「おやつは外で食べよう!」保育士を増やしたら園児が喜ぶアイデア続々 70年前と同じ最低限の配置ではトイレにも行けない…国がやっと増員支援へ

「Picoナーサリ和田堀公園」の給食の様子=2023年3月、東京都杉並区

 30人の4歳児を保育士1人で受け持つなど、保育所は「休憩なしが当たり前」とされるような人員配置を基準に運営されてきた。人的な余裕がないことが、保育現場での虐待や置き去りが生じる一因だとの指摘もある。政府は、少子化対策の一環として、国の基準より保育士を増やした保育所に運営費を加算し、支援を強化する方針を決めた。早ければ2024年度から実施する。子どもたちが過ごす環境の改善や、保育士の負担軽減が期待される。
 では実際に保育士が増えると、どのような効果があるのか。国の基準と比べて、倍以上の保育士が働く保育所では、働き方が改善し、保育を充実させるアイデアが活発に出るようになった。ただ、保育士は慢性的に人手不足で、全国的に取り組みを進めるには課題もある。(共同通信=若林美幸)

「Picoナーサリ和田堀公園」の保育士専用の部屋で休憩を取る保育士たち=2023年3月、東京都杉並区

 ▽畳で横になってリフレッシュ、「午後も頑張ろう」
 3月の昼下がり、東京都杉並区の認可保育所「Picoナーサリ和田堀公園」。園児がいない保育士専用の休憩室で、10人ほどの保育士が談笑したり、畳で横になって体を休めたりしていた。保育士の1人は「以前勤めていた園では、休憩なしが当たり前だった。子どもと離れて休めるのでリフレッシュでき、午後も頑張ろうと思える」と明かす。別の保育士は「雑談で他の学年の様子を知ることができる。チームワークはとても良い」と話し、笑みがこぼれた。
 こうした余裕はどこから生まれてくるのか。国は、保育士1人が見る子どもの人数を年齢ごとに決めている。Picoナーサリ和田堀公園には0~5歳児が計約120人通い、国の基準で保育士13人が必要なところ、倍以上の約30人が常勤で働いている。手厚く人を配置しているため、交代で休憩を取ることができるというわけだ。有給休暇や、土曜出勤の代休も平日に取りやすいという。
 この日は、園児18人の1歳児の部屋に4人の保育士がいた。国の基準で必要な保育士は3人のため、1人多い。部屋の中で3人が子どもの面倒を見る傍ら、1人は保護者への連絡帳の記入に専念することができていた。

国の基準よりも多く保育士を配置しているため、他の保育士が子どもの面倒を見る傍ら、1人(右端)は連絡帳の記入に専念していた=2023年3月、東京都杉並区

 ▽「命を預かっているのに毎日逼迫…」疑問を抱き、保育士増に奔走
 国の基準に疑問を抱いて行動に移したのは、Picoナーサリ和田堀公園を含め6園を経営する社会福祉法人「風の森」(杉並区)の統括、野上美希さんだ。他業種から転職し、夫の実家が経営する幼稚園の運営に携わった。風の森は、待機児童数が全国で2万人を超えていた2014年度、初めて保育所を開園。当初は国の基準にほぼ沿った形で保育士を雇用した。しかし野上さんは、保育士が休憩を取れず、残業しないと仕事が終わらない実態を目の当たりにする。幼稚園は園児の帰宅が早いので午後に事務作業ができるが、保育所は開所時間が長いためそうはいかない。「子どもの命を預かっているのに毎日逼迫している。これで良いのか」
 野上さんは翌年度から保育士を増やす努力をした。区や都の補助金制度を徹底的に調べ、保育士の加配や地域貢献でもらえる補助金を漏れのないように申請。情報通信技術(ICT)を導入して欠席連絡をアプリでできるようにするなど、事務コストもカットして工夫を重ね、現在は6園全園で基準の2倍の保育士を確保している。働きやすさが評判となって、「ぜひ就職したい」という保育士の採用希望者が絶えず、求人費用も減った。

