい様子で、こちらが拍子抜けするほどだった。近年の定位置よりも低い順位表に不安を覚える報道陣からの質問にも、悲観的な見解を口にすることもなかった。

「シーズン序盤だから順位が下がっていますが、2019年も勝てない時期があったので、その苦しさはあまりないです。ただ状況的には選手と一緒で、こういうタイミングで選手と一緒に自分自身も成長できるんじゃないかなと思っています」

強がりではない。百戦錬磨の指揮官からすれば、シーズンを通じてチーム作りを進めていく中で起きている、一時的な不具合に過ぎないようだった。

守備のことを取り組むと、大事な攻撃の話が減ってしまう現象

サッカーは瞬間的な判断が求められるスポーツである。

チームとして新しいことに取り組めば、試合での選択肢も増えていく。選択肢が多くなれば瞬時の判断は遅くなる。選手の中で戦術の変化をうまく整理できていない序盤の時期は、どうしても考えながら選ぶことが多くなるものなのだろう。

例えばいまチームが新たに試行錯誤していることに、ビルドアップ時におけるサイドバックの変則的なポジショニングがある。右サイドバックである山根視来がボランチのように振る舞ってボールを動かす偽サイドバック化だ。

これまでのビルドアップにも枠組みはあったが、うまくいかない局面を打開していくのは、家長昭博や大島僚太など個々の判断と技術に依存していた側面が少なからずあった。そこに明確な仕組みを植え付け、再現性を高くしようとしたというわけだ。

ただ偽サイドバック化で相手のプレスをうまくかいくぐっても、今度はゴール前の守備ブロックを攻略できず、ゴールという結果になかなかリンクしなかった。3月には公式戦3試合連続無得点に陥っている。

こうした現象は、新しいことに取り組む序盤に起き得ることだと想定していたのだろう。初優勝した2017年序盤を引き合いに出して、鬼木監督はこう説明していた。

「自分が監督を始めた時に、このチームには守備が必要だと思って守備のことを取り組むと、全部守備の話ばかりになって大事な攻撃の話が減ってしまう現象がありました。そこから自分が声をかけて、目指しているものは『それじゃないよ』と選手に伝えました」

新しい形にトライすると、それを機能させることが目的となってしまい、本来の目的であるゴールや勝つことのフォーカスがぼやけてしまいがちになる。要は、頭でっかちになりやすい時期なのだ。だから、感じるまま、迷いなくプレーしてほしいと、マインドの重要性を選手たちに強く訴えた。

「いろんな形で昨年からのブラッシュアップで、形のところをやっていたり、スムーズにボールを運ぶ作業をやっているけれど、大事なのはゴールを取るための部分。優先順位という話になると思います。それがあっての取り組みなので、そこに対して真剣に取り組むことも大事だけど、感じたままに、より表現してほしい」

こうした改善を訴えた直後の北海道コンサドーレ札幌戦で、チームは4得点を記録。選手たちは形にはこだわらず、勝負所でゴールに向かって攻め続けた。こうしたトライ&エラーを繰り返して、チームは少しずつ前に進んでいくものなのだろう。

「第3次鬼木フロンターレ」に至るまでの変遷

今季の鬼木フロンターレを観察していると、これまでの6シーズンと違ったチーム作りを進めていることが読み取れる。

例えば現在の日本代表は「第2次森保ジャパン」と呼ばれているが、その枠組みでいえば、現在の2023年は「第3次鬼木フロンターレ」とも呼ぶべき時期といえる。その変遷を、前提として振り返っておこう。

まず、第1次鬼木フロンターレは2017年から2019年になる。

監督就任後、風間八宏前監督の後を次いで、チームに不足していた守備力の強化に取り組んだ。ボールを大事にするスタイルを継続しながら、かといって優れたボール保持によるポゼッション一辺倒でもなければ、カウンター一本槍で戦うスタイルでもない。ボールを取り上げられても、守備の強度を高めることで主導権を奪い返す戦い方のできるチームになった。1年目で悲願の初タイトルを獲得し、翌年はリーグ連覇を達成。リーグ3連覇を逃した2019年も、ルヴァンカップを獲得している。

