国体は幻に終わったけれど<全農杯2023年全日本卓球選手権大会ホープス・カブ・バンビの部 三重県予選会>

続けることの素晴らしさは、みな知っている。
卓球は、継続の大切さを実感できるスポーツだ。

ただ、ときに残酷にその長い努力の時間が断ち切られることもある。

コロナ禍で中止になった、2021年三重とこわか国体の話だ。

写真:全農杯2023年全日本ホカバ三重予選会/撮影:ラリーズ編集部

三重県卓球協会は、選手育成は約15年前から、具体的な準備は9年前から準備をしてきた。
中学や高校入学のタイミングで県外から強い生徒が来るわけでもない三重県にとって、それは小学生世代から時間をかけて育成してきたことを意味する。

それが、国体開催1ヶ月前に中止が決まった。

「つらかったですねぇ。約9年間国体準備に関わってきて、あっけないというか、残念で、寂しかったです」三重県卓球協会理事長の松生純明氏は、無念さをにじませる。

ただ、15年かけて県を挙げて取り組んだ三重国体は幻に終わったが、その長い時間が、いま三重県の卓球に活気をもらたしている。全農杯全日本ホカバ三重予選会の、指導者、子どもたち、保護者の生き生きとした表情を見ながら思った。

ずっと後になって花開く未来を信じて、いまは歩みを続ける。
今回の記事は、そんな話になるだろうと思う。

写真:試合終了後に母と抱き合う選手/撮影:ラリーズ編集部

<全農杯2023年全日本卓球選手権大会ホープス・カブ・バンビの部 三重県予選 4月29日(土)三重県津市サオリーナ>

戸上隼輔を輩出した三重県

現在、全日本2連覇中の戸上隼輔(明治大学)も、三重県出身だ。
約15年前、戸上が小学生のときに始まった国体強化の第一世代である。

三重県の卓球をする子どもたちにとっての憧れである戸上が、実は全農杯全日本ホカバでは優勝経験がないということも“今は無理でもいつかは”と、子どもたちの励みになっているかもしれない。

写真:戸上隼輔(明治大)/撮影:ラリーズ編集部

ちなみに、その戸上の姪っ子ちゃんもバンビ女子の部に出場し、2位で全日本出場を決めていた。

写真:1位:才賀さやの父娘(写真左列)と2位:戸上優夢父娘(写真右列)/撮影:ラリーズ編集部

レベルの高かったカブ男子

三重県の小学生卓球のレベルは上がってきている。
今年の全農杯全日本ホカバへの出場枠は三重県は各カテゴリー2名ずつと、昨年より1名減ったのが惜しいほどだ。

特にカブ男子世代は、三重県からU-12ナショナルチームに入る小林俊晴選手(21クラブ)がいるため、そこを目指した子どもたちが群雄割拠の充実の世代だった(小林選手は推薦出場のため三重県予選は不出場)。

写真:カブ男子の部で初優勝した水野宙(松生TTC)/撮影:ラリーズ編集部

写真:2位の山南正貴(松生TTC)/撮影:ラリーズ編集部

写真:3位で惜しくも全日本出場を逃したデッラスポレティーナ絆(松生TTC) /撮影:ラリーズ編集部

写真:4位 山本結心(和卓球クラブ)/撮影:ラリーズ編集部

骨折しても出たかった

フリーハンドの左腕に、ギプスをつけて試合をしている選手がいた。
バンビ男子の部・舛屋岳(御浜TC)。
大会1週間前にブランコから落ちて骨折したが、どうしても本人が出たいと言い張ったので、と母も諦め顔だった。

写真:舛屋岳(御浜TC)/撮影;ラリーズ編集部

試合中、顔の汗を拭くにも、一度ラケットを置いて右手で拭いてから、もう一度ラケットを持ち直す。
試合の途中で、悔しそうな表情を見せるが、最後まで懸命に戦い抜いた。結果は予選リーグ敗退。

