中国に媚びを売る危険すぎる沖縄県人権条例|篠原章 沖縄県の照屋義実副知事が着任したばかりの呉江浩駐日大使を表敬訪問したその日、ある条例が可決していた。「沖縄県差別のない社会づくり条例」(「沖縄県人権条例」)――玉城デニー知事の思惑が透けて見える危険な条例の実態。

副知事が新任中国大使を表敬訪問した際の「手土産」

昨年度末の3月30日、沖縄県の照屋義実副知事は、東京・麻布の中国大使館を訪れ、前週に着任したばかりの呉江浩駐日大使を表敬訪問した。副知事は、玉城デニー知事が7月に訪中の意向を持っていること、4月から国際交流推進のため「地域外交室」を県庁内に立ち上げることなどを呉大使に説明している。会談は非公開で行われたが、県の説明によれば、大使は、県が観光や経済、文化などの交流に取り組み、相互の友好や協力を深めていくことに期待を示したという。副知事が中国大使館を訪問するのは今回が「初」である。

実はこの日、沖縄県議会で「沖縄県差別のない社会づくり条例」(以下「沖縄県人権条例」と略す)が可決された。けっして偶然ではない。この条例が「中国人観光客をヘイトスピーチから守る」ことに主眼が置かれていたからである。玉城デニー知事は、この条例を新任中国大使への「手土産」として、副知事に「持参」させたといってもいい。

数年前、「言い出しっぺ」である市民グループ「沖縄カウンターズ」がこの条例を提案したときには、「ヘイトスピーチ防止条例」といった仮称が与えられていたが、今回審議された条例は「沖縄県人権宣言」といった印象の濃い、LGBTQ差別まで盛りこんだ包括的な条例になっている。しかし、それは表向きのことで、「言い出しっぺ」が想定していたのは「中国人観光客」に対する「ヘイト」スピーチだった。

県議や県庁職員、那覇市議、那覇市役所職員ならまず思い浮かべるのは、今から9年前の2014年頃から沖縄県庁前の「県民広場」や「那覇市役所前」、沖縄県唯一のデパート「パレットくもじ」のある県庁前交差点付近で、拡声器を使って沖縄県政批判(故翁長雄志元県知事批判、玉城デニー現知事批判)などを行っているグループのことだ。その名も「シーサー平和運動センター」という。玉城デニー沖縄県知事が率いる「オール沖縄」の中軸組織「沖縄平和運動センター」(社民党系)を模したネーミングである。

「沖縄カウンターズ」のTwitterアカウントによれば、シーサー平和運動センターは毎週水曜日に那覇市役所前に集い、県政批判を逸脱した有名なスピーチ、「チャイニーズは歩く生物兵器」を繰り返したほか、中国から来た観光客を追いかけ回すというパフォーマンスを展開してきた。シーサー平和運動センターが狙いとしたのは、「中国人への情報伝達」であり、それ以上に「中国人観光客が恐れをなしてもう来なくなる」ことだった。中国からの観光客はコロナ禍前の2018年度に約70万人と過去最高を記録したが(香港からの観光客約23万人を除く)、以後急減して「ゼロ」まで減じた。コロナ禍が終わりつつある現在、中国から沖縄への入域観光客は徐々に戻りつつある。

呉江浩・駐日中国大使(記者会見動画より)

那覇市役所前での「ヘイト・スピーチ」

シーサー平和運動センターによる「スピーチ」を「ヘイトスピーチ」と見なす沖縄カウンターズは、3年前の2020年から毎週水曜日に彼らの集まる場所(那覇市役所前に定着)に「予防線」を張り、「スピーチ」は150週以上にわたって「阻止してきた」という。そもそもシーサー平和運動センターを「標的」としたことで条例制定運動が始まり、この条例に「結実」したというのが真相だが、新任の呉大使が着任するこのタイミングに合わせて条例は可決・成立している。

「スピーチ」の発信元とされるシーサー平和運動センターの代表・久我信太郎氏(千葉県出身)に電話でインタビューした。

「私たちのグループは、中国の冊封国だった琉球に対して、儀礼(三跪九叩頭の礼 さんききゅうこうとうのれい)を求めてきた歴史に対する反発から始まっているんです」

「ウイグル族の代表を沖縄にアゴ足つきで呼んで、首里城祭で行われている儀式を目の前で見せたら、彼らはびっくりして『今すぐにやめなさい!さもないと大変なことになる!』と我々に警告しました」

「次に、私たちは中国政府・中国人を対象としたスピーチを始めた。素人がやるんだから『お前たち帰れって』いうふうになるでしょ。沖縄の人のなかには、このスピーチに触発される人も少なくなかった。それがヘイトスピーチに当たる、とかいわれてずいぶん話題になりましたが」