続く第2次鬼木フロンターレは、2020年から2022年だ。

従来の4-2-3-1システムから、4-3-3の新システムに。マンチェスター・シティやリバプールといった欧州最先端の攻撃的なチームを参考にした戦い方で、前年の2019年に勝ち切れない試合が多かった反省から採用したモデルチェンジだった。チームには長谷川竜也、齋藤学といった優れたウインガーがおり、さらに大卒新人の三笘薫と旗手怜央もワイドで計算できる即戦力だったこともあり、このスタイルに踏み切った。

この時の戦い方を一言でいうと、「超アグレッシブ」。中央の崩しだけではなく両サイドからも抜群の破壊力を見せるだけではなく、前線からのプレッシング強度に加えて、中盤の田中碧や守田英正の連動したボール奪取により攻守両面で相手を圧倒。2020年は勝ち点83という驚異的な勝ち点で独走優勝し、翌年もリーグ連覇。Jリーグを席巻し、歴代最強クラスとして語り継がれるような強さを見せた。

一方で、主軸を担っていた代表クラスの海外移籍が相次いだ影響で、ハイクオリティを維持できない問題点も生まれてしまった。結果、2022年は準優勝に終わっている。

「若手を成長させていく」ことの優先順位

そして迎えた今年、2023年。掲げていたリーグ3連覇を達成できなかったこと、さらに守備の要であったキャプテンの谷口彰悟がカタールに電撃移籍したことが重なり、鬼木監督はこれまでとは違うチーム作りに舵を切る。第3次鬼木フロンターレの始まりだ。

プロ3年目となる橘田健人にキャプテンマークを託したことが、その現れだろう。これまでは小林悠や谷口彰悟のクラブ在籍歴の長い中心的選手を主将に任命していたが、副主将も経験していない橘田を任命したことには、新しいフロンターレに生まれ変わっていくことの強いメッセージが感じられた。

同時に、「若手を成長させていく」というテーマの優先順位も、例年よりも強く打ち出している。クラブからのオーダーも汲んでのことだと思うが、「基本的には、クラブとしても自分としても、いまいる選手をどうやって育てていくのかを考えています」と鬼木監督は話す。第3次鬼木フロンターレでは「若手育成」という、過去6年とは違うミッションにもトライしながら、勝ち続けるチーム作りを進めていくこととなった。

実際、シーズンが始まると、サガン鳥栖での期限付き移籍を終えて復帰した宮代大聖と大卒新人の山田新のU-18時代の同期コンビがFWの軸を担った。負傷者が多発した台所事情があったとはいえ、ルーキーの松長根悠仁、高井幸大、2年目の永長鷹虎といった若手も、リーグ戦でのデビューを続々と飾っている。いつになく若手が経験値を積んだ序盤となっている。

とはいえ、骨格となるレギュラークラスの離脱者が相次いだのは、チーム作りにおける誤算であったに違いない。2大エースであるレアンドロ・ダミアンと小林悠が開幕前から不在だった攻撃陣もそうだが、それ以上に守備陣に負傷者が続出した。

開幕戦では車屋紳太郎が負傷。ジェジエウも3月に長期離脱となっている。谷口彰悟が移籍した影響が大きい中、柱となるはずのセンターバックまでもが早々に不在となった。新加入の大南拓磨がフル稼働し、ジェフユナイテッド千葉に育成型期限付き移籍中だった田邉秀斗を緊急復帰させる事態になると予想した人はいないだろう。大島僚太やマルシーニョといった攻撃の中心選手も離脱し、試行錯誤も多い序盤にメンバーを固定できなかった。

