荷風忌

 きょうは作家永井荷風の忌日「荷風忌」。荷風は1959(昭和34)年4月30日に79歳の生涯を閉じた▲荷風の「海洋の旅」(1911年)は長崎・小浜旅行の紀行文だ。荷風は長崎を味わうように散策した。幾つかの梵鐘(ぼんしょう)がもつれ合って響く音を大徳寺(だいとくじ)で聞き、市場では西洋と中国と日本の子どもが入り乱れて遊ぶ姿を見た。異国情緒が色濃い明治長崎の情景は作家の心を慰めた▲一方、小浜では、海を見張らす小さな西洋風ホテルにこもった。ベランダの長椅子に体を横たえ、ほしいままに空想にふけったのは、いかにも奇人荷風らしい▲荷風は西洋を形だけまねたような近代日本を手厳しく批判した。1909年には「ふらんす物語」が風俗を乱すとして発禁処分を受けた。鬱屈(うっくつ)を抱え長崎を旅した荷風は、キリシタン弾圧や鎖国の歴史が長崎の風景に「憤恨(ふんこん)と神秘の色調を帯びさせている」と感じ取る。自らの心情と重なる街に、いたく心を引かれたのだ▲荷風が好んだ長崎の異国情緒は今では随分と失われてしまった。だが、異国へ続く青い海から吹き込んでくる風は変わることなく、街の記憶を呼び起こしてくれる▲この時季、長崎は若葉が光り輝き、いっそう明るさを増す。大型連休中に長崎を旅するたくさんの人が、荷風のように心の安らぎを得るのだろう。(潤)

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