「ブラジルのトランプ派」大暴れ、大統領選の不正主張し首都占拠 米議会の襲撃ほうふつ、クーデターの狙いも?…記者が見た「分断」の現場

ブラジル・サンパウロの陸軍施設前で「軍よブラジルを救って」と書いた横断幕を掲げ抗議活動する人たち=2022年11月(共同)

 ブラジルの首都ブラジリアで今年1月、右派ジャイル・ボルソナロ前大統領の支持者約4千人が連邦議会、大統領府、最高裁が並ぶ「三権広場」に押し寄せ、それぞれの建物になだれ込んだ。
 対立関係にある左派のルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領が勝利した昨年10月の大統領選への不満が動機だったとされる。襲撃者は口々に選挙は不正だったと主張した。その一部には混乱を起こして軍を政治に介入させ、政権を転覆させる「クーデター」の狙いがあったといわれる。捜査の手はボルソナロ氏にも伸びた。襲撃者の肉声を元に事件当時の様子とその後を伝えたい。(共同通信サンパウロ支局 中川千歳)

 ▽響く爆音
 私は1月8日、共同通信サンパウロ支局のある最大都市サンパウロからブラジリアに入っていた。中南米を歴訪中だった日本の林芳正外相が到着することになっていたからだ。ブラジリアの空港に着いた午後4時半ごろ、同僚からの連絡で襲撃の真っ最中だと知った。空港から短い第一報を送り、現場に駆けつけた。

 三権広場の手前からは規制線が張られて車が入れなくなっており、徒歩で向かった。広場の手前まで来ると、あたりには白煙が立ちこめ、ボルソナロ氏支持者のシンボルとなっているサッカーブラジル代表のユニホームを着たり、ブラジル国旗を体に巻き付けた多数の人たちが走ったり歩いたりしながら、ばらばらと向かって来る。

1月8日、ブラジルの首都ブラジリアで、催涙弾を撃ち込まれ逃げるボルソナロ前大統領の支持者ら(共同)

 「ボーン、ボーン」。爆音が響く。目をこらすと広場に治安部隊が並び、こちらに向けて催涙弾を撃ち込んでいた。上空に旋回するヘリコプターも催涙弾を放っていた。刺激臭を感じながらカメラのシャッターを切ったが、催涙ガスで涙が止まらなくなった。続いて、喉が焼けるようにひりついた。弾は撃ち込まれ続けている。これ以上とどまるのは危険だと考え、来た道を戻りながら、周囲にいたボルソナロ氏支持者に話を聞いた。

 

 ブラジリア在住のアドリアンと名乗る男性は、大統領府、連邦議会、最高裁の建物全てに侵入したと話した。
 「われわれ愛国者は、大統領選で不正が行われたので投票の権利を取り戻すためにここに来た。ルラ(大統領)は共産主義を敷こうとしている。許し難い。ゴム弾に撃たれて傷だらけだ。催涙弾も受けて窒息しそうになった。でも明日も来る。ここで死んだっていい」と興奮気味に語り、わざわざ準備した横断幕も掲げて見せた。体のあちこちにゴム弾の真っ赤な跡があった。

アドリアンと名乗った男性。大統領選は不正だったとして調査を要求する横断幕を掲げた=1月8日(共同)

 女性もかなりいた。自営業のバレリア・ペレイラさん(30)も大統領府に侵入した。「私たちは何もしていない。なのに警察が催涙弾やゴム弾を撃って来た。ルラ(現大統領)は勝利していない。選挙は不正だった。だから、私たちは共産主義と戦うために来た」とまくし立てた。驚いたのは彼女が2500キロも離れた、ベネズエラとの国境に近い北部ロライマ州ボアビスタから来ていたことだ。
 襲撃者は建物を約4時間占拠し、窓や備品、調度品を破壊した。貴重な絵画や置き時計が壊され、歴代大統領の写真が床に散乱した。窓ガラスは割られ、大量の椅子が屋外に投げられた。その光景は2021年1月6日、米首都ワシントンでトランプ前大統領支持者がやはり、大統領選の結果に不満を募らせ実行した議会襲撃事件をほうふつとさせた。
 治安要員は襲撃現場を制圧したその場で約300人を拘束、翌日にさらに千人以上を拘束した。

