「イライラ戦争」とは何だったのか? 実在した狙撃手と殺人への禁忌を描く『スナイパー 孤高の弾丸』

『スナイパー 孤高の弾丸』© 2021 AFAR FILM

イラン映画と戦争

『スナイパー 孤高の弾丸』はイラン・イラク戦争を舞台にした、イランの戦争映画です。日本でイラン映画というと『友だちのうちはどこ?』(日本公開:1993年/制作年:1987年)のような文学的作品が知られていますが、実は戦争映画もけっこう作られているのです。

イラン陸軍が遂行した「カルバラ5号」作戦を題材にした『デザート・ライオン』(1995年)、F-4ファントムによる爆撃作戦をダイナミックかつリアリスティックに描いた航空戦モノの秀作『デザート・イーグル』(1995年)などで、それらはみなイラクとの戦争の物語です。

「イラ・イラ戦争」

1980年9月、サダム・フセイン政権下のイラクが隣国イランに軍事侵攻、イラン・イラク戦争が勃発しました。経済的要衝をめぐる領土問題、イスラム教のスンナ派とシーア派の歴史的対立、さらには「自分がアラブの盟主になる」というサダム・フセイン大統領の野望がその背景にありました。

フセイン大統領は短期戦を目論んでいたのですが、イランの損害度外視の反撃によって長期化、だらだらと8年も続いたため、日本では「イラ・イラ(苛々)戦争」と報じられたりもしました。

“だらだら”と書きはしましたが、イランもイラクもペルシャ湾を通る各国のタンカーを無差別攻撃したり、その過程でイラク軍が空対艦ミサイルでアメリカ軍艦を誤射したり、アメリカのイージス艦がイランの民航旅客機を誤射撃墜したり、イラクが化学兵器を使用したり、「都市の戦争」と呼ばれた双方の首都への中距離弾道ミサイル攻撃が行なわれたりと、いろんなことが起きた戦争でした。

結局、消耗戦に疲弊したイラン、イラク両国は1988年8月に国連の停戦勧告を受け入れて休戦となったのです。ですからイラン映画界がこの戦争を題材にするのは、当然のことでしょう。

装甲戦闘車両が走り回り、MiG-29戦闘機が超低空を飛び抜け、怒涛の銃撃戦が繰り広げられるイントロが筆者のハートを鷲掴みにした『エネミーゾーン 沈黙の作戦』(2004年)などは、20年もイラクに抑留されていたイラン軍将校が故郷の町で宿敵と対峙するというマカロニ・ウエスタンのような快作でした。

伝説の狙撃手を描く『スナイパー 孤高の弾丸』

敵兵2000~3000名を仕留めたと噂される、イラン軍狙撃兵ラスール。ある雨の夜、彼はイラク軍将校に処刑されようとしていた若きイラン兵アリを助け、狙撃戦術を指導することになる。一方、イラク軍も精鋭狙撃兵を集めてラスール抹殺を目論んでいた――というストーリーです。

ラスールのモデルになったのは、700人の狙撃戦果をあげたとされるも、イラク軍の攻撃で戦死した実在の狙撃兵アブドラスル・ザリンです。つまりイランにとって、この映画はある種の愛国英雄譚なのですが、残念なことに肝心の狙撃描写がユルイんですね。

使うのはソ連製のSVDドラグノフ自動装填式狙撃銃ですが、同じポジションから何発も撃つし(本来なら、位置を悟られないため1発撃ったら速やかに移動する)、演出の都合かもしれませんが、引き金をガク引きしちゃうのにはガッカリです。また、いかにも“悪い敵役”のイラク軍人描写も類型的で、もうひと工夫して欲しかったところです。

この弾丸は誰が撃つ?

それでも『スナイパー 孤高の弾丸』でさり気なく挿入される狙撃戦の一端は興味深いものがあります。

例えば、ラスールとその後継者的存在のアリは、引き金を引く前に「これは神が撃つ弾丸だ」と呟きます。

銃撃戦での歩兵の心理は「敵という対象を撃っている」のであり、「人間を殺す意識はない(無視している)」と分析されています。戦争という異常事態においても、やはり普通の人間にとっては殺人に対する禁忌は強く作用するようです。

ですが狙撃兵は一人の敵兵を選んで狙い、自分で射殺します。そのストレスと罪悪感から逃れるために、これは神の御心なのだ、と自分に暗示しているわけです。まぁ神にしてみたらイイ迷惑でしょうけれども……。

また物語終盤、ラスールがイラク軍の砲撃を浴びるシーンも、過剰な演出とばかりは言えません。将兵個人を狙い撃ってくる敵狙撃兵は恐怖と憎悪の的であって、潜んでいそうな場所に機関銃・迫撃砲・野砲の集中射を叩き込む場面は現実に多くあるのです(だからこそ狙撃兵は1発撃ったらすぐ移動するわけです)。

砲撃シーンでは、多孔式マズルブレーキが特徴のソ連製130㎜カノン砲M-46が登場したり、戦闘車両ではT-55戦車やBMP-1歩兵戦闘車、MT-LB汎用装甲車が走るほか、14.5㎜四連装のZPU-4や23㎜機関砲がチラっと顔を出します。またRPG7がバンバンと弾頭(実爆しない訓練弾でしょう)を発射するのも、見所です。

イラン映画では唐突な物語展開や心理描写に面食らうことがままありますが、それは文化の違いによる“御国柄”とも言えましょう。同様に、外国人は邦画、とくに家族モノの描写に「?」を感じることがあると聞いたことがあります。

戸惑いながらもやがて味わいが出てくる、そんな魅力がイラン戦争映画にもあるのです。

文:大久保義信

『スナイパー 孤高の弾丸』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年5月放送

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