大当たりの後は正常な判断ができなくなる ヒトとサルでギャンブル行動実験 筑波大

不確実性を伴う宝くじなどで大当たりを経験した後、ヒトとサルは客観的な確率論に従わずに「もう1回当たりそうだ」と判断しがちになることを示す論文を、筑波大学医学医療系の山田洋准教授らの研究チームが発表した。既存の行動経済学の理論から「動的プロスペクト理論」を構築したことで説明できるようになったという。カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の構想が進められているが、大当たりの成功体験にはギャンブルにのめり込むきっかけになる危険性も潜む。山田准教授は今回の研究成果をギャンブル依存症予防に役立てたいとしている。

ヒトがギャンブル行為をするとき、期待値を計算するなどして合理的に結果を予測しようとするが、当せん確率が低いと知りながら宝くじを買うなどの理屈に合わない選択をする場合もある。こうした、経済行動におけるヒトの主観を普遍的に説明するのがプロスペクト理論だが「我々の主観は揺らがず不変であるという前提」があるため、ギャンブルの勝ち負けに一喜一憂するような感情の変化まで含めて説明することはできなかった。

その一方で、過去の経験から最も儲かるような行動を学習する強化学習理論という理論があったが、性質の違いから別々に用いられてきた。山田准教授らは、この2つの理論を統合することに挑戦。ヒトとサルがギャンブル行為をする実験を行い、統合した新理論で行動データを検証した。

実験の概要(提供:筑波大学医学医療系 山田洋准教授)

2匹のサルを用いた“くじ引き実験”の方法はこうだ。まず、スクリーンに当たりと外れのパイ(円グラフ)を左右に並べて表示する。それぞれの円グラフは、一部が異なる割合で緑色と青色に塗られていた。

緑色は当たりを選んだときにもらえるジュースの量を意味していた。円グラフの区間(目盛り)の1つにつき0.1ミリリットルで、最大1.0ミリリットルが報酬として与えられた。青色はくじが当たる確率で、区間が多く塗られているほど当たる確率が高いことを示していた。つまり「右の円グラフは当たる確率が高いが、当せん時にもらえるジュースの量は少ない」「左は当たる確率は低いがもらえるジュースの量が多い」などの情報が視覚的にわかるようになっていたのだ。

数秒経つと円グラフの代わりに2つの点が表示された。研究チームは、サルが注視した点があった方の円グラフを「サルが選んだ」と判定して、当たりを選んだときのみジュースを与えた。2匹のうち1匹は242日かけて4万4883回、もう1匹は127日かけて1万9292回実験を行った。約10カ月の訓練でサルはくじ引きのルールを理解して、なるべく多くのジュースを得る行動をするようになったという。

ヒトを対象にした実験では72人が円グラフを250回ずつ、合計1万8000回選択した。仕組み自体はサルの実験と同じで、当せん時にはジュースの代わりに1~5ドルの報酬が1ドル刻みで与えられた。また、円グラフを選ぶときは視線ではなく手で操作した。

オレンジの破線はサルとヒトの主観的な価値(利得)と主観的な確率の感じ方 、黒の破線は客観的な数値を示している(提供:筑波大学医学医療系 山田洋准教授)

山田准教授らはプロスペクト理論に基づく数理モデルを用いてヒトとサルの行動データを解析。ヒトとサルの主観的な価値(利得)と確率の感じ方を数値化すると、両方とも客観的な値を上回ることがわかった。

サルとヒトの主観確率の変動。オレンジの実線は「予想外に大きな利得を得た直後」、黒の破線は「予想通りの直後」、オレンジの破線は「高い確率で得られると思っていた大きな利得を逃した直後」を示している(提供:筑波大学医学医療系 山田洋准教授)

さらに、プロスペクト理論と強化学習理論を統合した「動的プロスペクト理論」で行動データを解析して、予想外に大きな利得が得られた直後において、ヒトとサルの「確率に関する判断が全体に高まっている」ことを突き止めた。つまり“大当たり”を引き当てて、お金やジュースをたくさん得る経験をした後に「もう一回当たりそうだ」と感じてしまう傾向は、ヒトもサルも変わらないというわけだ。

また、高い確率で当たると期待して報奨を得られなかった直後、ヒトは“大当たり”を引き当てたとき以上に強く「次は当たる」と感じることがわかった。同様のシチュエーションがサルに与えた影響は個体別に異なっていた。研究チームは、自身にとってマイナスになる出来事が、種と個体の間でさまざまな影響を及ぼす可能性を示唆した。

結果を受けて研究チームは、成功時に喜びを生み出す脳のメカニズムを理解する研究などの発展が期待されるとした。それと同時に、山田准教授はギャンブル依存症の予防などに研究成果が寄与するだろうと話す。

「(宝くじなどの)大当たりの頻度と確率をどのように設定するのが妥当なのかを検討するために重要です。日本にカジノを含む統合型リゾート施設を作る構想が進んでいますが、その際には十分に注意しなければならない問題だと思います」

また、一部の向精神薬は今回発見した効果を強く助長する恐れがあるため、向精神薬を服用している患者(パーキンソン病を含む)がギャンブルをしないよう規制を設ける必要性について言及している。

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