Vol.65 セミからタネへ、進化する使い捨てドローン[小林啓倫のドローン最前線]

新たな展開を見せる「ばら撒き型ドローン」

以前この連載で、米海軍研究所が開発した「CICADA」というドローンを紹介した。Cicadaとは英語で昆虫のセミを意味する単語で、実際にセミに似た外見をしているのだが、これは「Close-in Covert Autonomous Disposable Aircraft(使い捨て式近接隠密型自律航空機)」を略したもので、その名の通り使い捨てで運用されることを前提とした超小型ドローンである。

CICADAはグライダーのように滑空して空を飛び、地上に落ちるまでの間に、搭載されたセンサー類でさまざまな観測を行う。この超小型ドローンを大量に空からばら撒いて、敵地などの情報収集を行うわけだ。その後もこのコンセプトの研究は続けられており、2019年にはNASAが散布実験を行っている。

この際に散布されたのは実に100機。上空まで運ぶのには別の大型ドローン("Hive"すなわち「ミツバチの巣」と名付けられている)4機が使用されたそうだ。もちろんNASAは軍事利用するためにCICADAの実験を行ったわけではなく、天候観測のためにこの超小型ドローンを使うことを計画している。この実験では実際に、温度、気圧、風速といったデータが測定されている。

このように「使い捨て・ばら撒き型ドローン」というコンセプトは、軍事利用以外にもさまざまな用途が考えられそうだ。そして実際に、CICADAとは別の超小型ドローンが、スイス連邦材料試験研究所(EMPA)から発表されている。それがこの「バイオグライダー」だ。

このドローンが収集しようとしているのは、ばら撒かれた空間の環境に関する各種情報だ。その目的は、気候変動の研究に役立つデータを収集すること(今回の実験では土壌の水分や酸度などのデータが集められている)。地球温暖化のプロセスについては多くのことが解明されつつあるが、まだまだ環境に関する大量のデータが必要とされている。そこでばら撒き型ドローンも活用できないか、というわけだ。

2つの「バイオ」要素

ではなぜこのドローンに「バイオグライダー」という名前が付けられているのか。それには2つの理由がある。

第1の理由は、その形状だ。「グライダー」という名前の通り、EMPAのドローンにもプロペラやエンジンなどは付いておらず、空中を滑空して進むようになっている。そのためこのドローンは、大きな2枚の翼を1つにしたような、特徴的な形状をしている。

実はこの形は、インドネシアに自生する「ジャワキュウリ(アルソミトラ・マクロカルパ)」という植物の種を参考に設計されている。この連載でも取り上げることの多い、「バイオニクス(生体工学)」や「バイオミメティクス(生物模倣)」のひとつというわけだ。

実際のジャワキュウリの映像を見ると、EMPAのバイオグライダーが非常に似た形状をしており、空中を滑空する様子も一致していることがわかるだろう。

自力で飛行することのできない、小型のドローンを大量にばら撒くといっても、なるべく遠くまで飛んでもらえればその方が効率的だ。そこで同じ問題に取り組んできた「大先輩」とも呼ぶべき植物から、そのヒントを得たわけである。そして完成したこのドローンは、翼の長さが14センチメートル、重さが1.5グラムと非常に小型ながら、10メートルの高さから落下させた場合、水平方向に60メートル滑空することが可能とのことだ。

第2の理由は、このドローンが生分解する素材で作られているという点にある。スイスといえば多くのドローン研究機関があるのに、なぜ「材料試験」研究所がドローンを手掛けたのか、と不思議に思ったかもしれないが、その答えがまさにこれだ。

機体の主成分は片栗粉(ポテトスターチ)と木材で、実験室の条件下では、およそ7日間で翼がばらばらに分解されることを確認したそうだ。またセンサー部分には、雨が降る、すなわち水分に触れると花のように開き、雨がやんで乾燥すると閉じてセンサーを保護する特殊な素材が使用されている。こちらは翼よりも長持ちし、長期間のデータ測定を可能にするように設計されているものの、それでも4週間ほどで分解されるそうだ。

EMPAの研究者らは、他にも各種センサー類を生分解性素材で開発し、自然界に放置しても安全に分解されるドローンを開発したいとしている。そうなれば、他の様々な観測用途でこのバイオグライダーが活用できるようになるだろう。自然界からヒントを得て誕生したドローンが、それを持続させるために大きな貢献をしてくれるに違いない。

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