「5分以上目が離せない」医療的ケア児の子育てを支える 役所でたらい回しも…「困ったらまずはここ」の相談窓口ようやく全国に

医療的ケア児支援法成立後、国会前に集まった関係者=2021年6月、東京都内

 日常的に人工呼吸器やたんの吸引などが必要な子どもは「医療的ケア児」と呼ばれる。親はわが子に医療的ケアが必要だと知ったとき、どんな生活が待ち受けるか分からず途方に暮れ、日々の世話が始まれば付きっきりとなる。そんな家族の相談を受け止め、支えるのが「医療的ケア児支援センター」だ。2023年度中に全都道府県で整備を終える見通しとなった。これまで大きかった地域間の支援格差を解消しようという動きも進む。医療的ケア児支援法が成立してから6月で2年。「どこに住んでいても支援を受けられる社会」は実現できるか。(共同通信=沢田和樹)

 ▽家族の7割が睡眠不足、保育所や学校の受け入れ拒否も
 医療的ケア児は全国に約2万人いる。医療技術の進歩で、ケアを伴いながらも多くの新生児の命を救えるようになり、増加した。状態に応じて必要なケアはさまざまだ。例えば、心臓病で人工呼吸器を装着している子どもや、脳性まひなどが原因で口から食事をできず、腹部に開けた穴からチューブで胃に栄養を送る「胃ろう」を付ける子どもがいる。病気の治療で気管を切開して、たんの吸引が欠かせないケースもある。
 一方で、たんの吸引などは必要だが、知的障害も身体障害もない「動ける医療的ケア児」と呼ばれる子どももいる。従来の障害児の枠にはまらないため、行政の支援を受けられないはざまに落ち込むことが問題となっていた。
 ケア児は出生後、新生児集中治療室(NICU)などで入院生活を送り、退院後は自宅での生活に移る。医療者に囲まれ手厚いケアを受けられた病院から離れ、親は子どもの世話に付きっきりになる。
 厚生労働省の2019年度調査では、家族の4割が「ケア児から5分以上、目を離せない」と答え、7割が睡眠不足に陥っていた。保育所や学校にケアができる職員がいないことから、受け入れを拒まれたり、親が付き添いを求められたりすることも。親が孤立し、生活を犠牲にしている現実がある。
 最近になってようやく医療的ケア児が注目され、支援も広がり始めた。2016年の改正児童福祉法で初めて法律にケア児のことが明記され、自治体の支援は努力義務になった。2021年にはケア児支援法が成立し、支援は国や自治体の「責務」になった。

 ▽疲労困憊の親をサポートする支援拠点、47都道府県で開設へ
 これまでは親が悩みを打ち明けたくても、どこに相談すれば良いか分かりにくかった。内容が保育や教育、医療など多岐にわたり、自治体の窓口をたらい回しになることも少なくない。育児で疲弊した親にとっては、相談先を探す作業自体が大きな負担になる。支援法ができたことで、都道府県が相談窓口として支援センターを整備できるようになった。「困ったら、まずはここに」という場所だ。
 支援センターでは、相談支援専門員や看護師などの専門職が悩みを受け止め、サービスにつなげる。センターが中心となって自治体や学校、病院などと、ケア児を支える方法を話し合い、地域の体制を整えていく役割も期待されている。
 2022年度までに40都道府県で整備が完了した。残る7府県のうち滋賀、大阪は4月に開設し、相談業務をスタート。群馬も設置したが、相談対応は夏頃に始める予定だ。和歌山、広島、鹿児島、沖縄も2023年度中に整備を終える方針で、一応は全国で支援拠点が整うことになる。

岐阜県医療的ケア児支援センターの職員ら=22年3月、岐阜市

 ▽支援センター8カ所の県もあれば1カ所の県も、広がる支援格差
 ケア児の支援については、国会議員や民間団体などが月に1回ほど話し合う会議がある。2015年に設立された「永田町子ども未来会議」だ。東京都内で開かれ、最近はオンラインで議論の様子を配信している。3月には、三重大病院小児・AYAがんトータルケアセンターの岩本彰太郎氏が講演した。岩本氏は、三重県が昨年4月に開設したケア児支援センターでセンター長を務めている。

