「アニサキス食中毒」“過去最多”激増の意外な原因とは…「生の刺し身」禁止の可能性も!?

魚の内臓に潜む“アニサキス”(AK/PIXTA)

昨年、国内で起きた「食中毒」件数のうち、半数を超える58.8%が「アニサキス」が原因によって引き起こされていたことが厚生労働省の統計からわかった。

半透明でイトミミズのような見た目のアニサキスは、終宿主(※)であるクジラ・イルカなどの海獣類にたどり着くまで、海の中でさまざまな生物に寄生している。

(※)成虫が寄生するものを終宿主という。アニサキスは海獣類の体内でのみ成虫になることができる。

世田谷区HP「アニサキスによる食中毒に気をつけましょう!」(https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/fukushi/003/006/001/d00165436.html)より

加熱や冷凍によって死滅するが、刺し身などを介して生きたまま人間の体内に入ると「アニサキス症」という激しい腹痛や下痢・嘔吐(おうと)を引き起こす可能性がある。厚生労働省は、アニサキスによる食中毒が疑われる場合には、速やかに医療機関を受診するよう呼び掛けている。

一方で食べても必ず症状が出るとは限らず、自然に排出され、自身がアニサキスを食べたことすら気づかない人もいるという。また、症状が出ても胃内視鏡などでアニサキスを摘出できれば痛みが治まる場合が多いのも特徴で、アニサキスによる「人」の死亡例は現在までに報告されていない。

2022年は、そんなアニサキスを原因とする食中毒が566件発生。前年2021年に比べ222件の増加で、これは2012年の届け出義務化以降、過去最多の件数だった。

アニサキス食中毒“過去最多”の理由とは?

過去最多となった理由について、アニサキスの殺虫方法を研究する「熊本大学 産業ナノマテリアル研究所」の浪平隆男准教授は二つの要因を挙げる。

一つ目は「アニサキス症の認知が進んだこと」だという。

「お刺し身などを食べた後、おなかが痛くなったら“アニサキスを疑ってみる”というのが一般的になり、医療機関を受診する人が増えたことが一番の要因ではないかと考えられています」(浪平氏)

そして二つ目は「コールド物流の発展」。

あまり知られていないが、アニサキスには太平洋側の魚に多いと言われている『シンプレックス(S型)』と東シナ海の魚に主に生息する『ペグレフィ(P型)』の2種類が存在している。P型は生きた魚の内臓に寄生し、魚が死ぬと内臓から身に移動する習性を持っているため、新鮮なうちに内臓を取り除けば食中毒のリスクは少ない。しかしS型は生きている時から身にいる場合があるといい、アニサキス食中毒患者の90%以上はS型が原因とされている。

「福岡県には『ゴマサバ』という生でサバを食べる郷土料理がありますが、太平洋側つまりS型が多いとされている地域では生でサバを食す文化がありません。ただ、今はコールド物流が発展して、太平洋側で捕れた魚も全国各地に届くようになりました。その結果S型が潜む魚を食べる機会が日本全国で増えたと考えられ、このことがアニサキスによる食中毒が増えた要因の一つと言われています」(浪平氏)

アニサキス食中毒が“過去最多”になった理由を説明する浪平隆男准教授

気候変動の影響がアニサキスにも…

さらに気候変動などによりS型が潜む魚がとれる海域が広がっているとされ、浪平氏によればこれまでP型が主といわれていた日本海側でも、S型が「幅を利かせるようになった」という。

S型が潜む魚がとれる海域が増えたことについて浪平氏は、アニサキスの終宿主となる海獣類が増えていることも一つの要因になっているのではないかと話す。

「すべての海獣にアニサキスがいるとは限りませんので、海獣が増える=アニサキスが増えると単純に相関をつけることはできませんが、アニサキスの産卵できる場所が増えているというのは事実です。アニサキスの卵は海獣の糞便と一緒に海に排出され、オキアミに寄生し、魚に捕食されていきます。海獣の近くを回遊した魚の方がアニサキスのリスクが大きい。温暖化等で海獣や魚の回遊ルートが変わったことでアニサキスの分布も変わり、日本海側などでもS型が増えてきているということだと考えられています」(浪平氏)

「生の刺し身」が禁止になる可能性

魚そのものの味を堪能する刺し身は、海に囲まれた日本の食文化を代表する一品とも言えるだろう。しかし、このままアニサキスによる食中毒患者が増え続ければ、国としても対応策を講じる必要があり、近い将来「生魚の禁止」という結末を向かえてしまう可能性もないとは言い切れない。以前は生で食すことができた「馬刺し」が、2011年6月より食中毒対策として流通過程での冷凍処理が義務付けられたといった例もあるからだ。

日本の食文化にとって危機的ともいえるアニサキス症事件数増加の状況だが、希望となり得る対策もあるという。それが浪平氏のチームが行っている研究開発だ。

『バルスパワー』という電気エネルギーを用いて、魚の体内へ瞬間的に大電流を流すことにより“刺し身の品質を保ったまま”アニサキスの殺虫を可能にする装置を開発しており、すでに共に研究開発を行った水産加工場では実用化もされている。現在では、この装置で処理した生食用刺し身が一日300キロほど出荷されているという。

浪平氏「“生”の選択肢を残したい」

しかし、浪平氏は装置を普及させるにはまだ時間がかかりそうだと話す。

「技術的な課題として、少しでも消費エネルギーを減らしたいと考えています。今でも消費エネルギーは多い訳ではなく、3kgのアジフィレ(三枚おろしの半身150枚ほど)を処理したとしても電気代は10円です。でも、パルスパワーという特殊な電気エネルギーを発生させる電源が高く、場合によっては1億円を超えることもあります。ランニングコストは安いけど、導入のためのイニシャルコストが高いという状況です。今はそのイニシャルコストを下げるための開発にも取り組んでいます。

また、装置を漁港に置くのか、居酒屋やスーパーマーケットなどに置くのかなど設置場所も色々考えられますが、いずれにしても小型化は進めたいと思っています。現在の大型装置は直径1メートルほどですが、小型装置の最終的な目標は電子レンジくらいの大きさです」

どんな魚種でも、アニサキスの“S型”でも“P型”でも、丸ごとでもフィレ状でも「殺虫効果は確認済み」だと説明する浪平氏は、人間 VS アニサキスの戦いについて「人間が勝てる可能性は十分にあると考えます」とした上で次のように語った。

「よく“冷凍か生か”と対極のように語られますが、冷凍の魚を全部“生”に変えたいと思っている訳ではありません。

もしも『生の馬刺し』のように生魚が規制されてしまえば、生で食べる/生では食べないという“選択肢”すら消費者には無くなってしまうことになります。われわれは生魚を食べたい人に、生魚を安全に食べるという“選択肢”を残したい。そういう思いで活動しています」(浪平氏)

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