「今はスピーチを止めています。条例制定に向かう動きに阻まれたというより、私は今年で71歳だしね。体力的に限界を感じ始めている。他にやるべきミッションもある。中国が領事館を沖縄に作る、って話にでもなれば、また始めますけどね」

久我氏の祖父は、戦前の三菱商事パリ支店長で、画家のクロード・モネやモーリス・ドニと交流のあった貞三郎氏、父は、アジア石油(現コスモ石油)の専務を務め、一橋大学の同窓会である如水会事務局長の職に長く就いていた太郎氏である。信太郎氏自身は大手広告代理店・博報堂に30年以上わたってマーケティング部門を中心に勤務し、父・太郎氏が逝去した2011年の年末に東京・渋谷から沖縄に移住している。

条例の何が問題なのか?

では、「沖縄県差別のない社会づくり条例」とはいかなる条例なのか。前文には、次のように謳われている。

全ての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。これは、世界人権宣言にうたわれている人類普遍の原理であり、また、基本的人権を侵すことのできない永久の権利として全ての国民に保障する日本国憲法の理念とするところでもある。

(中略) 公共の場所やインターネット上で特定の個人又は不特定多数に向けて行われる特定の人種、国籍、出身等の本人の意思では変えることが難しい属性を理由とする不当な差別的言動、性的指向や性自認の多様性についての理解が十分ではないことに起因する偏見や不当な差別等が存在しており、私たちは、その解消に向けた取組を、さらに力強く、社会全体で推進していかなければならない。

ここに、全ての人への不当な差別は許されないことを宣言するとともに、人々が互いに人格と個性を尊重し合いながら共生する心豊かな社会の実現を目指し、たゆみない努力をすることを決意し、この条例を制定する。

なかなかに格調高い。さらに、第10条には以下のように定められている。

第10条 県は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年法律第68号)の趣旨を踏まえ、本邦外出身者等に対する不当な差別的言動(本邦外出身者等(本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫をいう。以下この条及び次条において同じ。)に対する差別的意識を助長し、又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し、又は本邦外出身者等を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者等を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。

「平成28年法律第68号」とは、おもに在留特別許可を持つ在日コリアンを念頭に制定された通称「ヘイトスピーチ法」のことを指しているが、沖縄に在日コリアンは少ない。「本邦外出身者等」とは、ここではシーサー平和運動センターが非難の対象に選んだ中国からの観光客のことを指しているのは明らかで、シーサー平和運動センターのスピーチは「本邦外出身者等に対する差別的言動」に当たる可能性は高い。

ただ、「必ずしもそうとはいえない」という説もある。なぜなら「地域社会から観光客としての中国人を排除する意思」を読み取りにくいからだ。ネット上に残されているシーサー平和運動センターの動画は、久我信太郎氏のパートナーだった田野まり子氏(故人)による「スーツケースを持った中国人観光客を追いかけ回し、相手を激怒させ、反論させるパフォーマンス」である(https://youtu.be/Cj0ZlfvYLlc)。

どう見てもこれは「やり過ぎパフォーマンス」なので、「地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」といえるかどうか疑問だ。むしろ、この中国人に同情が集まる効果すらある。

現に、反ヘイト団体「沖縄カウンターズ」がこの動画を見て、「ヘイトスピーチだ!」と、那覇市役所前への結集を呼びかけたところ、5人から10人程度の「市民」が集まってきて、シーサー平和運動センターの活動を150週以上(3年近く)にわたって妨げてきたという。沖縄タイムスの阿部岳(あべ・たかし)編集委員やジャーナリストの安田浩一氏は、これを「市民による反ヘイトスピーチ運動の成果」だという。

この条例によれば、県内で「本邦外出身者」に対するヘイトスピーチが「発見」され、県当局に通報されると、県は国の関係部局に通知すると同時に、条例に基づいて設置された「沖縄県差別のない社会づくり審議会」に付して審議させ、「ヘイトスピーチ」認定を受けたら知事の責任で公表するという仕組みになっている。意外なほど時間がかかりそうだ。おまけに罰則規定もない。

現状でもシーサー平和運動センターの上記の動画はYouTubeから削除されていない。YouTubeの投稿削除規定と世間一般の政治的判断との「ミスマッチ」が原因である。そもそも、毎週のように市役所前で行われていたシーサー平和運動センターのスピーチは3年前から行われておらず、復活の兆しもないが、それを「成果」と呼んで良いものかどうかわからない。「スピーチを止めた」のはシーサー平和運動センター側の事情でもある。成果があるとすれば、「新任中国大使の着任に合わせて成立させた」ということぐらいか。

中国公安警察が那覇に?

