「めちゃくちゃ心配」された知的障害の女性が出産、「めっちゃいいお母さん」に 子育てを可能にした秘訣とは

娘の佐藤葵さん(左)と一緒に孫の陽耀君をあやす早川やえこさん=2023年4月13日、大阪府

 北海道の障害者グループホームで、知的障害のある入居者が運営法人から求められて不妊手術・処置を受けていたという問題が昨年、明らかになった。「知的障害者に子育ては無理だろう」。そう考える人は多いのではないか。だが、知的障害の娘が出産したある母親は「そんなことはない」と言う。障害の程度にもよるだろうが、実際問題、どうやっているのか。そこには、障害特性に応じて子育てを可能にする「先回り」の策があった。(共同通信=市川亨)

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佐藤葵さんがヘルパーへの要望をメモ書きしたホワイトボード=2023年4月12日、大阪府

 ▽ホワイトボードに「やってもらうこと」
 大阪府内にある団地の一室。佐藤葵さん(23)が夕方、長男の陽耀(はるき)君(1)を保育園から連れて帰宅すると、間もなくなじみの女性ヘルパーがやってきた。
 葵さんには軽度の知的障害と注意欠陥多動性障害(ADHD)、自閉スペクトラム症がある。日常会話や、料理など一定の家事はできるが、すべてこなすには手助けが必要なため障害福祉サービスで週3回、ヘルパーの家事援助を受けている。
 ヘルパーはまず、冷蔵庫に貼ってあるホワイトボードを確認。やってもらうことを忘れっぽい葵さんが、あらかじめ必要なことをメモしているからだ。この日は「夕食作り2人分」「帰りゴミ捨て」などと書いてあった。
 ヘルパーが料理を始めると、葵さんは陽耀君の食事を作って食べさせたり、おむつを交換したり。女性ヘルパーは「葵さんは離乳食で指導されたことをノートに書いて、アレルギーもチェックしている。めっちゃいいお母さんです」と褒める。家事の段取りも葵さんが自分で考えている。

ヘルパー(奥)の家事援助を受けながら、陽耀君に夕食を食べさせる佐藤葵さん=2023年4月12日、大阪府

 ▽メモを付ける習慣
 葵さんは学校の後輩を通じて知り合った健常者の夫(21)と2020年に結婚。22年3月に陽耀君を出産し、団地で3人で暮らす。
 同じ団地で別の棟に住む葵さんの母、早川やえこさん(45)は「まさか娘が結婚して子どもを持つとは…。そりゃ、めちゃくちゃ心配でしたよ」と振り返る。
 小学校で勉強についていけなかった葵さんは忘れ物も多く、途中から特別支援学級に。中学では教師の配慮に欠ける言動で不登校になり、「死にたい」と自傷行為をすることもあった。しかし、特別支援学校の高等部では、早川さんが葵さんの特性を学校側に細かく説明。教師に恵まれ、通うことができたという。
 早川さんは、忘れっぽい葵さんのために幼い頃からメモを書く癖を付けさせた。学校卒業後、障害者枠でスーパーに就職した葵さんは「仕事ノート」を自分で作り、指示されたことを書いて覚えている。
 週5日勤務で、朝は夫が出勤前に陽耀君を保育園に預け、夕方に葵さんが迎えに行く。料理を含めて家事は夫と分担。家計は夫婦共働きの収入と、葵さんの障害年金でやりくりする。家計簿もつけている。 

ヘルパー(奥)と一緒に料理する佐藤葵さん=2023年4月12日、大阪府

▽「支援受ければ何とかなる」
 葵さんの育児を可能にしているのは、こうした「メモ」の工夫以外にもう一つある。母、早川さんの「先回り」の対策だ。
 葵さんが自分で料理ができるよう、写真を使って電子レンジの使い方や調理方法を教えた。また、葵さんが小さい頃から障害特性や成育歴、支援機関の担当者などの情報をまとめたファイルを作成。病院受診や福祉サービスの利用時などに担当者へ示して配慮を求めた。
 妊娠が分かってからは、このファイルを持参して市役所の子育て支援、保健、障害福祉の各部署を回り、連携して支援してくれるよう依頼した。
 出産後、育児に慣れるまでの1カ月間は障害福祉のヘルパーだけでなく、市の育児支援ヘルパーも利用して乗り切った。
 陽耀君の入園が決まると、早川さんが保育園に出向いて葵さんの障害を説明。「必要な物をメモで具体的に書いてもらえると助かります」などとお願いした。
 早川さん自身が保育士で、これまで得た知識や経験も生きた。「私がいなくても葵が生きていけるよう、常に先回りして策を立ててきた」と話す。
 知的障害者の親の多くは「もし子どもが生まれたら、私たちやきょうだいが面倒を見なくてはいけなくなる」と考えがちだ。だが、葵さん自身がいろいろなことをできるようになったことに加え、支援サービスの利用により、早川さんが葵さんに会うのは週1回程度。心配だった日々を乗り越え、今は「福祉の支援を使えば、何とかなる」と明言する。葵さんは「子育ては楽しい。幸せです」と笑顔で話す。

佐藤葵さんの障害特性や成育歴、コミュニケーションの取り方などをまとめたファイルを持つ早川やえこさん=2023年4月13日、大阪府(画像の一部をモザイク加工しています)

 ▽沐浴、授乳、保育園への連絡…ヘルパーは育児支援も可能
 北海道の不妊処置問題の背景には、障害者のグループホームでは子どもの支援は想定していないという制度的な壁がある。早川さんは「だったら、家族で暮らせる住まいを探すとか『こうしたらできる』という道を一緒に探ってほしい」と訴える。
 実は、グループホームではなく一般の住宅やアパートなどで暮らす場合は、障害福祉のヘルパーが育児の支援もしてよいことになっている。
 一定の条件があるが、厚生労働省は過去に2回、「一人一人の事情を踏まえて適切なサービスを提供するよう」自治体に通知している。家事だけでなく沐浴や授乳、保育園や学校との連絡といった支援が可能だ。ただ、自治体や障害者の間でもあまり知られておらず、ヘルパーの人手不足もあって十分に活用されていないのが実情だ。

陽耀君(右)にジュースを飲ませる佐藤葵さん(左)と早川やえこさん=2023年4月13日、大阪府

 ▽「みんな苦手なことはある」
 1歳になった陽耀君は順調に育っていて、今のところ障害は見つかっていない。でも、もし今後、障害が見つかったら? 早川さんは葵さんにこう話している。「仮に障害があっても、人はいろいろ。みんな苦手なことはある。助けを受ければ自立できる。そういう気持ちでいればいい」
 早川さんは自分が亡くなった場合の「親亡き後」についても、既に先回りしている。葵さんが自分で障害者手帳の更新手続きをできるよう、手順書を作ってあるのだという。

 ▽取材後記
 知的障害者が子どもを持つことに反対する人からは「最初から福祉をあてにすべきではない」との意見もある。早川さんは「そういう考え方をする人たちを否定するつもりはない」と言う。
 ただ、一方でこうも話した。「年を取れば誰でも介護を受ける。みんな助けたり助けられたりの関係じゃないでしょうか。親の私が『あなたはこれができないから、こうしなさい』と娘の人生を決めつけるべきではない。障害があっても自分らしく生きてほしい」
 葵さんを育ててきた早川さんの考え方は一貫している。「無理」と思い込まず、常に「どうやったらできるか」を考え、実行する。手間はかかるが、そのおかげで葵さんは多くの生活能力を身に付けた。陽耀君を世話する様子を見ていて、その事実を実感した。

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