NTT、フォーミュラカードライバーの極めて再現性の高い瞬目パターンを世界で初めて発見

 5月20日、日本電信電話株式会社(NTT)と、有限会社ダンディライアンは、サーキットを高速周回中のレーシングドライバーの瞬目(まばたき)が極めて再現性高く、コース上の特定位置で生じることを世界で初めて発見したと発表した。この瞬目パターンの背後にドライバーの生理学的要因と運転行動に伴う認知状態変化が関与しているとする研究結果を明らかにした。

 NTTグループの基盤的研究開発を推進するNTTコミュニケーション科学基礎研究所は、誰しもが持てる力を存分に発揮できるような社会の実現に向け、心身をコントロールする脳のメカニズムを深く理解するための研究を推進しており、そのなかでトップアスリートが試合で発揮する卓越した技とメンタルが研究対象となった。

 しかし、技とメンタルの背後にある脳の働きは、アスリート自身がほとんど自覚できない領域だ。それを捉えるには、パフォーマンスを実環境で多面的に観測し、科学的な分析を重ねる必要があった。

 そこで、NTTはダンディライアンが運営するレーシングチーム『DOCOMO TEAM DANDELION RACING』の協力のもと、全日本スーパーフォーミュラ選手権に参戦する3名のトップドライバーを対象に、フォーミュラカーでサーキットを実走行中の心身の状態を多面的に観測。高度なドライビングスキルの背後にある無自覚的な脳機能の一端に迫る研究を実施した。

2020年スーパーフォーミュラ第5戦鈴鹿 山本尚貴(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)

 これまで、人が自動車を運転する時にどこを見ているかについては数多く研究されてきたが、瞬目の存在は、考慮されないか、ランダムに発生していると考えられてきた。

 この無自覚的な瞬目は1分間に約20回発生し、1回につき約0.2秒の視覚情報を喪失するといわれている。つまり、視線を適切にコントロールしても、瞬目のタイミングが適切でないと運転に大きな影響を与えることが考えられた。特に、ラップタイムの0.1秒の差を争うフォーミュラカードライバー達には、この影響は甚大だ。

 そこで、フォーミュラカーでサーキットを実走行中のドライバーの瞬目を、車両の挙動と同時に計測。その結果、ドライバーはコース上の特定の位置付近で集中的に瞬目し、周回を重ねてもその位置の再現性が非常に高いことを発見した。

フォーミュラカー実走行中の瞬目パターン

 さらに、この瞬目のパターンが、ドライバーの瞬目頻度、ドライバーのラップタイムの速さ、車両の前後左右の加速度、と強く関連することが明らかになった。ドライバー毎に瞬目頻度が大きく異なるにも関わらず、コース上の瞬目位置はドライバー間で類似しており、車両加速度が小さい時に偏っていたのだ。

 逆に、車両が大きく減速、または横方向に加速しているときには瞬目が強く抑制されている。たとえば、時速300km近い速度から急減速してコーナーに侵入していくフェーズで瞬目が止まり、コーナーを抜けて次のセクションに向かうところで集中的に瞬目が発生することを示していた。

 つまり、コーナーリング時の急峻な認知状態の変化が、瞬目の抑制/発生に反映されていることが示唆されたのだ。さらに、ラップタイムが速い時ほど瞬目パターンは明確であり、ドライバーの運転への集中度が瞬目パターンに反映されていることも示唆された。

運転中の瞬目パターンを決める3つの要因

 NTTは、車両の挙動とドライバーの眼の動きの同時観測を実現することで、時速300km近いフォーミュラカーの運転中という過酷な環境下でも、瞬目パターンを通してヒトの認知・心理状態変化を捉えることが可能であることを示したと本研究の成果を評価。

 また、従来から眼球運動、特に視線行動や瞳孔径の変化を通して、人の注意状態や心理状態を読み取る試みはあったが、屋外環境や自然行動中にこれらの指標は計測自体が非常に困難な側面があった。これらと比較して瞬目は明瞭な動作であり、激しい振動や大きな照明環境変化のあるフォーミュラカー運転中に撮影された目の映像からも検出可能であることも示されたとしている。

 NTTは本成果について、「瞬目パターンという新たな生理指標が、実環境で身体情報から認知状態を読み取るために新たな道を拓くものといえます」としている。なお、本研究の詳細はアメリカの国際学術誌『iScience』にオンライン掲載されている。論文掲載情報は下記のとおりだ。

【論文掲載情報】
Nishizono, R., Saijo, N., and Kashino, M. (2023). Highly reproducible eyeblink timing during Formula car driving. iScience DOI: 10.1016/j.isci.2023.106803

© 株式会社三栄