親権制度はイギリスを見習え!|デービッド・アトキンソン 後を絶たない実子誘拐の被害。どうすれば、止められるのか。そのヒントは、イギリスの親権制度にあった!

多発する実子誘拐

3月、オーストラリア政府は、離婚後に父母どちらか一方の「単独親権」しか認めていない日本の民法の見直しに関し、双方が親権を持てるようにする「共同親権」の導入を促す意見書を日本の法務省に提出しました。

その背景には、日豪間で、離婚後に片方の親が子供を無断で連れ去る「実子誘拐」の多発があります。

豪紙「シドニー・モーニング・ヘラルド」の調査によれば、2004年以降、離婚した日豪カップルの一方が連れ去った子供は、少なくとも82人に上るといいます。

2014年、日本は子供をいったん元の居住国に戻して親権問題を解決することを定めたハーグ条約に加盟したものの、日本の単独親権が障壁となり、連れ去られた子供との一時的な面会もできないオーストラリア人の親も多い。

オーストラリア人だけではありません。月刊『Hanada』でも取り上げていますが、日本人同士でも、離婚後、子供に会わせてもらえず心を病んでしまった元プロ棋士・橋本崇載氏や池田良子氏(ジャーナリスト)による「実子誘拐」レポート、子供ができたら用済みとばかりに離婚させられ、子供にも会えない「ミツカン種馬事件」など、単独親権という障壁によって子供に会うことができず、苦しんでいる人が少なくありません。

私にも、似たような被害に遭った日本人の友人がいます。前から「子供は2人ほしい」と言っていた妻が2人目を出産直後、まだ産婦人科に入院しているときに、離婚届を突きつけられたというのです。

その友人も、ミツカン種馬事件の被害者と同じように、「俺は種馬だったのか」とショックを受けていました。

海外に出張して帰ってきたら、家がもぬけの殻になっており、妻が子供を連れて夜逃げ。そのまま子供に会えずじまいという友人もいます。

大事なのは子供の権利

日本でも、ようやく昨年から国会で「共同親権」が議論されるようになりました。しかし、あくまで「父母の権利」という視点でしか議論されておらず、大事な視点が欠けているように思います。

それは、「子供の権利」です。

イギリスは親の権利よりも、子供の権利を重視しています。子供の利益、「チルドレン・ファースト」が根底にあるのです。それによって、法律上は子供の利益は全てになって、それを実現するために、親が犠牲になってもその権利を優先しないといけません。

つまり、子供は両方の親に会う権利があるのであって、親がその子供に会う権利ではない。よって、一緒に住んでいる親に不利が生じようと、子供の権利を優先しなくてはなりません。

具体的に紹介しましょう。

たとえば、先述したように、イギリスでは子供は父母双方に養育される権利があるとされています。離婚後、母親と住むことになったとしたら、裁判所が認めた子供の利益に反する明確な根拠がない限り、母親には積極的に子供と父親を交流させる義務が生じるのです。別居親が子供に送った手紙やプレゼントなども、拒否することはできません。

もし、同居親が別居親に合わせなかった場合、違反とみなされ、別居親に会わせる命令が下されます。それを無視した場合に、罰金などの罰則があります。同居親は、別居親との交流を促進する義務、悪口を言わない義務なども、その裁判の命令に書き込まれるケースもあります。

イギリスでは、過去に暴力などがあったことを理由に同居親が別居親に会いたくない場合、もしくは別居親が子供の利益に反する行為がありうる場合には、子供が別居親と面会する際、カウンセラーが同伴します。送り迎えなども可能ですし、公共施設だけの面会の場合もあります。

養育費を給料から天引き

養育費の取り立てシステムも日本と全然違います。

日本では離婚後、裁判で養育費を支払うと約束しても、実行率が著しく低い。厚生労働省が公表している「平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果」によれば、母子家庭のうち養育費を受けている世帯の割合は24・3%、父子家庭に至っては、養育費の支払いを受けている世帯はわずか3・2%です。もし、養育費を払ってもらおうと思ったら、裁判しなくてはなりません。

