「ノーマスクで飛行機乗れます」JALは了承していたはずなのに、なぜ強制的に降ろされた? 納得いかない弁護士「この3年の異常な『空気』を今こそ考えてほしい」

JALから桜井康統さんへのメール。「マスク着用ができない旨、ご予約記録に登録させていただきました」と記載されている

 新型コロナウイルス感染症が、5月8日から季節性インフルエンザと同等に引き下げられ、マスクをつけない人も目立つようになっている。ただ、以前から屋外でのマスク着用は原則不要であり、屋内でも「一定の距離を確保できて会話がほとんどない場合」は不要だった。さらに、3月にはマスクを着用するかどうかは「個人の判断」となっていたが、それでも多くの人は最近までマスク着用を継続した。
 こうした状況に、以前から日常生活でマスクをつけてこなかった弁護士の桜井康統さんは恐ろしさを感じてきたという。その恐怖は「空気」や「同調圧力」と言い換えられるかもしれない。「マスク着用は政府が『推奨』したのであり、『義務』ではなかった。基本的対処方針には『強制しないように』とあるにもかかわらず、日常の多くの場面で『お願い』という名の事実上の『強制』へと変化させた」
 桜井さんは、マスク不着用を理由に飛行機を強制的に降ろされたとして、日本航空(JAL)に賠償を求める訴訟を起こした。ノーマスクによる搭乗トラブルはこれまでも世間をにぎわせ、客に有罪判決が出たケースもあるが、桜井さんの場合は少し違う。トラブルにならないよう事前にJALに問い合わせをし、JAL側はノーマスクでの搭乗を了承していたにもかかわらず、最終的には、警察官に囲まれながら降ろされる事態になったという。一体、何が起きていたのか。(共同通信=宮本寛)

雨の中、マスク姿で通勤する人たち=5月8日午前、JR東京駅前

 ▽「ご予約記録に登録させていただきました」
 桜井さんは昨年秋、屋久島への旅行を計画し、大阪(伊丹)空港―屋久島空港間の往復の航空券を予約した。
 普段からノーマスクのため、飲食店やトレーニングジムでの「入店お断り」を経験してきた桜井さんは、出張や旅行で飛行機に乗る際には事前にノーマスクであることを航空会社に伝えるようにしている。今回も、JAL側には、フライトの2日前に往復の予約番号を記した上で、こんなメールを送っている。
 「呼吸しづらいため、マスクは着用しませんので、マスクの件で絡んでこないよう周知をお願いします」
 それに対するJAL側の返信はこうだった。
 「桜井様が健康上の理由でマスク着用ができないお客さまでいらっしゃる旨、ご予約記録に登録させていただきました」
 さらに、ハンカチでの代用や、会話を控えるよう求めた上で、こんな記載もあった。「当日は、空港係員や客室乗務員より、健康上の理由、および健康状態を確認させていただくこともございます」
 桜井さんは念のため「健康なのでマスクは着けないだけです」「マスクを着けることはありませんので、私の意思に反して干渉してこないよう周知をお願いします」と送信。最終的にJAL側は、予約記録に登録したことを再度記し、「機内では会話をお控えいただくとともに、せき・くしゃみ時には口・鼻をハンカチなどで覆っていただきますようお願いいたします」と回答した。
 双方のメールを読む限り、ノーマスクでの搭乗に関する合意が成立していたように思える。なぜトラブルになったのだろうか。

東京地裁などが入る裁判所合同庁舎=東京・霞が関、2019年撮影

 ▽「お降りいただくことが決定いたしました」
 訴状や桜井さんがCAとのやりとりを録音したデータを基に、経過を追ってみる。
 往路では、空港でも機内でもマスクに関する指摘は一切なかった。桜井さんは安心して屋久島観光を楽しんだが、異変は復路で起こった。
2022年11月25日、屋久島空港を午後2時35分に出発予定の伊丹行き日本エアコミューター機(日本エアコミューターはJALの子会社)に乗り込み着席後、一人の客室乗務員(CA)が声を掛けてきた。
 「お客さま、マスクはお持ちでないでしょうか」
 驚き、言葉に詰まった桜井さんに、CAは質問を重ねる。
 「マスクを着けられない理由はございますでしょうか」
 桜井さんは「やめてもらえますか。マスクは着けないので」と返答したが、CAは譲らない。「他にお客さまがいますので」
 このため桜井さんは、事前にマスクを着けないとのメールをJALに送り、許可を得たこと、行きの便では何も言われなかったことを説明した。
 それでもこのCAは「正当な理由を確認できていない」「JALグループの方針で確認させてもらっている」などと繰り返した。
 しばらくやりとりした後、CAは「確認させていただきます」と言い残して姿を消した。少しして再び現れたが、お互いの話はやはりかみ合わない。これが4回繰り返された後、CAは桜井さんにこう告げた。
 「確認が取れない、正当な理由がないということでございますので、機長ならびに屋久島空港所長の判断で、お客さまにはお降りいただくことが決定いたしました」
 予約時にJALが了承したのに、なぜ降りないといけないのか。桜井さんは納得できず、一度は「絶対に嫌です」と降機を拒否。すると、空港責任者と名乗る男性が警察官を3人連れて現れ、再び降機を命じられた。