永田町子ども未来会議で講演する三重県医療的ケア児支援センターの岩本彰太郎センター長(中央)=2023年3月、東京都内

 三重では過去10年にわたり支援体制を整えてきた。その成果として、県内には計8カ所の支援センターがある。支援に携わる人への助言や、ホームページで利用可能なサービスを探せる「見える化」にも取り組んでいる。岩本氏は「『チーム三重』が出来上がった。ケア児が成人になる将来も見据え、生涯にわたり伴走する体制をつくるのが使命だ」と語った。
 一方、手探りの支援センターも多い。昨年の厚生労働省調査では、管内のケア児への支援状況を把握しているセンターは6割、関係機関の職員に研修をしているのは4割にとどまった。また、大半の都道府県でセンターは1~2カ所しかなかった。利用者からは「センター数が少ないと、広い地域をカバーできない」との声も出ている。

岐阜県飛騨市の都竹潤也市長=2022年11月、東京都内

 ▽どう支援するか先進事例を学ぶ首長ネットワーク結成へ
 ケア児の親にとって避けられないのが、保育所などを管轄する市区町村とのやり取りだ。この市区町村の間でも支援の格差は広がっている。横浜市は4月に「医療的ケア児サポート保育園」として12園を指定。それぞれで看護師らを確保し、ケア児を受け入れられるようにした。他の自治体でも、家族の休息のために一時的にケア児を預かる事業を行ったり、家族向けのガイドブックを作ったりしているケースがある。しかし、市区町村にノウハウがなく「センターに相談できたが、支援にはつながらなかった」ということもまだ少なくない。
 こうした事態を打開しようと「医療的ケア児者を応援する市区町村長ネットワーク」の結成へ向けた動きが進んでいる。提案したのは、岐阜県飛騨市の都竹淳也市長だ。都竹氏は、岐阜県の職員時代に障害福祉を担当し、2016年の飛騨市長就任後も重度障害者を職員に採用するなど支援策に取り組んできた。
 都竹氏は昨年11月の永田町子ども未来会議に出席し「首長の決断が必要だ。『福祉や医療を頑張る』と言う首長は多いが、何をどう支援するか言える人は少ない。先進事例を学ぶ機会をつくれば『うちでもやろう』という首長が出てくるのではないか」と訴えた。
 会員を募り、今年11月の設立を目指す。発起人には都竹氏を含め、札幌市、山形県南陽市、東京都江東区、東京都世田谷区、岐阜市、大阪府豊中市、大阪府東大阪市、大阪府大東市、岡山県総社市、愛媛県八幡浜市、福岡県古賀市、佐賀県武雄市の計13人の市区長が名を連ねた。結成後は、国に政策実現や財政支援を求めていく予定だ。

 ▽「付き添いがなくても学校に通えるようにして」
 医療的ケア児支援法成立後の2年で、家族会の全国組織「医療的ケアライン」や、支援に携わる専門職らが集まる「医療的ケア児等コーディネーター支援協会」が結成された。
 国はというと、これまでは障害福祉や医療、保育を所管する厚生労働省中心で担ってきたが、今後は4月に発足した「こども家庭庁」が主な担当となる。発足式には、特別支援学校に通うケア児の山田萌々華さん(15)がいた。取材に「保護者の付き添いがなくても学校に通えるよう看護師を増やしてほしい」と訴えた。
 岸田文雄首相は発足式で「子どもたちにとって何が最も良いかを常に考え、健やかで幸せに成長できる『こどもまんなか社会』の実現、これがこども家庭庁の使命です」と話した。親の負担軽減に加え、子ども本人の悩みやニーズをすくい上げ、対策を講じられるか。政治が口だけではないか、試されることになる。

こども家庭庁の発足式には、医療的ケア児の山田萌々華さん(中央下)も参加した=2023年4月、東京都内

© 一般社団法人共同通信社