山田太一脚本ドラマ「ふぞろいの林檎たち」に欠かせないサザンオールスターズの音楽  「もうミエミエにサザンを使いたいのが分かった(笑)」

メインの6人全員が主人公、ドラマ「ふぞろいの林檎たち」

1983年5月27日金曜日―― その日、僕は16歳になった。

放課後、サッカー部のマネージャーの彼女を自転車の後ろに乗せ、長い下り坂をブレーキいっぱい握りしめてゆっくりと下り、海辺のピザハウスで2人だけのささやかな誕生日パーティを開いた…… というのは全部嘘で、彼女のいない僕はいつも通りに水泳部の練習をこなし、帰りしなに仲間から「ほい、プレゼント」と缶コーヒーを1本おごってもらい、大人しく家路についた。だが、僕に寂しさはなかった。

なぜなら、その日の夜10時から、待ちに待ったあのドラマが始まるからだ。タイトルは『ふぞろいの林檎たち』(TBS系)。脚本は、僕が崇拝する山田太一サンだ。今夜はこれを観て、気分のいいまま寝床につこう。誕生日なんて、早く終わればいい。

夜9時55分。僕はお茶の間のテレビの前に正座待機した。10時―― 画面に大きく “山田太一 脚本” の文字。思わず武者震いする。遠方に高層ビルを臨み、手前に林檎を放り投げる複数の手のスローモーション。カッコいい。続いてタイトル『ふぞろいの林檎たち』。そして「第1回 学校どこですか」のサブタイトルと、“演出・鴨下信一” のクレジット。

音楽はサザンオールスターズの「気分しだいで責めないで」。『ふぞろい~』のオープニングというと「いとしのエリー」と思ってしまうが、この第1回と最終回のみ違った。出演者の名前は複数表記で、このドラマに一人の主人公はいないことが分かる。要するに群像劇だ。

ドラマを形成する重要なキーは “四流大学”

ドラマは六本木のパーティシーンから始まる。

東大や慶應の医学部で構成される、いわゆるシースポ(シーズンスポーツサークルの略。当時、流行ってましたナ)が主催するパーティに、中井貴一演ずる仲手川良雄がたまたま彼らと同じエレッセのベスト(これも当時、流行ってました)を着ていたことから潜り込んでしまう。そして、女子大生たちと他愛のない風船割のゲームに興じるが、その時にペアを組んだ相手が、高橋ひとみ演ずる女子大生の夏恵だった。

この後、仲手川はニセモノとバレてつまみ出されるが、その時に医学部の学生らが発した「失礼だけど、大学どこ?」の質問に答えられず、トラウマになる。なぜなら、彼は四流大学と自嘲する国際工業大学の冴えない学生なのだ。

そう、四流大学――。これが、このドラマを形成する重要なキーとなる。“ふぞろいの林檎” とは、市場に出回る規格品になれない林檎―― 要するに、彼ら四流大学の学生たちを指す。一見、ふぞろいだが、ちゃんと噛みしめれば味は見劣りしないんだけど。

ドラマに欠かせないサザンオールスターズの音楽

物語に戻る。六本木で受けた屈辱をバネに、仲手川は大学の友人の岩田健一(時任三郎)と西寺実(柳沢慎吾)を誘い、サークルを立ち上げる。「ワンゲル愛好会オリーブ」だ。そして、勧誘のビラを無謀にも津田塾大や東京女子大の正門で配る。果たして翌日、期待に胸を膨らませつつ、大学の大教室で入会希望者を待っていると―― 現れたのは、中島唱子演じるおデブな女子大生、谷本綾子ただ1人。燦々たる結果に落ち込む3人。すると――

「こんにちは」
「ワンゲルのオリーブってここですか」

手塚理美と石原真理子演ずる、飛び切り可愛い2人の女子大生が現れる。その瞬間、「勝手にシンドバッド」のイントロが流れる。

ラララー ラララ ラララー
ラララー ラララ ラララー
ラララー ラララ ラララー

このシーンはちょっと感動的だ。これぞ音楽の力である。それまで沈んでいた3人、いやテレビの前の僕らも一緒になって、一気にテンションが上がった。イェイ!