屋久島空港の入り口に止まる鹿児島県警のパトカー(桜井さん提供)

 「このままでは業務妨害罪や不退去罪で不当逮捕されかねない」と恐れ、飛行機を降りた。
 ターミナルビルに戻った桜井さんに対し、警察官は「暴れたら問題になるからね」と言った。空港責任者からは「態度が悪かったと聞いている」と言われたが、次の言葉に耳を疑った。「会話をしないと約束すればマスクを着用しなくてもいいことになっている」
 桜井さんは「さっき、CAには『あなたに話しかけられなければ、一言もしゃべりません』と答えました」と反論した。会話せざるを得なかったのは、CAが何度も問いかけてきたからだ。しかし、空港責任者は何も返事をしなかったという。
 途方に暮れた桜井さんだったが、屋久島発鹿児島行き、さらに鹿児島発羽田行きの便にそれぞれ空席を見つけ、どうにか帰宅できたという。「どちらの便もノーマスクだったが、CAや地上係員から声を掛けられることは一切なく、なんのトラブルもなかった」。降機を巡るあの騒動は、一体なんだったのか。

強制降機の後に桜井康統さんが乗ったJAC機。ノーマスクで乗れたという(桜井さん提供)

 ▽JALの見解は…
 降機後、桜井さんはなぜこうなったのかと考えたが、疑問は尽きなかった。CAが「正当な理由が確認できない」と判断した理由は何だったのか。JALからJACには何も引き継がれていなかったということなのか。さらに言えば、降機を強制する根拠は何だったのか。
 JALはどう答えるのか。取材を申し込んだが、「頂戴したご質問はいずれも訴訟係属中なのでお答えいたしかねます。どうかご了承ください」との回答だった。
 一方で、JALのマスク着用ルールの根拠を一般論として尋ねると、こんな答えが返ってきた。「日本政府が発信している基本的対処方針およびそれに紐づく定期航空協会のガイドラインにのっとっております」

日本航空本社=東京都品川区、2012年撮影

 JALを含め協会加盟航空会社は2020年5月29日以降、このガイドラインに沿い、マスク着用強化対応を実施した。ガイドラインを読むと、「ワクチン接種後も引き続き、マスク着用をお願いいたします」と求め、「スタッフが事情を伺っても意図的な無視・沈黙がなされ、適切な対応を取ることができない」場合には、「搭乗をお断りする」とも記載している。
 桜井さんは、このガイドラインの正当性には疑問があると指摘する。「この基準は国土交通大臣の認可を受けておらず、運送約款の内容にもならない」
 (※ガイドラインはその後、「3月10日、協会より航空分野におけるガイドラインの改訂が発表され、JALもマスク着脱を個人の判断に委ねる新しい方針を開始しております」となった)

弁護士の桜井康統さん=5月、東京都内

 ▽恐ろしい「空気」とは
 桜井さんは以前、東京・恵比寿の高級ホテルでもノーマスクを理由に宿泊拒否されたとして、ホテルを訴えている。https://www.47news.jp/8763507.html
 記事になった際、ニュースプラットフォームのコメント欄やSNS上で、「ルールなんだから従え」「マスクくらいしろ」といった批判的なコメントが多数寄せられた。
 今回のJALの対応の根底にも同様の「空気」があるとみている。「繰り返しになるが、マスク着用は日本では『推奨』に過ぎず、『義務』ではない。強制的に守るべきルールでも何でもないし、着用しない権利もある。多数派による人権侵害が当たり前の空気のように存在し、JALを含め、多くの企業やお店が推奨という言葉を『お願い』という名の事実上の『強制』へと変化させている」
 弁護士として桜井さんがあえて提訴に踏み切る背景にはこうした不安があるという。多数派がある「空気」を生み出すと、根拠が明確でないだけに反論が難しい。疑問を感じても、やがて主体性を奪われ、自由な考えを妨げられる。「数年後、数十年後、『あのときの空気ではそうせざるを得なかった』と言うのだろうか。この3年間の異常な光景を、今こそ振り返るべきだ」

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