「結局は、一喜一憂していれば、いろいろと考えてしまう」

新しい戦術にトライしながら、新加入と若手の割合がこれだけ高くなると、チームの基準もどこかぼやけてしまう。開幕直前に離脱した登里享平が、3月末にチームに復帰してから述べていた言葉は印象的だった。

「キャンプでは球際や切り替えの基準を持って取り組めていたので、新加入の選手もこんな感じだとつかみやすかったと思う。リハビリしながら(試合を)見ていたら、そこの基準や、どういうサッカーがしたいのか、そこが少しブレるというか、できていない部分があったのかな。そういう基準を話しながら、もう一度取り組んでいきたいと思います」

そこで内容と結果を両立させるのは容易ではなかったということだ。ただ現在はケガ人も復帰し始め、ルヴァンカップ・清水エスパルス戦では6-0で大勝するなど改善の兆しも見え始めている。

この苦境にも根幹の部分がブレることがないのは、このクラブの強みである。クラブ在籍歴の長い登里は、難しい時期ほど一喜一憂せずに、やるべきことに集中すべきだと言い切る。

「負けている時、結果が出ていない時は考えすぎているので、開き直ってやることが大事かなと思います。連敗した時もそうですし、優勝できない時もそうでした。結局は、一喜一憂していれば、いろいろと考えてしまう。結果が出ていないと、いろんなところにベクトルが向いてしまうし、いろんなところに課題が見つかる。そこを捉えつつも試合がくるので、しっかりと戦うこと、走ること、そこをやめてはいけない。課題がありながらも、そこはやっていきたいです」

登里と同様の言葉は大島僚太からも聞かれた。自身のスタンスはこれまでと変わらないと背番号10は言う。

「勝っている時も勝っている時で苦しい部分はありました。だから、いつも成長するために、問題を解決するために取り組む。それは変わらないです。その課題が勝っている時よりも少し多かったりするのかなと思います。考え方も少しネガティブになりがちだけど、やっていることと、日々の感情は起伏が大きいわけではないですね。課題は常にあるので」

過去、Jリーグ記録を塗り替えるほど勝ち続けたシーズンがあったが、その時の選手たちの合言葉は「一喜一憂しない」だった。ならば負けていても、同じであるべきだろう。必要以上に悲観的になる必要もない。

「この時期をいい時間、巻き返すための時間にしたい」

何より鬼木監督の方向性がブレていない。

むしろこの難局を乗り越えた先には、さらにチームが大きく成長するという期待感があるのだろう。そこの作業に監督としての楽しみを見出しているようにも見える。

「ここ数年、自分たちはどちらかといえば喜びが大きかったと思います。いろんなチームが悔しさをためていて、いまの自分たちは勝てないという悔しさを味わっていると思います。それは自分もそうです。そこからのメンタルの持っていき方が大事。リバウンドメンタリティとはまた違うんですが、その思いをぶつけるものを持てれば、僕の中ではまたグッと上がってくる感覚もある。そこにチームをどうやって持っていくのか。ここからかなと思っています」

どんなチームも、常に右肩上がりで強くなるわけではない。元日本代表の岡田武史氏の「レンガを高く積み上げれば、必ずどこかで崩れる。横に積まなければいけない時がある」という言葉があるが、第3次鬼木フロンターレはこのサイクルと向き合っている時期ともいえる。指揮官はレンガを横に、高く積みあげようとしている。目指しているのは、あくまで優勝だからである。そこは絶対に譲らない。

「この状況でポジティブにいていいのかわかりませんが、すべては最後に勝つためです。選手にも言いましたが、いまの順位でも最後に優勝するという目標を持たなければいけないですし、自分はいつも目標を持って考えているので、この時期をいい時間、巻き返すための時間にしたいと思っています」

7年目を迎えた第3次鬼木フロンターレ。混戦の上位を睨みながら、淡々と巻き返しを狙っている。

<了>

© 株式会社 REAL SPORTS