2021年1月、米ワシントンの連邦議会議事堂を襲撃するトランプ大統領(当時)の支持者ら(AP=共同)

 ▽暗号で集合
 4千人もの襲撃者はどのようにしてブラジリアに集まったのか。
 現地メディアによると、支持者らは通信アプリ「ワッツアップ」などを使い、当局に襲撃計画を察知されないように「パーティー」の暗号を使って参加を呼びかけた。
 襲撃事件の数日前から、アプリのチャット上に現れていたのは「セルマのパーティー」との言葉。セルマは女性の名前だが、陸軍で使われるかけ声「セルバ(密林)」をもじって暗号として使われたとみられる。
 アプリのグループ内では襲撃の指示や、警察の催涙弾に備えた手製のガスマスクの作り方、参加者には食事の無料提供があると伝えられるなど、さまざまな情報が共有されていた。
 襲撃に関わったとして10日以上拘束されたリオデジャネイロの30代男性販売員も取材に応じた。男性は昨年の大統領選後、リオの陸軍施設前で60日以上泊まり込んで選挙結果に抗議していた。1月7日、集団でバスに乗ってブラジリアに移動した。政府中枢を占拠しマスコミの注目を集めるのが目的だと聞いていた。8日にブラジリアの陸軍本部前に集まった約4千人と、議会などが集まるエリアへ約7~8キロを歩いた。

ブラジルの首都ブラジリアの陸軍本部前で、寝泊まりしながら抗議活動を続けていたボルソナロ前大統領の支持者=2022年12月(共同)

 現場に着いた時には、先に着いた支持者が建物のガラスを割り既に侵入していた。破壊行為に驚いた男性は建物には入らず、芝生で祈っていた高齢者の輪に加わっていた。奇妙な光景も目にした。警官が雑談していたり「俺たちも仲間だ」と支援者らに叫んだりしていた。
 男性は拘束後、持病などを理由に釈放されたが、居場所の把握を可能にする「電子足輪」をつけられ、行動が制限されている。それでも「考えは変わらない」という。ブラジルの選挙の電子投票システムに疑問を呈し「大統領選の不正は明白だ。戦いをやめない」と主張した。

首都ブラジリアの陸軍本部前で、寝泊まりしながら抗議活動を続けたボルソナロ前大統領の支持者=2022年12月(共同)

 ▽トランプ陣営の影?
 トランプ氏の事件を彷彿とさせる今回の襲撃に際し、「ブラジルのトランプ」と呼ばれるボルソナロ氏の周辺がトランプ派に接触して影響を受けていたとの情報もある。
 ボルソナロ氏は大統領選の1年以上前から電子投票システムに不正があると繰り返してきた。それは自身が敗北した場合には結果を認めない、と布石を打っているかのようだった。陣営はトランプ氏の側近と情報交換し、選挙結果発表後の対応について助言を受けていた可能性があるという。
 米紙ワシントン・ポストによると、昨年10月の大統領選の後に、ボルソナロ氏の3男で下院議員のエドゥアルド氏がトランプ氏のフロリダ州の邸宅を訪れて面会。トランプ氏の側近と連絡を取っており、トランプ氏の元首席戦略官、バノン氏とは選挙結果への異議申し立ての効力に関しても協議していた。
 襲撃の映像が流れ始めた1月8日に、バノン氏は「ルラは選挙結果を盗んだ。ブラジル人は理解している」などとソーシャルメディアであおるような投稿を繰り返し、暴徒を「自由の戦士」と称賛した。

ブラジルのルラ大統領=5月25日、ブラジリア(ロイター=共同)

