「お母さんは、認知症になってしまった」
「これから何もしてあげられなくなったけど、許してね。ごめんね」
涙を浮かべて告げる63歳の母に、20歳の次男は言った。
「心配せんでええで」
「お母さんは、いつまでたってもお母さんやから」
次男は母を抱き締めた。
兵庫県加古川市の「加古川認知症の人と家族、サポーターの会」(通称・加古川元気会)が作った冊子に収められた体験談だ。
冊子には、若年性認知症の当事者や家族の体験、葛藤が、赤裸々につづられている。
それは、戸惑いや不安を抱き、孤立感を深める人たちの道しるべとなる。
冊子「若年性認知症 生活支援ガイドブック-寄り添ってあしたへ-」の内容を紹介する。
### ■真っ暗な闇にのみ込まれるような恐怖感
若年性認知症になった家族が、初めて徘徊(はいかい)した。
夜中に家族が警察に保護されたことを振り返った人は、その時の気持ちをこう記した。
「『きっとこれからも、こんなことがずっと起こるんや』と思うと、こわくて玄関の前に座り込んで号泣しました」
「真っ暗な闇の中にのみ込まれるような感覚で、これからの生活がどうなっていくのか、恐怖感でいっぱいでした」
この人は、加古川元気会で話を聞いてもらい、慰めになったという。
また、夫が若年性認知症になった女性は、病気が分かった時の心境を記した。
「なぜ? どうして主人が? と、なかなか病気を受け入れることはできませんでした」
孫の誕生などを経て、少しずつ受け入れることができたという。その上で、こうつづった。
「治らない病気なら、穏やかな日々を過ごしたいと思うようになりました」
「同じ病気を持つ人の家族との交流を持つことで、前向きになれました」
### ■車を運転してしまう。諦めてもらうには…
若年性認知症の当事者が、車を運転してしまうことに、家族はどう対応しているのか。
その体験談も掲載した。
認知症の父が軽トラックで買い物に行き、帰り道が分からなくなって警察に保護された。
翌日、運転免許証を返納した。
それでも、家族は返納したことを忘れて運転してしまわないか、心配になった。
そこで「感謝状」を手作りし、目に付きやすいところに貼った。
「自主返納の決断を表彰します」
感謝状にはこう記した。
免許証を取り上げたのではなく、自分から返したという気持ちを大切にしてほしかったという。
その後、運転しようとするたびに感謝状を見せた。
父は、返納したから運転できないと納得してくれた。
また、別の家族は、あえて運転免許証を返納しなかったことを記した。
更新期限を過ぎても、本人の気の済むまで、期限切れの免許証を持ってもらった。
車の鍵は家族が保管した。
車に乗るときは、「行きは私が運転するから、帰りはしてね」と声をかけた。
帰りは「疲れたのと違う?」と気遣う形で、助手席に座るように促した。
次第に助手席に座ってくれるようになり、運転しなくなったという。
どちらの体験談も、本人のプライドを傷つけず、自然と運転を諦めてくれるように、心を配ったことがうかがえる。
### ■感情は、本人に伝わる
若年性認知症になった家族と、日常的にどのように接すればいいのか。
こう記した人がいた。
「本人が失敗しても怒らない」
「心は鬼でも顔は笑顔、難しいですが、そうすることで、本人も穏やかに過ごすことができていると思います」
また、夫が若年性認知症になった妻は、病気の進行を予防しようと試行錯誤した。
夫に計算や漢字ドリルをさせ、文章を声に出して読ませていた。
しかし夫は楽しそうではなく、主治医にも「嫌がるならやめた方が良い」と言われた。
それから、夫の気持ちに寄り添い、一緒に食器洗いをするようにした。
夫がスポンジで汚れを取り、妻がすすいで片付けた。
やり方を注意せず、「ありがとう」と言って終えるようにしているという。
このほか、当事者の気持ちも紹介した。
症状が進むと、何かを言われて記憶に残るのは、話の内容ではなく、その言い方だという。
「あなたが言った時の感情は、伝わってきます」と記している。
### ■ぢいぢ ありがとう
「ホスピスのぢいぢへ」と題した9歳の子どもの詩も紹介した。
「ホスピスのぢいぢへ
ぢいぢに会いに行った
ぢいぢ ありがとう
ママを育ててくれてありがとう
ママがおらんかったら
そうちゃんもおらん
だから
ぢいぢ ありがとう」
症状が悪化したおじいちゃんが元気だった頃、よく遊んでもらったのだろうか。
心がほっこりする。
### ■「少しでも安心につなげたい」
若年性認知症は、65歳未満で発症する認知症。
冊子では、若年性認知症の基礎知識や医療機関のかかり方などを解説した。
薬剤師や社会保険労務士ら専門職からの助言も載せている。
初めて受診する際の準備の仕方や、休職中に健康保険の傷病手当金を受けられるケースがあることなどを記した。
子どもの就学に当たっては、児童扶養手当を受けられる場合があることなども示している。
加古川元気会は、毎月第2火曜に加古川市内で勉強会と交流の場を設けている。
毎月第4火曜は「たんぽぽの会」として、家族らが気軽に日常の困り事を話し合える茶話会を開いている。
岡田義則代表(70)は「若年性認知症は情報が少なく、発症した際に、本人や家族が苦しむことが多い。家族の生活を支えている若い人が発症すれば、家庭が崩壊する危機に陥ってしまう」と説明する。
「冊子がそうした人たちの指針となり、少しでも安心につながればうれしい」と話した。
冊子はA4判、60ページ。加古川市加古川町寺家町の東播磨生活創造センター「かこむ」で閲覧できる。希望者にはデータをメールで送る。
岡田代表TEL090.9862.2170 (斉藤正志)