社説:タイ総選挙 「真の民政」実現せねば

 タイの民意は明確に軍の退場を求め、政権交代に道を開いた。今度こそ真の民政復帰を実現せねばならない。

 14日に行われたタイ下院の総選挙で、王室改革を訴える革新系野党「前進党」とタクシン元首相派の野党「タイ貢献党」が上位2党となり、合わせて293議席と過半数を獲得した。

 2014年のクーデターで実権を握ったプラユット首相らの親軍与党は大敗した。国民の強い不満が示された結果である。

 ただ、次期政権の枠組みを決める連立協議の見通しはつかない。野党2党には王室を巡る立場の違いが障害となっている。

 首相選出では軍の影響下にある上院の意向が鍵を握っており、交渉は長期化する恐れもある。

 民意に向き合い、軍の介入を許さない政権の樹立が求められる。武力を背景に強権が行使されるようなことはあってはならない。

 かつて「民主化の優等生」とも呼ばれたタイは、貧困層とエリート層の対立で混乱し、「安定最優先」を掲げる軍のクーデターが繰り返されてきた。

 19年に民政移管の総選挙が行われたが、政治への軍の影響力は憲法に盛り込まれ、首相には元陸軍トップのプラユット氏が就いた。「見せかけの民主主義」と政権打倒を目指すデモが拡大した。

 広く国民から敬愛され、対立する勢力の仲裁役も担ったプミポン前国王は16年に死去した。跡を継いだワチラロンコン国王は、1年の大半を海外の別荘で過ごすなどし、王室予算も倍増され、コロナ禍であえぐ国民の反発を招いた。

 こうした中、前進党は王室への侮辱を罰する不敬罪の条文改正や徴兵制の廃止など、これまでにない政策を掲げ、都市部の若者に支持を伸ばした。

 若者らは地方農村の低所得層を中心とするタクシン派と、都市部のエリート層で軍を支持する反タクシン派の長年の対立にへきえきしていたという。政治の変化への渇望が新しい扉を開いたのは間違いない。

 タイで民主主義が機能し、平和的な政権交代が実現するならば、アジア全体にとっても大きな意義がある。軍事政権が市民を弾圧する隣国のミャンマーでは、民政復帰を求める市民が抵抗を続けている。

 多くの企業が進出し、観光も盛んな日本とタイの関係は緊密だ。強く関心を持ち、国際社会とともに民主政治の実現へ働きかけを強めたい。

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