リュウグウのサンプルから迫る“宇宙のアミノ酸生成”

アミノ酸」は、生命を構成する基本要素です。アミノ酸が多数結合して作られている様々なタンパク質は、細胞の構造や生体反応など、どれをとっても生命活動の維持に欠かせない役割を担っているからです。では、そのアミノ酸はどこからやってきたのでしょうか?

これまでの研究では、アミノ酸を含む隕石がその有力候補の1つと見なされていました。ほとんどのアミノ酸には光学異性体 (※) が存在していますが、隕石に含まれているアミノ酸と地球のアミノ酸の間でその比率がよく一致するためです。

※…鏡写しであること以外は同一の構造を持つ分子を光学異性体と呼ぶ。地球の生命は基本的に片方 (左手側と呼ばれる) の光学異性体を利用しており、同じ方の光学異性体を比率的に多く含むことが判明している地球外の物質は隕石のみである。

しかし、多くの隕石の起源である小惑星に含まれるアミノ酸がどこからやってきたのかは、これまではっきりとしていませんでした。小惑星には太陽系誕生前の冷たい宇宙環境の元でゆっくりと化学変化した物質と、太陽系誕生直後の熱い環境の元で化学変化した物質が混ざり合っていると考えられています。小惑星ではどちらの環境で合成されたアミノ酸が優勢なのか、これまではっきりとはわかっていなかったのです。

特に問題だったのは、これまでこの種の研究が隕石を通してのみ行われてきたという点です。隕石は地球の大気圏に突入した瞬間から変質が始まってしまいますし、生命に満ちた地球ではどこに落ちても地球由来のアミノ酸による汚染をゼロにすることはできません。また、ある隕石の起源が具体的にどの小惑星なのかを特定することも困難です。こうした事情から、隕石を分析対象とする研究では、どうしても解明できる範囲に限界が存在していました。

岡山大学のChristian Potiszil氏などの研究チームは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星「リュウグウ」のサンプルを対象に、アミノ酸の起源を特定する研究を行いました。

リュウグウは「炭素質コンドライト」と呼ばれるタイプの隕石と同一の岩質であると考えられています。炭素質コンドライトにはアミノ酸が多く含まれていることから、リュウグウのような小惑星は地球のアミノ酸の起源となった可能性が高いと考えられています。また、はやぶさ2が持ち帰ったサンプルは小惑星から直接採取されたために起源がはっきりしており、地球に由来する汚染がほぼゼロであることも確認されています。これらの理由から、リュウグウのサンプルはこの種の研究に適していると言えます。

直径約900mのリュウグウは、より大きな母天体の破片の一部が集積して形成されたと考えられています。リュウグウの母天体は太陽系誕生直後に形成されたと考えられていますが、このような環境では母天体の内部は短命な放射性同位体の崩壊熱によって氷が溶けるほどの温度まで数百万年間は加熱されると考えられています。

実際に、リュウグウのサンプルに関する過去の研究では、液体の水が必須だったり、液体の水がある方が生成されやすかったりする鉱物がいくつか見つかっているため、リュウグウには液体の水が関わる化学反応が起きていたことを示す物質が含まれていると考えられています。

アミノ酸についても同様に、液体の水が関わる化学反応の痕跡が見つかる可能性があります。もしもそのような痕跡が見つかれば、リュウグウのアミノ酸は太陽系誕生直後の熱い環境で生成されたと言うことができます。逆に、そのような痕跡が見つからなければ、リュウグウのアミノ酸は太陽系誕生前の冷たい環境で生成されたと言えます。

【▲ 図1: 今回の研究で示されたアミノ酸の種類と量。C0008 (青色) と比較してA0022 (赤色) には。ジメチルグリシン (Dmg) が豊富に存在すること、グリシン (Gly) とβ-アラニン (β-Ala) のどちらが多いかの比率が逆転していることに注目(Credit: Potiszil, et.al.)】

Potiszil氏らはこの疑問を解決するため、はやぶさ2の2回のタッチダウンでそれぞれ採集されたサンプルを対象に分析を行いました。

その結果、1回目のタッチダウンで採取されたサンプル「A0022」 (リュウグウの表面に由来する) には「ジメチルグリシン」と呼ばれるアミノ酸が多量に存在することが分かりました。ジメチルグリシンは地球外物質には珍しいアミノ酸です。一方で、2回目のタッチダウンで採取されたサンプル「C0008」(リュウグウの内部に由来する)にジメチルグリシンはほとんど含まれていないことも分かりました。

また、サンプルに含まれている「グリシン」の量はA0022(表面由来)と比べてC0008(内部由来)の方が多いこと、グリシンに対する「β-アラニン」の比率はC0008と比べてA0022の方が高いことも判明しました。アミノ酸の種類や比率は、それぞれのサンプルが受けた化学変化の違い、すなわち環境の違いを反映すると見られます。

【▲ 図2: (a) サンプルA0022の画像 (スケールバーは500µm=0.5mm) 。 (b) A0022の断面の電子顕微鏡画像。炭酸塩 (Carbonate) や磁鉄鉱 (Fe-oxide) 、フィロケイ酸塩 (Phyllosillicate-dominated matrix) などは、液体の水の関与によって生成されやすい鉱物である(Credit: Potiszil, et.al.)】

こうした環境の違いはアミノ酸の種類や比率の違い、およびサンプルに含まれるアミノ酸以外の鉱物を比較することで推定できることが分かりました。

例えば、ジメチルグリシンを生成する反応の1つに「エシュバイラー・クラーク反応」というものがあります。これはグリシン、ギ酸、ホルムアルデヒドが水中で反応してジメチルグリシンが発生する反応であり、副産物として二酸化炭素が発生します。エシュバイラー・クラーク反応が重視される理由は以下の通りです。

1. グリシン、ギ酸、ホルムアルデヒドは、いずれも彗星に豊富に含まれている物質であり、おそらく小惑星にも豊富に含まれていると予想されている。
2. 水中、つまり液体の水で反応が進行するということは、熱の発生によって氷が融けたことを示している。
3. 二酸化炭素は炭酸塩の形で鉱物として残っている。また、フィロケイ酸塩や磁鉄鉱など、液体の水が関与することによって生成する鉱物が見つかっている。

つまり、A0022にジメチルグリシンが豊富に含まれているのは、過去に液体の水が存在した環境を経験したことと関連しているからだと推定されます。

これらの結果は、リュウグウのサンプルごとのアミノ酸の違いは、様々なサンプルが受けてきた過去の環境による化学変化の違いによるものであることを示しています。また、アミノ酸を生成する反応の証拠はアミノ酸そのものだけでなく、他の鉱物によっても残されることを示しています。

こうした理由から、将来的な研究の道筋が見えてきます。例えば、今回の研究ではサンプルに存在しているアミノ酸の生成反応に主眼を置いていますが、化学反応の過程では破壊されるアミノ酸もあるはずです。サンプルに存在していないアミノ酸にも目を向けることで、小惑星が受けてきた正確な化学反応を特定できるかもしれません。そうなれば、地球に届いたアミノ酸のより正確な起源を理解する手掛かりが得られるとも予想されます。

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文/彩恵りり

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