条例可決から約一週間後の4月8日午後、筆者は沖縄県会議事堂に赴き、条例案に「継続審議」を主張して反対した自民党県議団のうち、座波一(ざは・はじめ)氏と新垣淑豊(あらかき・よしとよ)氏のふたりに話を聴いた。

「裁決の結果は賛成29、反対18でした。事前には予想できなかったことですが、中立会派まで賛成に回ってしまい、とても残念でした」と座波県議は嘆く。

「中国の公安当局が(県庁の近くの)那覇市久茂地あたりに事務所を構えているという噂があるんですが、その真偽を確かめるよりも先に条例が可決されてしまいました。もう少ししっかりした議論を続けた後でも遅くはなかったと思います」

新垣県議は、「用語の定義もろくに行われないまま裁決されてしまいました。3年後の見直しが附則に盛りこまれていますが、いったいどうなるんでしょう」という。「県庁の担当者が昨年度までの任期だったので、それにあわせて成立させたという『やった感』が強いですね」

「中国公安」云々という話は、中国が自国警察の出先機関を外国に設けて中国人詐欺犯の取り締まりを行っている、というスペインに本部を置くNGO、Safeguard Defendersによる「中国警察の国境を越えた暴走」(2022年9月)と題する報告書に基づく話である。これが国際法に違反し、各国の主権を侵害するのは明らかで、日本では東京・秋葉原の事務所(ホテル内)の住所が開示されているほか、那覇市にも中国警察の出先機関が設けられているという「噂」がある。

このNGOの報告書を受けるかのように、今年4月17日には、アメリカの司法省が、中国公安省がニューヨークに設けた闇警察の設置・運営に関わったとして、中国系米国人の男2人の逮捕を発表しているが、スパイ防止法を欠いた日本の国内法では対処できない可能性が高い。

定義のない「県民」

もう1つの問題は、第9条「県は、県民であることを理由とする不当な差別的言動の解消に向けた施策を講ずるものとする」である。

第9条は、沖縄の人々に対して向けられた誹謗・中傷が中心的課題だと思われるが、前出の新垣県議のいうような定義がどこにも見当たらない。沖縄にルーツのない人たちや他県民が沖縄県民を「くさす」のは問題かもしれないが、その程度を推し量るのは難しい。沖縄にルーツのある人たちや沖縄県民が、自分たちを見下したり貶めたりするような発言をすれば、これはヘイトスピーチというより「自虐的な発言」と捉えられる。差別・被差別というのは、感情的な要素が大きく絡んでいる以上、当事者の属性に大きく左右される。

かといって、沖縄にルーツのある人たちあるいは沖縄県民なら、自らを汚い言葉で罵るのが許されて、そうでない人たちには許されないというのでは、法的公平性に欠ける。つまり、条例のような普遍的な文書(法)のなかで、こうした区別を明確化するのはきわめて難しいということだ。加えて、沖縄県以外の地域の出身者に対する沖縄内の差別(たとえば内地、とくに奄美出身者などに対する差別や米兵に対するヘイトスピーチ)や沖縄県内の差別(たとえば、宮古島出身者に対する本島内の差別)を放置してよいのか、という懸念もある。

もう少し視野を広げてみると「沖縄差別を許すな」は、すでに基地反対派の論拠のひとつになっている。沖縄に基地が偏在すること自体が「沖縄県民に対する差別」ということにされているからだ。安全保障や地政学上の問題と「民族差別」を同じ土俵で論ずるのは、分断と混乱を深めかねない議論だと思うが、第9条にはこうした「差別」が含まれる可能性があり、「施策を講じなければならない」のが県の役割だとすると、玉城デニー知事はいかに措置するのだろうか。

もっといえば、「東北差別を許すな」「大阪差別を許すな」といった主張が出てきた場合、沖縄の立脚する根拠はどのように組み立てるのか。「沖縄だけ血統が異なるのか」という問題提起もありうる。論点はいくらでもあるが、そもそもヘイト・スピーチの大元にある「暴力的表現」「罵倒的表現」「侮辱的表現」などはいかに定義すればよいのか。

沖縄県がこうした条例をつくり、「人権を守りたい」という意識を持つのは理解できるが、条例制定推進派の師岡康子弁護士(東京弁護士会)の主張にもあるように、詳しい実態調査が行われないまま条例を制定しようとするのは、「拙速」という批判を免れない。沖縄県は、条例案に対するネット上のヒアリングは行っているが、実態を調査した形跡は認められない。

「琉球人は土人」は可?

