現役引退のフィギュア村元、会見前の本紙インタビューで語る 競技人生を支えた母の言葉、地元兵庫へのエール

現役生活を笑顔で振り返る村元哉中=東京都内

 2日の会見で現役引退を報告したフィギュアスケート・アイスダンスの村元哉中(30)、高橋大輔(37)組(関大KFSC)。会見に先立ち、神戸市東灘区出身の村元が神戸新聞のインタビューに応じた。競技続行を支えてくれた家族や、坂本花織(23)=シスメックス、神院大=ら地元選手への思いなどを語った。(藤村有希子)

 -引退を決めた理由は。

 「もし大ちゃん(高橋)が引退したら、私も引退する覚悟だった。理由としては、彼とはスケートの表現の仕方や感性がすごく合うなと。もっと(競技会以外で)いろいろと一緒にやっていきたい思いがあって、新たにパートナーを探す選択肢は全くなかった」

 「今シーズン、(練習拠点の米フロリダ州で起きた)ハリケーンやけがなどいろんなことを一緒に乗り越え、世界選手権では本当に自分たちの演技をやりきった。国別対抗戦でも2人で楽しんで滑れた。大ちゃんのことは一パフォーマー、表現者としてリスペクトしている」

 -引退の相談は誰かにしたか。

 「『もしかしたら最後になるかもしれない』という話はしたけれど、引退した方がいいのかとか、次のパートナーを探した方がいいのか、という相談は全く(していない)。自分で決めるべきだと」

 -シングル時代の思い出は。

 「姉の小月(さつき)と一緒にスケートを始めたとき、姉の存在が大きくて。一番のライバルとして一緒に戦ってきた。姉が引退したときには心に大きな穴が開いた。自分にとってスケートは何なのか、スケートの何が好きなのか、何のためにスケートを頑張ってきたのか、と考えさせられた」

 -アイスダンスに転向後、クリス・リードさん(故人)と組んで平昌冬季五輪に出場。クリスさんとの期間はどのような意味があったか。

 「アイスダンスの楽しさを教えてくれた。自分のベースをつくれた3シーズン。クリスとのシーズンがあったからこそ、今の自分がいる。感謝の気持ちを忘れない」

 -リードさんとのカップル解消後、両親と北海道にツーリングに出かけた。競技を続けるか迷う村元選手に、母親が「スケートを続けたいなら、新しい人を探してもいいのでは」と助言した。

 「解消後、自分が何をやりたいかが分からず、スケートを続けるか迷っていた。両親はスケートのことをあまり話さないように心がけてくれていたけれど、すっきりしていない私を見て声をかけてくれた。母の言葉に『まだスケートをやりきれてない。自分の中でスケートは大きなもの』と感じることができた」

 -両親の存在は。

 「お金のかかるスポーツで、(関西)大学に入ってからも両親からのお金のサポートが続いた。母は小さい頃から早朝練習の送り迎えをするなど、自分の楽しみを削ってまで時間を費やしてくれた。海外に行く生活が始まったときも支えてくれ、感謝している。(引退に際し)『本当によく頑張ったね。おつかれさま。でも今からがスタートだよ』と言ってくれた」

 -高橋選手と組んで1季目の2020年は、高橋選手がリフト練習を重ねる中で肋骨(ろっこつ)にひびが入ったり、村元選手は転倒して脳振とうを起こしたりと大変だった。心は折れなかったか。

 「それは全くない。アイスダンスに誘ったのは私だし、アスリートはけがとともに歩まないといけないものなので。やり始めたことはちゃんと終えたかった」

 「結成当初はオリンピックに行きたいという思いではなく、アイスダンスの世界をもっと知りたい、大ちゃんの世界観を一緒に体験したい、と思っていた。その後、結果がついてきて(五輪が)目指せるようになった」

 -高橋選手の存在はアイスダンスの演技をどう高めてくれたか。

 「本人が気づいていないくらい、アイスダンス界、スケート界にすごく影響があったと思う。昔は男性が女性をメインに見せていた。例えば女性をジャッジ側に置いて男性が後ろにいるという感じ。自分たちはそれにこだわらず、逆に大ちゃんがメインになり、ジャッジの前でアピールすることも。男女問わず2人がメインになるような演技を『かなだい』が見せられたかなと。大ちゃんの感性と表現力があったからこそできた」

 -自身は常々「アイスダンスの魅力を広めたい」と話していた。かなえられたと思うか。

 「思います。(さいたま市で行われた)今季の世界選手権では、海外の選手やジャッジから『アイスダンスのイベントにこんなに人が入るのか。哉中と大ちゃんのおかげだよ』と言われてうれしかった」

 -今後もアイスショーなどで魅力を広める活動は続く。

 「まだまだ表現したいプログラムがお互いにある。競技の枠を超えた世界でどういったものを見せられるのか、すごく楽しみ。もっともっといいものを見せられるんじゃないかなと感じている」

 -5歳で始まったスケート人生。四大陸選手権、世界選手権、五輪と歴史を刻んできた。競技人生に悔いはないか。

 「一つ言うなら、シングル時代にもうちょっと練習しておけばと。当時はそんなに頑張ったと言い切れない。アイスダンスに転向してから練習の大切さを実感し、打ち込んできた。ただ、こうして笑顔で振り返ることができているので、悔いはない」

 -カップル競技に転向し、パートナーがそばにいることでより練習するようになった?

 「それもある。ひとりじゃないので『きょうは疲れた。やりたくない』というわけにいかない。互いの調子を見て、一緒にバランスを取っていく作業が続く。私も頑固で、迷惑をかけたこともたくさんあったと思うけれど、人と一緒に歩んでいく大切さを習った」

 -今後の夢は。

 「2人でアイスショーをプロデュースしたい、という夢がひそかにある。今までに見たことのないようなショーを。よく一緒に妄想で話すけれど、2人で何かプロジェクトを持てたら。それは自分たちが出演しても、しなくてもいい」

 -フィギュア界では女子の坂本花織選手や三原舞依選手、ペアの三浦璃来選手も含め、兵庫県出身者が活躍する。故郷の後輩たちにエールを。

 「けがや病気などでそれぞれ大変な時期もあったと思う。よくない試合もあれば、いい試合もある。でも現役生活はあっという間に終わっちゃう。どんな状況でも、純粋にスケートを楽しんでほしい。それぞれ、素晴らしいものがある。自信を持って自分の魅力を探し、世界に発信してほしい」

 -地元兵庫のファンにメッセージがあれば。

 「小学生、中学生の頃から応援してくださる方がたくさんいると、最近知った。先日京都のアイスショーで、年配の男性から『ずっと応援していました』と。まだまだ挑戦は続くので、これからも温かく見守っていただけたら。兵庫から今後もたくさん、素晴らしいスケーターが出てくると思うので、見ていてほしい」

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