「投げ上げのトスも、スマッシュもやりにくかった」試合後、涙の止まらない息子に、母は優しくこう励ました。

「普段動けるところも動けなくて、悔しかったね。でも、前向きにプレーしてて偉かったよ」

写真:舛屋岳(御浜TC)選手とお母さん「また来年頑張ろうね」/撮影:ラリーズ編集部

全農杯全日本ホカバ出場12名中の9名が松生卓球道場

三重県予選会で、ひときわ目についたのが、松生卓球道場の子どもたちだ。戸上隼輔、前出陸杜らの出身クラブとして、近年注目を集めている。
今回、全農杯全日本ホカバ出場12枠中のなんと9名が、松生卓球道場の選手となった。

写真:ホープス男子で優勝した金田悠生(松生TTC)/撮影:ラリーズ編集部

現在、松生卓球道場を率いるのは、松生幸一館長の次男・松生瞬(43)氏だ。昨年、父である松生幸一館長が体調を崩したことをきっかけに、長く務めていた会社を辞めて卓球道場を継ぐ決意をした。まだ一年足らずでの快挙だ。

「いや、運が良かっただけで、百点満点以上の出来です」会社員としてずっと営業畑を歩んだ瞬さんの表情は柔らかい。

写真:松生瞬(松生卓球道場)/撮影:ラリーズ編集部

これだけの数の生徒たちが出場していると、アリーナでも忙しい。自身の息子も出場していたが、瞬さんがその試合を見ることは、結局一度もなかった。

写真:気持ちを込めて試合をする松生悠飛(松生TTC)/撮影:ラリーズ編集部

大会終了後、チームの子どもたちを集めたミーティングでの松生瞬さんの言葉が妙に印象に残っている。

「今回勝てた人、家に帰ったらどれだけ喜んでもいいです。めいっぱい喜んでください。でも、今回悔しかった人もいます。自分が負けたとき、相手が勝ち誇ってきたらどう思うか。喜ぶのは家に帰ってから。そして、周りの人たちに感謝してください」

写真:榎本咲幸(松生TTC)/撮影:ラリーズ編集部

“僕自身が周囲の方々に感謝できるようになってから、チームの結果も出始めたんです。もっと早く気づけば良かったという思いもあって、子どもたちには周りの人に感謝を、と”。

写真:松生瞬(松生卓球道場)/撮影:ラリーズ編集部

三重ならではの副賞

私たちが小学生選手に向けて投げかける質問に「頑張ったね、今夜は何食べたい?」という常套句がある。

「カレー」「焼肉と白ごはん」「おにぎり」「お寿司」「チャーハン」。

今回、その答えのほとんどがお米にまつわるものだったところに、温暖な気候の中で育まれる美味しいお米の産地として知られる、三重県のご当地性を感じた。

写真:試合と試合の間におにぎりを食べる選手/撮影:ラリーズ編集部

三重県は、昨年の作付面積25,600ヘクタールを誇る、西日本有数のお米の生産地である。今回、本大会特別協賛のJA全農から副賞として1位・2位選手に贈られた「結びの神」というお米は、50万株以上から選び抜かれた、三重県独自のブランド米だ。

「結びの神は、12年かけて開発された三重23号という品種から、さらに厳しい品質基準に合格したお米なんです」JA全農みえは、その味と安全性に自信を見せる。

写真:全国農業協同組合連合会 三重県本部副本部長 北原祐哉氏/撮影:ラリーズ編集部

近年の温暖化によりお米の品質が安定しないという課題に、「猛暑でも安定した収穫量で高い品質、そして、おいしいお米」を目標に長年取り組んできた成果が、「三重23号」という品種なのだという。

