ホンダの新シャシー投入。2度の接触クラッシュの顛末/MotoGPの御意見番に聞くフランスGP

 5月12~14日、2023年MotoGP第5戦フランスGPが行われました。ヨーロッパに渡ってスペインGPとヘレステストの後でもあり、ホンダは新シャシーを投入。レースでは接触転倒も多く見られました。

 最終的にドゥカティのサテライトが表彰台を独占しましたが、怪我から復帰したマルク・マルケスの走りが光りました。

 そんな2023年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム第5回目です。

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毎回同じフレーズでアレですが今回のレースも荒れましたよね。スプリントは比較的平和だったので本戦も期待していたのですが……

 マルク・マルケス選手の復帰戦という事で、必ず何か起こると思っていたわりにはスタート直後に大きなアクシデントが無くてむしろ拍子抜けした(笑)

 これはスタート直後に緩い右コーナーがあってあまりスピードが出ない事と、次の低速コーナーまでにある程度隊列がバラけていたのが良かったのかな。これまでのサーキットはどこもスタート直後に大きな集団でタイトなコーナーに殺到するパターンだったから、常に多重クラッシュのリスクを抱えていたわけだ。

 本戦のスタートも混乱はなかったし、その後の序盤のレース展開はマルケス選手の予想外(失礼)な健闘もあって、久々に見ごたえのあるレースだなと思っていた矢先にアレだろ。正直なところ一気に興味が失せたね、何やってんだかって感じ。ガキみたいに殴り合いとか見ていて恥ずかしい。

2023MotoGP第5戦フランスGPはドゥカティが表彰台独占

フランセスコ・バニャイア選手とマーベリック・ビニャーレス選手の接触転倒ですか?

 まあ、お互いに非があったと後で認めているし、レースディレクションもインシデントとして処理したみたいだし、シリアスな怪我もなさそうなのでそれは良しとしても、チャンピオンとしてはアレは避けて欲しかったな。

 ふたりとも比較的クリアなレースをしているライダーなので稀なケースだとは思うけど、結局はふたりとも相手との間合いが把握できていなかったのだろうね。優れたライダーの資質としては、ただ速く走れるだけでは足りなくて、レース中に前後左右の空間認識がしっかりできることが必須なんだ。

 サッカーの優れたプレイヤーはピッチのどこに誰がいるか俯瞰映像のように把握していて、そこから次にだれがどう動くかを予測してプレーするって言うだろ。それと同じことをライダーはあのスピードで走りながらやらなければいけないんだよ。残念ながら、MotoGPにエントリーしているライダーが全てその資質を備えているわけじゃないというのが現実で、だからこそアクシデントは起きる。

ルカ・マリーニとアレックス・マルケスのクラッシュ/2023MotoGP第5戦フランスGP

その直後にルカ・マリーニ選手とアレックス・マルケス選手のアクトシデントが続きましたよね。

 あれこそはレーシングインシデントで、どちらにも非はないけどただ運が悪い。

 マリーニ選手がコントロールを失って必死に立て直そうとしているところに後続の2台が接近、マルコ・ベゼッチ選手は辛うじて回避できたけど、マルケス選手は少しラインが外寄りのところにマリーニ選手のマシンが倒れてきたから避けようが無かったね。

 とはいえ、きわどいところでクラッシュを回避したベゼッチ選手が、その後独走で優勝したわけだから、彼はやはり“持ってる”男だったね。そもそも最初からそんなに目立ってなかったから、優勝したのが意外な感じすらするけど(笑)

トップ争いするマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)/2023MotoGP第5戦フランスGP

ところでマルク・マルケス選手がやっと復帰したとたんに大活躍でしたが、今回投入したニューシャシーが良かったという事になるのでしょうか?

 FPからフランセスコ・バニャイア選手の後を執拗に追ってタイムを出そうとしたり、もうなりふり構わずって感じで、おまけに2度もクラッシュしていたから悲壮感が漂っていたけど、最終的に2番グリッドを得てスプリントも5位となると、これはあっぱれと言うしかないよね。

 カレックスに製作を依頼したとかいうシャシーについての彼のコメントでは、違いは僅かだけれど、(限界を)警告してくれると言っていたようだから、そこは大きいんじゃないかと思う。他のライダーが頻繁に転倒するのもそのせいじゃないかなと。

 ま、最終的にホルヘ・マルティン選手に抜かれた段階で力尽きたわけだけれど、序盤はレースをリードしていたし、最後まで優勝を諦める様子は見えなかったし、今回のレースにとっては一番スパイシーな存在だったことは間違いない。

 毀誉褒貶あるけれども、彼の存在感は他のライダーには無い唯一無二のもの。不退転の覚悟というか、リスクを冒して結果を求める姿勢はひしひしと伝わってきたね。

そうなるとマニュファクチャラーとしての面子とか大丈夫なんでしょうか?

 設計からすべてを丸投げしたわけではなくて、仕様的には詳細に指示を出しているはずで、なぜ外注なのかというと、おそらくは製作のスピードを重視したんだと思う。日本のメーカーは残業の縛りもあるしで、今や徹夜して次のレースに間に合わせるなんて荒業は出来ないんじゃないかな(笑)

 エンジンのパーツに関して言えば、以前から欧州メーカーに依存しているから、そんなに驚く話でも無いんだよ。

そういえばもう一方の日本メーカーは今回まったく精彩がなかったですね。

 そこなんだよね~、念願のエンジンがパワーアップしたおかげで、良いところを失ってるとか今ごろになって言い出すのは止めて欲しい(笑)。これも古い話で恐縮だけれど、ホルヘ・ロレンソ選手が現役のころにやはりトップスピードの不足を常に訴えていて、開発陣も頑張ってなんとか性能を絞り出して現地に送り出していたんだけれど、ほんの数馬力のパワーアップで「アグレッシブで乗れたもんじゃない」と使って貰えなかったらしい。

 エンジンだけに限らず、限られた枠組みの中で更に何かを得ようとすると、何かを失うというのは良くあることで、失ったものが何かというと、それはライダーの感性が関わる部分なので簡単に突き止められるわけでもない。エンジンがアグレッシブなら制御でなんとかなりませんかとよく言われるけれど、制御では引き算は出来ても足し算は出来ない。突き詰めるとエンジンの素の性能を高める事が重要になる。早くそういうことに気付いてほしいけどね。

ファビオ・クアルタラロとフランコ・モルビデリ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)/2023MotoGP第5戦フランスGP 決勝

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