江戸時代の村民皆殺し伝説 農民視点で惨事描く 矢板の渡辺さん、初の小説出版

小説「小生瀬」を出版した渡辺さん

 【矢板】江戸初期に茨城県大子町にあった山村の住民が、支配者によって皆殺しにされて村が消滅したという言い伝えなどを基に、栃木県矢板市越畑、農業渡辺哲男(わたなべてつお)さん(75)が初の小説「小生瀬(こなませ)」を出版した。農民が起こした争いを抑え込むためだったとする資料に疑問を持ち、「書かざるを得ない気持ちになった」と農民の側の視点に立ち、5年をかけて書き上げた。

 渡辺さんは栃木新聞の元記者で、書店員、とちぎコープ生協職員などを経験。温めてきた小説執筆の夢に向けて踏み出したのは、評論家山川菊栄(やまかわきくえ)著「覚書 幕末の水戸藩」別巻にあった小生瀬の農民騒動にまつわる6ページの記述が発端だった。

 農民騒動とそれに続く皆殺し事件は関ケ原の戦いから数年後、小生瀬が佐竹(さたけ)氏から徳川(とくがわ)・水戸藩の支配に代わった混乱期に起きたとされる。事件の定かな史料はないというが、明治以降に研究された資料が残る。

 渡辺さんは、「地獄沢」「嘆願沢」など事件にまつわる地名が残る現地を何度も訪ね、フィクションの構想を固めていった。

 小説は年貢の取り立てを巡る「不運な行き違い」から庄屋が役人をあやめたことを機に、盤石を目指す支配者が「天道の仕置き」を掲げて村民を皆殺しにした上、口封じを図ったという筋立て。生き延びた2人の村の子どもに希望を託した。

 渡辺さんは「力で治めるには、あったことをなかったことにする(のが有効)。現代にも通じると危機感を覚えた。組織の目的を間違うととんでもないことになる。特に若い人に読んでほしい」と話した。

 A5判、271ページ。1980円。矢板、さくら、宇都宮市などのTSUTAYA系列店などで販売している。(問)赤札堂印刷所028.682.2926。

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