そう、同ドラマにサザンの音楽は欠かせない。主題歌に起用された「いとしのエリー」(2話以降)を始め、この「勝手にシンドバッド」、そして「C調言葉に御用心」、「いなせなロコモーション」、「思い過ごしも恋のうち」、「チャコの海岸物語」、「栞のテーマ」―― 等々、お馴染のヒットナンバーが劇伴で流れる。BGM的に軽く流れることもあれば、前述のシーンのように物語とリンクし、“林檎たち” の心情を描くために象徴的に使われることもある。

実は、ドラマの劇伴を1組のアーティストで固めるのは、日本の連ドラ史上、同ドラマが初めての試みだった。発案者はセカンドプロデューサーの片島謙二サン。この時の経緯がちょっと面白い。

まず片島サン、山田太一サンに2組のアーティストの楽曲が数曲入ったテープを渡し、どちらがいいか選んでもらったそう。しかし、当時のことを回想する山田太一サン曰く「もうミエミエにサザンを使いたいのが分かった(笑)」と。

つまり、表向き、最終決定権は脚本家の大先生に託したものの、そこにはミエミエの誘導があり、作家先生もそれを分かった上で、サザンを選んだと。これを “大人のやりとり” と言います。

彼女たちも “ふぞろいの林檎” だった

物語に戻る。津田塾大生を名乗る、先の2人を加えた6人で、オリーブ結成の祝賀会が催される。盛り上がる一同。次の日曜日、みんなで高尾山に行く約束もする。傍目には、オリーブの未来は明るいように見えた。しかし――

翌日、2人の住所も電話番号もニセモノだったことが発覚する。仲手川ら3人は津田塾大に行って女子学生らに聴いて回るが、件の名前の学生はいないという。学校も違った。ちなみに、2話で2人の正体が看護学生と判明する。彼女たちもまた、どこか屈折した “ふぞろいの林檎” たちだった。

そして、日曜日――

「あの太ったのと山登って一日潰す気になれねぇんだ」

岩田(時任)と西寺(柳沢)は、高尾山には行かないと言い出す。仕方なく、1人で京王線に乗る仲手川。高尾山口の駅で太った女子大生・谷本綾子と落ち合う。

そこから2人きりのデートのような山歩きが始まる。このシーンはちょっと切ない。仲手川の人の良さは、見ているこちらがいたたまれなくなるほど。帰りの電車では谷本に「私、このまま別れるのイヤ」とまで言われ、「イヤって……」と困惑する。もう、この時点で俳優・中井貴一の往年の芝居が完成している。

容姿が “ふぞろい” な女子大生役は唯一、一般オーディションで選ばれたという。その時のコピーがひどい。「容姿に自信がないことに自信がある方」―― 今なら炎上しそうだが、当時TBS局内に貼られた募集要項を見て、17歳の女子高生が応募する。そう、中島唱子サンは『ふぞろい~』当時、まだ高校2年生だった。

「いとしのエリー」で始まり、「いとしのエリー」で終わる

「悪いけど、夕方から用事があるんだ」

谷本に別れを告げ、新宿駅を出て一人街をさまよい歩く仲手川。そこに柳沢慎吾演ずる西寺実の声が脳裏にこだまする。

「お前はな、遊んでねぇからな、女に免疫ねえからな」

自然と、その足はいかがわしいネオンが並ぶ、歌舞伎町へと向かう。意を決して、その中の1店舗に入る。個室付きノーパン喫茶だ。そして―― あの六本木のパーティで風船割のゲームでペアになった、高橋ひとみ演ずる女子大生と再会する。

その瞬間――

エーーーリーーーー 

―― と、「いとしのエリー」のシャウト。クレジット “つづく”。

以後、毎回、ドラマのラストは、このパターンになる。主題歌「いとしのエリー」で始まり、「いとしのエリー」のシャウトで終わる。

ちなみに、高橋ひとみサンはこれがドラマ初出演だったが、それは彼女の師・寺山修二から親友の山田太一サンへ「どんな端役でもいいから」と頼まれたからである。しかし、そこで無難な役でお茶を濁さなかった山田太一サンには頭が下がる。

1983年6月3日、ドラマ『ふぞろいの林檎たち』第2話で、高橋ひとみ演ずる女子大生の風俗嬢が大胆なヌードを披露。一躍、彼女は世間の注目を浴びる。それは、師匠であり、稀代の才人・寺山修二が亡くなったひと月後のことだった。

そして―― そのシーンが僕にとっての一週間遅れの誕生日プレゼントとなったことも付け加えておく。

2017年7月23日、2018年5月27日、2019年5月27日、2021年5月27日に掲載された記事を再アップデート

カタリベ: 指南役

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