社会福祉法人「風の森」の野上美希さん(左)と夫の巌さん=2023年3月、東京都杉並区

 ▽育児中でも離職せずにキャリアアップ
 保育現場にも好影響をもたらしている。余裕ができたことで、保育士からは「今日は天気が良いから3時のおやつを外で食べよう」「こういうイベントを取り入れたらどうか」といった子どもが喜ぶアイデアが活発に出るようになった。日中に保育士だけで会議ができるため連携が密になる、スキルアップの研修が受けやすい、といった効果もあり「保育の質の向上につながっている」と野上さんは感じている。夫で事務長の巌さんも「情熱を持って働いてくれる人が増えた」と話す。
 さらに、人員に余裕があることもあり、この園では、育児中の保育士も離職することなくキャリアアップに励んでいる。小学生と保育園児の子どもがいる海東麻裕子さん(42)は、Picoナーサリ和田堀公園で担任リーダーを務める。一般的に育児中の保育士はパートで補佐的に働くケースも多いが、海東さんは「保育士のキャリアを考える上で、朝夕の送迎の時間帯に保護者対応をすることは重要」との思いから、正職員のままで働く。
 園では、午前8時から午後6時までという、通常より限定した時間帯でシフトを組める「限定シフト制」を育児中の保育士に導入。海東さんも限定シフトを使い、自身の子どもと晩ご飯を一緒に食べられるぎりぎりの時間まで働く。「無理のない範囲で目いっぱい働ける環境で、やりたい仕事ができている」と生き生きと話す。

保育士の海東麻裕子さん(右)=2023年3月、東京都杉並区

 ▽最優先だった待機児童解消、70年以上見直されていない基準も
 1人の保育士が何人の子どもを担当できるか年齢ごとに定めた基準は、「配置基準」と呼ばれる。認可保育所では0歳児は3人、1~2歳児は6人、3歳児は20人、4~5歳児は30人。ただ、日本の配置基準は戦後間もない1948年に決められて以降、見直しの機会は少なく、特に4~5歳児は70年以上1度も見直されていない。
 現場の保育士からは「4~5歳児は保育士1人で30人も見なければならない。目が離せず、トイレにも行けない」といった嘆きも聞かれる。近年、保育現場での虐待や、通園バスへの置き去りが起きている背景には、人員が限られ余裕が失われていることが一因との指摘もある。
 保育関係政策はここ数十年、共働き家庭の増加で保育需要が高まり、待機児童の解消が最優先されてきた。「子どもたちが心身ともに満たされ、豊かに生きていくための環境や経験」といった〝保育の質〟より、より多くの子どもを預かるための〝量〟が重視されてきた側面があった。
 そこで政府は、今年3月に決定した少子化対策の試案で「配置基準を改善する」と明記した。ただ、すぐに基準を変えると現場への影響が大きいため、当面は基準を変えるのではなく保育士を増やせる施設へ国が支給する運営費を加算することにした。
 新たな加算の対象は1歳児と4~5歳児だ。1歳児の場合、保育士1人が見る子どもの数を基準の6人から5人に減らした保育所が対象となる。4~5歳児は30人から25人に減らした場合が対象。手厚い配置となって人件費がかさむため、国が支給する運営費「公定価格」を増額する。3歳児には、すでにこうした加算がある。

 ▽保育士奪い合いの懸念も
 政府の新たな加算で、保育の質や保育士の労働環境について改善が期待される一方で、保育士の人手不足に拍車がかかり、奪い合いが起きる懸念がある。保育士は他業種と比べ低賃金で、資格があっても働いていない「潜在保育士」も多い。小倉将信こども政策担当相は「保育士の処遇改善に取り組み、潜在保育士の復職も支援する」としているが、効果はまだ見えない。
 全国的な広がりにも課題が残る。自身も保育所を運営する保育研究所の村山祐一所長によると、東京都内は保育士の手取りを増やす補助金が充実しているなど、自治体の支援に地域差があるという。村山さんは「保育士を増やした保育所に加算する国の対応は一歩前進だが、地域や施設によっては増やしたくても増やせないケースも出てくる」と指摘。手厚い保育士の配置を全国へ広げるには「一律の措置が必要だ。さらに踏み込んだ配置基準の改善と、公定価格の充実をセットでやるべきだ」と話している。

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