「正月を迎えられない…」味や香りで人気の「江戸前ノリ」が大ピンチ! 温暖化で生産量が大幅減、クロダイの食害増え漁期も短く

千葉県産の江戸前ノリ=2023年4月、千葉県富津市

 江戸時代に東京湾で養殖が始まり、「色良し、味良し、香り良し」と人気も高い「江戸前ノリ」の不作が続いている。地球温暖化による海水温上昇の影響で、活動範囲を北に広げたクロダイによる食害が増加。海の環境が変わり、漁期も短くなっている。生産量回復は難しく、江戸前にこだわってきた老舗のり店は営業を断念した。ノリの生産量減少は全国的な傾向でもあり、関係者は気をもんでいる。(共同通信=板井和也)

▽生産量5分の1以下に、天敵クロダイは駆除しても値段がつかず
 千葉県水産総合研究センター東京湾漁業研究所によると、江戸前ノリは千葉県産が大半を占める。市川、船橋、富津地域などで養殖され、冬の冷たい海で成長する。
 千葉県では2002年度に約5億1千万枚生産されていたが、21年度には約1億1千万枚まで減少。19、20年度は1億枚を割った。生産量は全国でも減少傾向だ。全国漁連のり事業推進協議会によると、21年度は約63億7千万枚と、20年前と比べ4割以上減った。

 東京湾漁業研究所の島田裕至・主任上席研究員によると、東京湾では15年度からクロダイの食害が大きく影響するようになったという。クロダイはもともと冬は比較的水温の高い東京湾の南でほぼ動かず、あまり餌も食べずに過ごしていた。だが海水温上昇により、北のノリ養殖場のある海域まで活動範囲を広げ、ノリを食べるようになった。クロダイは雑食性で、個体数も増えているとみられる。クロダイによる食害は東京湾のみならず、全国のノリ産地に共通する問題だという。

東京湾で養殖される江戸前ノリを食べるクロダイ=2022年1月、千葉県富津市沖(千葉県水産総合研究センター提供)

 それでは、増えたクロダイを駆除がてら捕獲して大々的に食用に回せば、とも思うが「地域によってはよく食べるところがあるらしいが、特に最近は水揚げしても値段がつかないらしい。価値が下がっているのでは」(東京湾漁業研究所の岩崎晶知所長)という。そもそもクロダイは警戒心が強いためか、なかなか網にもかからず、捕獲が難しいそうだ。

千葉県水産総合研究センター東京湾漁業研究所の島田裕至・主任上席研究員=3月22日、千葉県富津市

 ▽下水道処理の高度化も影響
 東京湾内のある地点では、1950年代に8度ほどだった1月の海水温が2010年代には11度程度まで上昇。島田氏は「近年は黒潮大蛇行の影響で温かい水が東京湾に入り込み、海水温が下がりにくくなっているかもしれない」と推測する。
 ノリの成長には、下水や工場廃水などに含まれる窒素やリンなどの「栄養塩」が欠かせないが、下水道処理の高度化などにより、海への流入量が減ったことも不作の一因となっている。環境対策がノリにとってはありがたくない状況を作り出していると言えそうだ。
 「少なくなった栄養塩をノリと植物プランクトンが奪い合う状態」(島田氏)で、植物プランクトンが異常増殖すると赤潮が発生する。そうすると、栄養塩を取り込めないノリが色落ちしてしまうという。

クロダイの食害防止用ネットを海から引き揚げた江戸前ノリの養殖業者=4日、千葉県富津市

 ▽かさむ負担、養殖業者の離職相次ぐ
 こうした海の環境変化に養殖業者は青息吐息だ。千葉県内最大のノリ出荷量を誇る新富津漁業協同組合の小泉敏組合長(68)は「以前は10月下旬から5月までが養殖期だったが、海水温が下がらず12月から4月までになってしまった」とこぼす。クロダイの食害は「これまで餌としてきた海藻が減少する『磯焼け』の影響もあるのではないか。その分、養殖ノリを食べるようになった」と推測する。
 小泉さんは「食害防止のために張るネット代もかさむ。クロダイは学習能力があるのか、そのうちネットの隙間から入り込むようになり、ノリを食べてしまう」という。防護ネットを張り巡らせる作業は重労働で肉体的にも負担が大きいという。
 こうした苦労もあり、養殖業者の離職も相次ぐ。新富津漁協では約10年間で従事者が4分の1ほどになった。最近は養殖作業に使う船の燃料費高騰も追い打ちをかける。「『江戸前ノリがないと正月を迎えられない』と言ってくれる人たちのためにも若い組合員が頑張って守っていかないと…」と小泉さんは言う。
 小泉さんは「地球温暖化は止めようがない。ノリ養殖は個人経営者が多いが、漁期に人を雇い、離職者の増加で空いた漁場も使って作業を大型化させる方向にシフトしていくのではないか」と話す。

ノリ養殖に使う船が集まる漁港。堤防の向こうにノリ養殖場が広がる=4月4日、千葉県富津市

 ▽惜しまれる老舗のり店の休業…「いつかまた江戸前ノリを」
 船橋市にある創業100年余の老舗のり店「船福」は今年2月、無期限で休業した。篠田好造会長(69)は「家業に入った1970年代には千葉で江戸前ノリが約6億枚採れた年もあった。70年代後半には船橋の東武百貨店に出店したが、同居する全国区の大手有名店の後塵を拝し、売り上げはビリ。それが90年代前半にのりギフトでトップになれた」と振り返る。

無期限休業し、がらんとした店内で取材に応じる老舗のり店「船福」の篠田好造会長=3月30日、千葉県船橋市

 篠田会長はのれんを下ろす決断をした理由をこう話した。「生産量が減ったことで競りでの仕入れ価格が高騰し、高品質のノリを多くそろえることが難しくなった。漁期短縮でお歳暮商戦にも乗れなくなった」。休業は2年ほど前に決めていたというが、顧客に伝えてからは惜しむ声が多く寄せられたという。
 篠田会長は「『千葉の江戸前ノリだから』と買ってくれていたお客さんが大半。私自身も江戸前ノリが一番おいしいと思っている。これから息子たちが別の事業を手がけるが、いつかまた江戸前ノリを扱うことができればと思っている」と話した。

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