大変な手間と費用もかかるので、大多数は泣き寝入りしているのが現状です。

一方、イギリスは、もし養育費が支払われなければ、裁判をすることなく「Child Maintenance Service」(以下、CMS)という政府機関に連絡をするだけで、対処してくれます。

CMSが銀行に連絡し、養育費を支払っていない親になんの承諾もなしに、銀行口座から養育費を引き落とすことが可能です。もし、口座におカネを入れていなかった場合は、勤め先の会社に連絡、給料から養育費を天引きします。

さらに、口座や金融資産はすべて差し押さえることができ、それでも払わない場合には、住んでいる家も勝手に競売にかけることができます。

最終的に、養育費を支払わなければ、運転免許証、パスポートの取り消し、または一件の未払いにつき、6週間の懲役です。

つまり、養育費未払いのまま逃げることは、ほぼ不可能なのです。

これだけ、かなり強引な制度をつくることができたのも、日本と違ってイギリスが「国家主権」だからでしょう。

日本は国民主権的な考え方で、政府がなにか強引に物事を進めることができません。コロナ禍では、ロックダウンはもとより、医療体制すら整えられなかった。

イギリスも、昔からこういった「チルドレン・ファースト」の法律だったわけではありません。かつては、日本のように男尊女卑的な考え方を引きずったようなシステムで、妻は夫の所有物的な考えから、離婚は極めて厳しい要件でしか認められませんでした。

子供の権利もあまり尊重されていませんでしたが、マーガレット・サッチャーが政権末期に「1989年児童法」を制定、子供は親の所有物的な考えの制度から、全てにおいて子供に利益を優先する制度に改革されました。

この「1989年児童法」によって、子供の権利を守るために国家が強力に介入できるようになったのです。

日本も単独親権から「共同親権」、もっと言えば、イギリスのような「チルドレン・ファースト」のシステムに切り替えるべきでしょう。

単独親権派の乱暴な議論

私がツイッターでイギリスの例を紹介したら、こんな反論がきました。

「夫からのDV(ドメスティック・バイオレンス)やモラハラが離婚の原因だった場合はどうするんだ!」
「DV夫に住所がバレる!」

本当は、DVや子供に対する虐待が原因で離婚した夫婦に関しては、先ほどのイギリスの例のように、住所などがバレないよう別の対応策を考えればいいでしょう。

DVは離婚の唯一の原因でもなければ、世界的にも、離婚の原因のなかで半分にも満たない特殊ケースです。イギリスの分析では、DV家庭が7・5%で、当然、そのなかで離婚する確率が高くなります。

アメリカの分析では、DV(精神的なものを含む)は離婚の原因の約25%となっています。日本ではDVは離婚原因の第4位で全体の五5・6%。もっと高い可能性はありますが、離婚原因の過半数を占めることはないでしょう。

特殊例を持ち出して、全部にあてはめて共同親権に反対するのは、それこそ乱暴な議論です。

親の関係が悪くなったからといって、別居親に子供を会わせないという理屈は通りません。両親から教育を受ける子供の権利を奪う人権侵害です。

子供にとっても、両親から教育を受けられたほうがいい。当たり前のことですが、子供には母親から学ばなくてはいけないことと、父親から学ばなくてはいけないことがある。

また、両親がちゃんと教育にかかわることで、同居親の独りよがりでやらせている教育や進学先の選択など、その教育が本当に子供のためになっているか、チェック機能が働くようになります。

単独親権派には、単独親権がどのように子供の教育にとっていい影響を与えるのか、ぜひ説明してほしい。

なかには、単独親権を悪用している人もいます。私の友人は、離婚した元妻から「100万円支払えば子供に会わせる」などと、脅迫まがいのことをされていました。

繰り返しますが、単独親権派の懸念は、あくまで特殊ケース。創意工夫して、対処法を考えればいいだけ。

「あいつは嫌いだから子供を会わせたくない」などという親のエゴで、子供の権利を蔑ろにしてはならないのです。

デービッド・アトキンソン

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