 ▽ボルソナロ氏の関与
 ボルソナロ氏は関与していたのだろうか。ボルソナロ氏は自身の任期を2日残した昨年12月30日、空軍機でブラジルを出て米フロリダ州に渡った。1月1日のルラ大統領就任式で、懸章をルラ氏の肩にかける伝統的な役割を担うことを嫌ったとみられていた。
 襲撃の日、ボルソナロ氏は「平和的な、法に則したデモは民主主義の一部だ」とする一方で、破壊や侵入を伴うものは「法から外れている」とツイッターに書き込んだ。
 2日後の1月10日に、ボルソナロ氏は1本の動画を自身のフェイスブックに投稿した。これは昨年10月の大統領選の公正さを否定するような動画や字幕だった。
 翌日には削除されたが、当局はこの投稿を問題視し、扇動などの疑いでボルソナロ氏の捜査を開始した。ボルソナロ氏は約3カ月米国に滞在した後に3月30日にブラジルに帰国した。その後もかつての側近から、ルラ氏の就任を阻止しようとしていた試みを暴露する証言が出るなど、不利な状況が続いた。
 ボルソナロ氏は4月26日に連邦警察の聴取を受け、動画は個人的に保存して後で見ようと思っていたものを「誤って」投稿したと説明。弁護士は腹痛で1月10日まで入院していたボルソナロ氏にはモルヒネの影響が残っていたとして過失を強調した。

ブラジル連邦警察を後にするボルソナロ前大統領=4月26日、ブラジリア(AP=共同)

 2年前の米議会襲撃事件で、支持者に「議会まで行くぞ」と呼びかけたトランプ氏と異なり、ボルソナロ氏は直接、扇動していない。だが研究機関ジェトゥリオ・バルガス財団のエドゥアルド・グリン教授は、ボルソナロ氏が選挙の敗北を明言せず、ルラ氏の大統領就任式を欠席するなどした行動が、支持者の決起を事実上「承認した」と指摘し「民主的機構を軽視し続け、政治の過激化」を招いた責任は大きいとみる。

ブラジル・サンパウロの陸軍施設前で「ブラジルは盗まれた」と書いた紙を掲げ抗議する人=2022年11月(共同)

 ▽多数の協力者
 今回の襲撃事件は、情報機関が事前に襲撃の情報を把握し、首都の治安当局に報告していた。しかし必要な警備体制が取られていなかった。治安当局の幹部らも休暇を取るなどして不在だった。事件の最中も傍観したり襲撃者を手助けしたりした大統領府の警護担当や治安当局者など、足元に協力者が多数存在したことが分かっている。ボルソナロ氏は軍人出身で、シンパは軍関係者にも多い。

1月9日、ブラジル・ブラジリアで襲撃事件から一夜明けた連邦議会を警備する軍警察官と壊れたバリケード(共同)

 ブラジリアの公安庁トップでボルソナロ氏の「右腕」とされていたアンデルソン・トレス前法相が不作為の容疑などで逮捕された。農業ビジネス関係者や企業家、銃の愛好家ら多岐にわたる層が襲撃者を資金面で支援したとされている。

 選挙で不正はあったのか。選挙を総括する高等選挙裁判所や国際監視機関は選挙が正常に行われたとしている。これとは別に結果を調査した国防省も不正は「見つからなかった」と結論づけた。だがその後、現在の選挙システムは「悪意ある」操作によって影響を受ける可能性を排除できないとする報告を付け加えており、これがボルソナロ派の選挙結果への不信感を高めた可能性もある。

 教皇庁立サンパウロ・カトリック大のロゼマリ・セグラド教授は、世界各地で陰謀論やフェイクニュース、政治の過激化が広がる中で、類似の事件は他の国でも起こる可能性があると指摘する。
 セグラド氏は、ボルソナロ氏の支援者はソーシャルメディアなどで拡散する偽情報に「毒され続けてきた」と表現。関係者の処罰とともに、事件の根本にある社会の分断を緩和するため、偽情報を抑えることが「非常に重要だ」と話した。
 事件直後に調査会社ダタフォリャが実施した世論調査では、ブラジル国民の93%が襲撃を非難した。だがその後も「襲撃はルラ氏支持者の陰謀」「破壊行為を行ったのはボルソナロ派に紛れていたルラ派」などの情報が交流サイト(SNS)などで流布している。
 ボルソナロ氏は襲撃事件のほかにも、在任時にサウジアラビア政府から贈られた高額な宝飾品を違法に私物化した疑いや、新型コロナウイルスのワクチン接種記録を接種済みのように偽造した疑いで捜査を受ける。今後の政治生命には黄信号が灯ったとの見方もあるが、支持は根強い。ブラジルの分断は続きそうだ。

ブラジル・ブラジリアで、前大統領支持者による襲撃事件から一夜明けた連邦議会(奥)付近=1月9日(共同)

© 一般社団法人共同通信社