<レスリング>【特集】パリ・オリンピックを目指しつつ、新しい分野に挑戦! ビーチで世界王者を目指す天野雅之(中大職)

 

 若者のスポーツ離れの対策として国際オリンピック委員会(IOC)が力を入れるビーチ・スポーツ。世界レスリング連盟(UWW)もビーチ・レスリングを推進しており、2018年から従来の世界ビーチ選手権に変わり、世界の主要都市をサーキットするワールドシリーズをスタートした。

 日本も、遅ればせながら5月7~8日にアルゼンチン・ブエノスアイレスで行われる2023年ワールドシリーズ第1戦に男子3選手を派遣する。その一人、+90kg級にエントリーした天野雅之(34歳=中大職)は、昨年10月の国体と12月の天皇杯全日本選手権の男子グレコローマン97kg級でともに2位の選手。若手の突き上げを受けながらも、来年のパリ・オリンピックも視野に入れているベテラン選手。それとは別に、新しい分野での世界への飛躍を目指し“若さ”を燃やしている。

▲昨年10月のドン.キホーテ杯ビーチ沖縄大会で優勝し、ワールドシリーズ出場権を得た天野雅之(左から2人目=中大職)

 天野にとって、ビーチはまったくの未知の世界だった。一緒に参加する80kg級の阿部宏隆(茨城・水戸スポーツ少年団)が、毎年8月に茨城・大洗で行われているドン.キホーテ杯全日本ビーチ選手権で2017年から優勝を重ね、“ビーチの帝王”と呼ばれつつあるのに対し、天野は昨年10月のドン.キホーテ杯ビーチ沖縄大会で初めて“砂のマット”に立った。

 「レスリングにはいろんなスタイルがあります。今回、ビーチで世界に出られる予選ができ、出てみようかな、と思いました。トップを目指した選手なら、だれもがそういう気持ちを持っているんじゃないでしょうか」。世界選手権やアジア選手権に出場したことのある選手なら、まだ体が動くのなら、スタイルは違っても世界の舞台で闘うことに魅力を感じ続けるのだろう。だからこそ、世界ベテランズ選手権に出場する選手も後を絶たない。

断ち切れない「世界の舞台で闘うことの誘惑」

 現実には、気持ちがあっても、体力の衰えを感じたり、けがすることへの恐怖心が出たり、海外遠征する場合には仕事を休まねばならず、経費の問題もあって行動に踏み切れないケースも少なくない。

 そのあたりを聞くと、「確かに大変なことです。でも、どこか楽しい。その味を知ってしまいましたからね」と、世界の舞台で闘うことの“誘惑”を断ち切れない口ぶり。「外国の人と同じルールの下で勝敗を競い合うのは、醍醐味なんです。そのチャンスがあるなら、出てみたいです」と語気を強める。

 発表されている今大会の+90kg級のエントリーを見てみると、昨年のワールドシリーズ4戦のうち3戦を制しているファティ・ヤサルリ(トルコ)が出場予定。2021年ヤシャ・ドク国際大会(トルコ)125kg級で2位になっている選手。

 日本と同じくシリーズ初出場のイランからは、昨年のU20とU23の世界選手権を制しているアミルレザ・マスミの名前がある。4月のアジア選手権(カザフスタン)にも出場した18歳。若くて“二刀流”に挑む強豪とも対戦するかもしれない。

▲昨年のワールドシリーズ3大会で優勝しているファティ・ヤサルリ(左から4人目=トルコ)=第4戦のルーマニア大会、UWWサイトより

 それでも、ひるむ気持ちはない。「強い選手に挑むのは、闘う選手の本能?」との問いを肯定するとともに、「自分を応援してくれる人に、全力で闘う姿勢を見せるのは使命であると思います」と言う。選手活動を続けるのは、根本は自分のためにやっているのだが、その過程の中で応援してくれる人が出てくる。「勝つと、自分以上に喜んでくれる人が大勢いるんです。周囲に元気を与えるとか、何かの力になっていると思うと、とてもうれしいですし、頑張らなければ、と思うんです」

マットの上と砂の上では闘い方が大きく違う

 同じレスリングでも、マットの上と砂の上では、違いがある。昨年10月、実際に経験し、「足を砂にとられたり(思うように動けない)、難しかったですね」との感想も持った。グレコローマン的な闘いになることも多いが、「グレコローマンとも違います。足が砂に取られてしまいますので」と言う。シューズを履いて闘うのが普通のレスリング選手にとって、砂の上での裸足の闘いは感覚が違うようだ。

 また、湘南の海岸で練習した選手の話だが、湘南と沖縄の砂の質が違うそうで、それによってふだんの練習の力が出せない面もあるとか。そう考えると、日本とアルゼンチンの砂は違うわけで、このあともシリーズに出場し続けて世界王者になるには、それらを乗り越える必要がある。

▲昨年12月の全日本選手権決勝で闘う天野。パリ・オリンピックへの気持ちも捨てていない=撮影・矢吹建夫

 一瞬で勝負がつくことが多いので、開始直後の攻防(相撲で言う立ち会い)が大きな要素を占める。瞬発力の勝負となり、パワーで勝る外国選手に対して分が悪くなる。さらに、+90kg級なら130kgを超える選手と闘うこともある。

 だが、ベテランにとってはこれらも楽しみのひとつ。「不安ですね」とは言うものの、目は怖がっていない。34歳にして全日本2位の実力をキープしている選手にとっては、周囲が“困難”と思うことでも、楽しむ気持ちで受け止める余裕があるようだ。

レスリングが世間に溶け込み、普及するために必要なビーチ

 当然、大局的にレスリングを見ることもできる。ビーチ・レスリングは「だれでも親しめますし、会場はお祭りのようなムードです」と話し、レスリングが世間に溶け込み、普及するには必要なスタイルと考えている。

 2028年ロサンゼルス・オリンピックで女子のビーチが採用される動きがあり、それが実現すれば、当然、指導する人間も必要。世界のビーチを知らないと指導もできない。日本からも、男女を問わず世界のビーチに積極的に挑むべき、という考えもある。「自分を育ててくれたレスリングに、何らかの恩返しをしたい。ビーチにかかわることで、それも一つになればいいと思っています」。

 世界のビーチへと駆り立てているのは、レスリングへの強い愛情だ。今後、ビーチを日本に根付かせるための行動に移ることはあるのだろうか。その答えは「今回の大会を経験してからですね」と言う。大会に参加し、その盛り上がりがどうかなどに接したうえで判断することとし、「優勝インタビューを受けつつ、答えられればいいです」と、遠回しな優勝宣言。

 地球の反対側、アルゼンチンでベテラン選手がどう燃えるか。


2023年ビーチ・ワールドシリーズ第1戦・出場選手

 ▼70kg級 山田義起(立山商事)
 ▼80kg級 阿部宏隆(水戸市スポーツ少年団)
 ▼+90kg級 天野雅之(中大職)

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