欧州の巨人フォルクスワーゲンがEV化へアクセル全開、際立つトヨタとの戦略の違い 27兆円投資の7割をEVとデジタルに集中

 ドイツ・ベルリンで開いた記者会見で説明するフォルクスワーゲンのオリバー・ブルーメ最高経営責任者(CEO)=3月14日

 欧州最大の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)が電気自動車(EV)へのシフトに突き進んでいる。今年3月に発表した今後5年間の投資計画では、1800億ユーロ(約27兆円)の巨費を投じ、そのうち7割近くをEVやデジタル関連に振り向ける方針を示した。欧米で車載電池の自前生産にも乗り出す。ハイブリッド車(HV)を含む幅広い電動車を選択肢として残す「全方位戦略」のトヨタ自動車とは対照的に、EVに投資を集中。先行する米テスラの背中をアクセル全開で追う。(共同通信=宮毛篤史)

 ▽エンジン工場は「ギガファクトリー」に
 VWが本社を構えるドイツ北部ウォルフスブルクから南西に40キロ余り。風力発電の羽根がくるくる回るのどかな田園地帯に、VWの「変化」を象徴するザルツギッター工場がある。1970年に稼働を始め、エンジンの生産拠点として地域経済の発展を支えてきた。280万平方メートルの敷地に約7500人が働き、これまで供給したエンジンは6300万基を超える。

 だが、2022年に転機を迎えた。VWはグループの電池事業を統括する新会社パワーコーを設立し、この工場を「ギガファクトリー」と呼ばれる巨大な電池生産拠点に生まれ変わらせる工事を始めた。稼働予定は2025年で、将来的にはEV50万台分に相当する年間40ギガワット時の電池を生産する。研究所やリサイクル施設も設け、5千人の雇用を生む計画だ。

 昨年7月の起工式で、当時のヘルベルト・ディース最高経営責任者(CEO)は「われわれは自動車を造り、販売することで何世代にもわたって繁栄を生み出してきた。しかし、その繁栄を維持するためにはわれわれ自身が変わり、変革のプロセスをもたらすことが必要だ」と訴えた。

 フォルクスワーゲンがドイツ・ザルツギッターで建設中のギガファクトリー=3月13日(フォルクスワーゲン提供)

 ▽「欧州バッテリー同盟」でアジアに対抗
 私は今年3月中旬、世界各国のメディア関係者とともにザルツギッター工場の取材会に参加した。工場の概要や電池事業に関する説明の場が設けられ、VWグループで技術担当役員を務めるトーマス・シュマル氏は「なぜ電池が重要なのか。それはEVの生産コストの4割を電池が占めるからです。そして世界市場の95%を(日中韓を中心とした)アジア企業が握っているのです」と明かした。

 VWにかぎらず、自動車メーカーが電池の自前生産に乗り出す動きは活発化している。EVが売れれば売れるほど、電池メーカーに富が流れる構図だからだ。トヨタ自動車もグループ会社の豊田通商と連携し、車載電池を手がける合弁会社を米国で設立した。

 欧州連合(EU)は産業育成のため、2017年に官民が協力して域内での投資を促進する「欧州バッテリー同盟」を結成した。シュマル氏は「(これまで)欧州や北米は存在感を出せておらず、スピード感をもって動かないといけない。ザルツギッターには電池工場だけでなく、従業員のトレーニングセンターもある。将来のために今日から必要な訓練を始めないといけない」と危機感を示した。

 工事現場を歩くことは認められず、時速10キロの低速で走るバスの中から見学した。案内役の担当者はマイクを握り「ここ数日天気が悪かったので残念がなら大きな水たまりができてしまっていますね。でも、予定通り完成できるように頑張っています」とテンポよく解説した。

 更地だった場所には、巨大なコンクリートの柱が整然と据え付けられていた。「ただいま基礎をつくっているところです。建物の高さはだいたい30メートルで、一つの柱の重さは25トン。空気や溶液が通る配管の全長は95キロにもなります。ここではパリのエッフェル塔を3基造れるほどの鉄材を使うんですよ」と続けた。

 ▽撮影厳禁の試作ライン
 この後に訪れたのが「写真撮影は厳禁」と注意された電池のパイロットラインだった。かつてエンジンを製造していた建物を改築し、2019年から電池の試作品を造っている。担当者は「機械エンジニア、電気工学、化学、物理学、IT技術者などさまざまなバックグラウンドを持つ人間がチームを構成しています。エンジンチームの人間が電池の生産を行えるように教育を行いました」と説明した。

 パイロットラインとは、量産化に向けた課題の検証などを行う小規模な生産設備を意味する。電池に熱や物理的な負荷をかけ、自動車に積んだ際に走行できる距離や耐久性、安全性といった性能を計測する「ザルツギッターの最重要拠点」(担当者)になる。

 EV用電池の研究開発現場を報道関係者に案内する担当者=3月13日、ドイツ・ザルツギッター(フォルクスワーゲン提供)

 工場特有のにぎやかな機械音やロボットがせわしなく動く音は聞こえず、静かに時を刻んでいた。電池の解析担当者は「最大100万倍まで拡大できる電子顕微鏡を使い、どのように劣化が始まっているかを見ています。小さなスポットも見逃しません。毎日新しい発見があるクールな仕事です」と話していた。

