企業で生物多様性の促進が課題に――ロレアルやアップルは自然再生基金をどう活用しているか

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COP15やIPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)の新たな報告書が生物多様性の保全にあらためて着手するよう警鐘を鳴らしたことで、世界の産業・金融業界は、自然の保護・再生事業や自然を基盤とした気候変動対策を拡大するための投資を進めている。しかし、地球環境は自社の事業を通じた脱炭素化や生物多様性保全だけでは間に合わないほど悪化している。ここでは、他社に先駆けて自然再生のための基金を立ち上げ、取り組みを推進するロレアルとアップルの最新動向を紹介する。(翻訳・編集=小松はるか)

ロレアル、自然再生のための基金の新たな提供先を公表

バイオ炭 Image credit: NetZero

2019年に国連が発表した報告書によると、すでに約100万種の動植物が絶滅の危機にさらされ、地表の75%は人類の活動によって大きく変化している。IPCCが生物多様性の保全に向けて一層の国際協調を求めるなか、ロレアルは自社のバリューチェーンにとどまることなく、生物多様性の保全に向けた取り組みを加速させている。

ロレアルグループの環境リーダーシップディレクターのレイチェル・バレー氏は「ロレアルは、事業を超えて、生物多様性の減少や社会・生態系へのインパクトといった今日、最も差し迫った課題に取り組む責任があります。自然再生(ネイチャー・リジェネレーション)のためのロレアル基金は、すべての人にとってより持続可能な未来を実現する上で重要な手段です」と述べている。

ロレアルグループは4月、新たに「自然再生のためのロレアル基金(Fund for Nature Regeneration)」を提供する3組織を選定したと発表した。CO2の回収、森林やマングローブの再生に取り組み、環境と現地コミュニティに広範かつ良い影響を与える可能性が見込まれる案件が選ばれた。

同基金は2020年、ロレアルがインパクト投資を行うために設立した5000万ユーロ(約75億8000万円)の規模の基金だ。2021年には、資金提供を受ける最初の2組織が発表された。英国で民間企業として初めて大規模な再野生化(リワイルディング)事業を手がける「Real Wild Estates Company」と、フランスの農業分野の低炭素化を加速させる支援を行う「RIZE」だ。基金の管理は、自然資本投資のパイオニアである仏ミロヴァ・ナチュラル・キャピタルが行っている。

同社は、現在までに2200万ユーロ(約33億3000万円)を拠出しているこの基金を通して、劣化した土壌やマングローブの再生、海域・森林の回復を支援するために、専門知識と実績のあるパートナーとの連携を進めている。基金の新たな提供先は、デューデリジェンスを実施し、さらに経済的な持続性や環境・社会に良い影響をもたらすかなどの基準に沿って選ばれた。

新たに選ばれたのはNetZero(ネットゼロ)ReforesTerra(リフォレステラ)Mangroves.Now(マングローブズ・ナウ)の3組織だ。

NetZeroはフランスの気候ベンチャー。カメルーンやブラジルなどの熱帯地域で活動し、農業残渣をバイオ炭に変えることで大気中から長期的にCO2を除去することを専門としている。バイオ炭は安定した無公害の炭素で、劣化した土壌を改良するために添加することもできる。IPCCは、バイオ炭を大気中から毎年10〜20億トンのCO2を除去できる可能性のある現実的な解決策と認識している。

ReforesTerraは、ブラジルの大規模な植林・再植林・植生回復事業の一つで、牧草地になり劣化した2000ヘクタールの土地を回復させることを目指すイニシアティブだ。プロジェクトは、小規模農家と共に、プロジェクトの面積の75%を占めるブラジル・ロンドニア州のリオジャマリ下流域に新たな木を植え、自然を再生するのに適した環境づくりを行う。残りの25%は、新たな森林を自然に繁殖させるために、小さな区画に戦略的に植樹することで再生させる。

Mangroves.Nowは、過去30年間でマングローブの破壊が進んだバングラデシュやインド、スリランカなどの南アジアの国々で、地域に密着してマングローブの復元を推進するシンガポールの基金だ。Mangroves.Nowは、荒廃した約2万ヘクタールの土地を再生し、地域コミュニティと公平に利益を共有することを目指し、現地NGOと共に小規模事業に資金を供給する。