第9条に絡んで、血統や出身に拘れば、「琉球民族のルーツ」が固定化されかねないという心配もあった。というのも、新手の琉球独立運動とでもいうべき琉球民族独立総合研究学会の国連におけるロビー活動がここ数年盛んだからである。

今年4月17日から28日にかけて、ニューヨークの国連本部にて、社会経済理事会が主催する「第二十二回セッション(テーマ「先住民族、人類の健康、地球と領土の健全性、気候変動:権利に基づくアプローチ」)が行われた。琉球民族独立総合研究学会は、この会議の場にアレクシス大城(うふぐしく)氏(米国カリフォルニア大学サンタクルーズ校大学院生)を代表として送り、辺野古に建設中の米海兵隊普天間飛行場の代替施設について、県⺠投票で70%以上が反対したが、以後も建設を続行する日本政府と米軍は「先住⺠族の権利に関する国連宣言」の複数の条項を侵害していると糾弾した。戦没者遺骨が埋まる南部土砂を使う計画にも触れ、辺野古移設は自己決定権を定めた宣言の第3条や、遺骨の返還などを定めた第12条に違反すると訴えた。ただし、最後のこの主張については事実誤認がある。沖縄戦で亡くなったのは県民約15万人、日本軍約7万8千人、米軍など約1万4千人であり、確率的にいって県民である可能性は62%である。

問題は、「先住民」の定義に「琉球民族」が当てはまるか否かだ。これについては、12世紀の南走平氏の口伝(尚王朝開闢にまつわる「尚王朝の開祖は平氏である」という伝説)や大和(日本)からの度重なる禅宗仏僧の来琉、1609年の島津の琉球侵攻以降、那覇に置かれていた薩摩の在番奉行所から王朝官吏への転籍の事例(戦後琉球政府主席を務めた當間重剛の先祖に当たる當間重陳など)、薩摩・大阪の寄留商人が婚姻によって土着化した事例も多く、古代から近世までの歌謡を集めた『おもろさうし』からは大和や薩摩の風俗の沖縄における流行(たとえば鎧兜や日本刀など「床の間」でのお飾り)が読み取れるなど、いわゆる琉球民族は「先住民」の要件を満たしているとは言い難いのではないか、と筆者は考えている。

これに関連して、国立科学博物館の監修した映画『スギメ』(門田修監督/2021年)を参考にすると、DNAを2〜3万年前まで遡れば、日本人の祖先は「3万2千年前の山下町洞人=那覇市山下町で発見された人骨」であり、「2万7千年前のピンザアブ洞人=宮古島ピンザアブ洞窟で発見された人骨」であり、「2万年前の港川人=八重瀬町港川で発見された人骨」である、という事実に辿り着く。5万年前にアフリカ大陸に出現し、南廻り(島伝い)で黒潮を越えて台湾から琉球諸島に辿り着いたホモサピエンスと、同じく5万年前にアフリカ大陸に出現し、北廻り(陸伝い)で中国・朝鮮半島・カムチャツカ半島などを経て日本列島に辿り着いたホモサピエンスが混血した結果生まれたのが原日本人(縄文人、弥生人)であるとすれば、はっきりいって琉球人・日本人の生まれた順序、どちらが先住民であるかなどどうでもよくなってくる。「ホモサピエンス」にとって、数千年の時間差など誤差の範疇だからだ。

しかも、玉城デニー沖縄県知事や県政与党議員など知事のお仲間たちが拘る「第9条」には行政上の用語として「(沖縄)県民」としか書かれておらず、「琉球民族」とはどこにも書かれていない。SNSやネットに「琉球人は土人」と書きこめる可能性があるという意味だ。これはこれでチグハグな話で、琉球ナショナリストを標榜する琉球民族独立総合研究学会のメンバーなら怒りだしかねない。
先にも触れたように、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」は久我信太郎氏の発信をきっかけとしたものだが、それを抑止するために条例を制定したものの、久我氏はいまや発信を止めてしまっている。「条例制定の効果」の効果といえば効果だが、久我氏は「どこ吹く風」といった姿勢である。

結局のところ、「沖縄県人権条例」は、新任中国大使の着任や玉城知事訪中にあわせて制定されたという「疑惑」が濃厚である。中国社会では外国人やLGBTQは尊重されていないが、「中国人観光客向け」の「ヘイト・スピーチ」を防止する条例であることを強調しながら中国に媚びを売る。ただ、それだけのために条例を制定したのではないか。玉城知事の思惑が透けて見えそうな、なんとも不可解な条例である。

篠原章

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