「米粒が大きく、モチモチ感があるのにベタつきは少ない。噛みしめるほど味わいが広がるのが特徴ですね」

写真:「結びの神」の名には“お米”が取り持つ多くの人の輪が生まれるようにとの願いも/撮影:ラリーズ編集部

“肉の芸術品”松阪牛100%のレトルトカレー

さらに副賞として、松阪牛カレー、伊勢うまし豚カレーも贈られて、保護者と子どもたちは顔を綻ばせていた。

写真:大会翌日、副賞のカレーを食べるカブ男子優勝の水野宙(写真左)、バンビ男子優勝の水野路歩(写真右)/撮影:ラリーズ編集部

“肉の芸術品”と呼ばれる松阪牛は、三重県の誇る特産品のひとつだ。

「松阪牛は、甘く深みがあり、キメの細かい霜降りと柔らかな肉質が特徴です。この松阪牛カレーのお肉は松阪牛100%です。それ以外に、じっくりソテーした国産たまねぎ、オリジナルブレンドのスパイス、フルーツの自然な甘みなどのバランスが良くて」と、JA全農みえの北原副本部長は、味の秘密を明かす。

地域の恵みとこだわりを詰め込んだレトルトカレーである。

写真:副賞「松阪牛カレー」と「伊勢うまし豚カレー」/提供:JA全農みえ

写真:副賞で贈られた「伊勢茶」/提供:JA全農みえ

あの時期強くなった子どもたちが

実は冒頭の、三重県卓球協会理事長の松生純明氏(ちなみに、松生卓球道場の松生幸一館長の弟だ)の言葉には続きがある。
2021年三重国体中止の無念さを吐露した後、ふっとつぶやいた。“正直言えば、少しほっとした部分もあるんです”と。

「あのコロナ禍であのまま進めたら、本当にできたかなと。国体が中止になったことは無念ですが、でもこの十年、三重の強化施策で成長した子どもたちが、いま他県の高校・大学で活躍してくれてますから」

写真:松生純明・三重県卓球協会理事長/撮影:ラリーズ編集部

写真:ホープス女子1位の金子奈珠(松生TTC)/撮影:ラリーズ編集部

目標を一つに定めることは競技スポーツの美しさだ。
ただ、地域スポーツの豊かさはそれだけではない。今日の負けが、十年後のある日も自身を支える経験になるかもしれない。もしも卓球を辞めていても。故郷から離れた場所に暮らしていても。

歩みを止めなければ、収穫の時期はこの先また何度もやってくる。

12年の歳月をかけて開発した「三重23号」の稲穂が、優しく揺れている。

写真:三重県、秋の田園風景/提供:JA全農みえ

三重県予選会 結果

ホープス男子

1位 金田悠生(松生TTC)
2位 松生悠飛(松生TTC)
3位 荒木和也(RISE)
4位 高尾旭(TKO津卓球)

写真:ホープス男子の部入賞者/撮影:ラリーズ編集部

ホープス女子

1位 金子奈珠(松生TTC)
2位 榎本初香(松生TTC)
3位 大仲結心(Force)
4位 山本心結(和卓球クラブ)

写真:ホープス女子の部入賞者/撮影:ラリーズ編集部

カブ男子

1位 水野宙(松生TTC)
2位 山南正貴(松生TTC)
3位 デッラスポレティーナ絆(松生TTC)
4位 山本結心(和卓球クラブ)
※推薦のため小林俊晴選手(21クラブ)は三重予選会は不出場

写真:カブ男子の部入賞者/撮影:ラリーズ編集部

カブ女子

1位 榎本咲幸(松生TTC)
2位 吉村心伶(和卓球クラブ)
3位 谷愛海(松生TTC)
4位 長井聖奈(豊田卓球)

写真:カブ女子の部入賞者/撮影:ラリーズ編集部

バンビ男子

1位 水野路歩(松生TTC)
2位 奥屋遥太(松生TTC)
3位 坂嵜有真(SKY)

写真:バンビ男子の部入賞者/撮影:ラリーズ編集部

バンビ女子

1位 才賀さやの(RISE)
2位 戸上優夢(RISE)
3位 大畑おと(阿児卓友会)
4位 西村和乃佳(TKO津卓球)

写真:バンビ女子の部入賞者/撮影:ラリーズ編集部

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取材・文:槌谷昭人(ラリーズ編集長)

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