ロレアルグループの最高投資責任者であるミュリエル・アティアス氏は、「自然再生のためのロレアル基金というインパクト投資戦略を通じて、ロレアルは専門知識のある現地パートナーと連携し、生物多様性の損失への対処において重要な役割を果たすことができます」と話す。

アップル、再生基金への投資を倍増

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アップルは4月、再生基金(Restore Fund)を大幅に拡大すると発表した。自然を基盤とした質の高いCO2除去プロジェクトを推進するために、基金への投資額を倍増させるという。基金は、アップルが2021年に環境保全団体コンサベーション・インターナショナルとゴールドマン・サックスと共に最大で2億ドル(約272億6000万)を投じるとして設立したものだ。生態系を保全・回復し、自然を基盤としたCO2除去策を拡大するために、基金を通じて世界規模で投資を促進していく方針だ。

再生基金は、2030年までにサプライチェーンとライフサイクル全体において、カーボンニュートラルを目指すという同社のロードマップの一環だ。2030年までに総排出量の75%を削減し、現在の技術では回避・削減できない残りの排出量に対しては質の高い炭素除去によって相殺する考えだ。

また今回、新たにHSBCアセットマネジメントと気候変動に特化した投資顧問会社ポリネーショングループの合同事業「Climate Asset Management(クライメート・アセット・マネジメント)」が管理する新たな基金に最大2億ドルを追加投資する。これにより、投資に対する財務的リターンを生み出しながら、最大で年間100万トンのCO2を除去することを目指す。

同社で環境・政策・社会イニシアティブを率いるリサ・ジャクソン氏は「再生基金は、財務的リターンを生み出すことを目指しながら、地球に現実的で測定可能な利益をもたらす革新的な投資手法です。カーボンニュートラル経済への道のりには、責任ある炭素除去と大規模な脱炭素が必要となり、こうした革新的な取り組みが進捗のペースを加速させるのに役立ちます」と話す。

アップルとClimate Asset Managementは、持続可能な農業を行い収益を生み出す自然農法プロジェクトと、大気中からCO2を除去し貯蔵する生態系を保全・回復するプロジェクトの2つに共同で出資する。新たな基金が目指すのは、炭素除去の新たな方法を推進しながら、投資家に財務・気候変動の両方の観点から利益をもたらすことだ。同基金が行う投資はすべて厳格な社会・環境基準に基づいて行われる。

アップルは自社でのカーボンニュートラルをすでに達成している。サプライヤーには昨年、直接排出と電力関連の排出(スコープ1・2)を含め、アップルに関連するすべての工程において2030年までにカーボンニュートラルを達成するよう求めた。

第1弾として、コンサベーション・インターナショナル、ゴールドマン・サックスと行った3件の投資は、ブラジルとパラグアイにおいて、持続可能な認証を取得した15万エイカー(約6万702ヘクタール)のワーキングフォレスト(木材の持続可能な供給が行われ、観光やレクリエーションなどさまざまな利益に貢献する森林)を回復させ、さらに10万エイカー(約4万468ヘクタール)の天然林や草原、湿地帯を保全するためのものだ。これにより、2025年までに年間100万トンのCO2が大気中から除去される見込みだという。

またさらに、プロジェクトの効果をモニタリング・測定するため、植生の炭素蓄積量や生息地を推定できるスペース・インテリジェンス社(スコットランド)の高精度マップ、マクサー・テクノロジーズ社(米国)の高解像度衛星画像などのリモートセンシング技術を採用。プロジェクトがどれだけCO2を除去できているかを長期的に定量化し検証するために、プロジェクトを行う地域の炭素蓄積量や生息地が分かるマップを構築している。

カーボンオフセット市場については、壊滅的な被害をもたらす気候変動を緩和する上での有効性を疑問視する声や、企業や国が排出量の削減よりもオフセットに過度に依存していることから議論が続いている。しかし、こうした議論の有無に関わらず、世界の生物多様性を回復させることは地球や人類が長期的に持続可能であるために非常に重要で欠かせないことだ。

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