 現在は1週間かけて試作品を生産しているが、量産時には数時間に短縮する計画だ。電池生産の出遅れを挽回しようと、2025年の稼働に向けて準備を進めている様子がうかがえた。

 EV用電池の試作品を分析する様子=3月、ドイツ・ザルツギッター(フォルクスワーゲン提供)

 ▽ディーゼル不正がEV化を後押し
 VWがEV化を推進する転機になったのは、2015年に米国で発覚したディーゼル車の排ガス不正事件だ。違法ソフトを使い試験の時だけ排ガス浄化機能をフル稼働させ、規制を逃れていた。疑惑はVW以外のディーゼル車に飛び火し、欧州の自動車メーカー全体がEV化を推進するようになった。

 VWは大気汚染の責任を問われ、走行時に二酸化炭素(Co2)を排出しないEVを中心とした「ゼロエミッション車」の普及を後押しすることなどで米当局と和解。2017年から10年間で20億ドル(約2700億円)を投じ、EVの充電ステーションを設けることも約束した。

 VWでは目標達成を強く迫るトップダウンの企業文化が事件の背景にあると指摘され、経営陣が刷新された。その中で頭角を現し、グループCEOに抜てきされたのが同じドイツのライバル企業BMWからVWに転じたディース氏だった。

 ツイッターなどのSNSを駆使して情報を発信し、あえて高い目標を掲げて従業員に変革を迫った。あるVW幹部はその人物像を「理想主義者」と証言した。

 フォルクスワーゲンがドイツ北部ハンブルクで発表した廉価版EV「ID.2オール」=3月15日

 ▽理想主義者から現実主義者へトップ交代
 しかし、外様だったディース氏の急進的なEV改革は社内で不満分子を生み、労働組合とはリストラ策を巡って緊張関係にあった。EV専業のテスラを「ベンチマーク(指標)」と礼賛し、親交の深いイーロン・マスクCEOを幹部会議に招いたことも波紋を呼んだ。

 さらにディース氏の肝いりで2020年に設立したソフト開発会社「カリアド」の経営も迷走した。グループのIT技術者を結集したものの、開発遅延でポルシェのスポーツタイプ多目的車(SUV)「マカン」のEVモデルが発売延期となり、大株主の不満につながったとされる。ディース氏は笑顔でのぞんだザルツギッターの工場起工式からわずか15日後、突如その職を解かれることが決まった。

 後を継いだオリバー・ブルーメ氏はVW本社近郊の都市ブラウンシュワイクで生まれ育ち、グループの高級スポーツカーメーカーのポルシェやアウディでも経験を積んだ。VWの哲学に精通し、「チームワークを大切にする社交的でオープンな人物」(関係者)として知られる。体が大きく、声も大きい。取材会では一人一人の記者のところに足を運び、握手していた。

 ドイツ・ベルリンで開いた記者会見に臨むフォルクスワーゲンのオリバー・ブルーメ最高経営責任者(CEO)=3月14日

 ブルーメ氏は昨年9月のCEO就任以降、ディース氏のような派手な情報発信は控え、事業の整理など手堅く経営のかじ取りに努めてきた印象が強い。今年3月の年次記者会見ではディース氏との経営スタイルの違いを問われ、こう切り返した。
 「私は100年後の未来がどうなっているかを言う立場にいないが、10年後の未来であれば想像できる。ハイキングに行く場合、北に行くのか西に行くのかといった計画を立てる必要がある。私はその戦略をチームと共有し、ともに歩む。自分自身を夢追い人ではなく、現実主義的な戦略家だと考えている」

 ▽トヨタはEV強化するも「全方位」踏襲
 フォルクスワーゲンの2022年の世界販売台数は約826万台で、3年連続で世界首位となったトヨタに200万台以上の差をつけられた。今年もトヨタの優位が続く見通しだが、EVに限ると立場が逆転する。2022年に約57万台のEVを販売したVWに対し、トヨタは単独で2万4千台余りにとどまった。

 国際エネルギー機関(IEA)によると、世界最大の中国市場では、2022年にEVとプラグインハイブリッド車(PHV)の販売台数は約600万台を記録し、全体の3割程度を占めた。国内市場で鍛えられた中国の比亜迪(BYD)はEV販売でテスラと世界首位の座を争い、日本を含む海外市場への攻勢を強めている。

 EV事業の方針を説明するトヨタ自動車の佐藤恒治社長=4月7日、東京都千代田区

 VWに続き、トヨタも4月にトップが交代した。創業家出身の豊田章男氏から社長を引き継いだ佐藤恒治氏は全方位戦略を踏襲した上で、EV強化を加速させる方針だ。

 充電ステーションの整備状況やエネルギーの供給態勢は地域ごとに異なり、トヨタはこれまで「決めるのはお客さま」と訴えてきた。トヨタとVWのいずれの戦略に軍配が上がるのか。数年後、市場はその答えを見せてくれる。
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https://nordot.app/999251342366277632?c=39546741839462401

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