マッツ・ミケルセン氏再び~YOU ARE WHAT YOU EAT レクター博士、日本を食す~

プライベートでも「007/カジノ・ロワイヤル」。ゲームセンターにて=2023年5月(撮影・牧村英里子)

 2023年5月初旬、俳優マッツ・ミケルセン氏が5度目となる来日を果たした。大阪コミコン2023のスターゲストとして、初の大阪入りとなる。

 音楽留学生として住んでいたベルリンでマッツ&Co.と出会ってから、はや15年。その間に彼は、カンヌ国際映画祭男優賞、英国アカデミー賞主演男優賞、フランス政府から芸術文化勲章のシュヴァリエ(騎士)に任命され、21年には主演作品「ANOTHER ROUND」がオスカー国際長編映画賞を受賞。デンマーク人マッツの枕詞(まくらことば)である「北欧の至宝」が「世界の至宝」に取って代わるほど、いまや世界で最も愛され求められる映画俳優のひとりとなった。

 一方、13年から放送されたテレビドラマシリーズ「ハンニバル」では若き日のレクター博士を怪演。同シリーズでは、食材をまるで最愛のヒトを愛(め)でるように料理し、それらを食す妖艶かつ残忍なまでに優雅なマッツの演技が大反響を呼び、その姿はテレビドラマ史上に鮮烈な印象を刻みつけた。

 本コラムではレクター博士の食事に着想を得て、来日中のマッツが何を召し上がったか「食」に焦点をあてて書いてみたい。

 【飲み物】来阪して最初の乾杯はマッツ所望の熱燗(あつかん)だった。本人いわく「ゲンを担ぐ」タイプだそうで、日本酒の手酌は縁起が良くないのだったかな?と慌てて盃(さかずき)を置くのがなんだか面白かった。お酒はぬるめの燗がいいのかと思っていたが、数日して気温や湿度が上昇したせいか、ある時から冷酒に切り替えてキリリと引き締まった辛口の喉ごしの良さに眼を細めていた。

 【魚介類】ノドグロの塩焼き、鮎の天ぷら、ホタルイカ、鯛の白子、ウニ、マグロの赤身・中トロ刺し身、蒸し鮑、甘エビ、車海老の姿焼き、明石鯛の塩釜焼き、ほか。

 マッツを含めたチームと海外で食事をともにする時、キャトラリーやグラスの扱いの美しさ、機知に富んだ会話が織りなす豊かな時間、ワインのオーダーのタイミングがまるで歌舞伎の大向(おおむこ)うのように間合いがよいことから「食を心から楽しむ」ことの大切さを改めて感じる。一方、ここ日本でも、無心に大海老の殻をむくマッツの手さばきはドラマのハンニバルと同様、見事なお点前を拝見するようだった。ちょっとした作業の先にある美味への過程を楽しんでいるのだろう。

 前述の通り「ゲンを担ぐ」というマッツに、私も予想していなかったサプライズの場があった。お店の方が鯛の塩釜焼きをご用意くださっていたのだ。「めで鯛!」とやんややんやの喝采の中、イベントの盛会を言祝ぎながら彼は木づちで塩釜を割った。

 春先から初夏にかけての桜鯛もおいしいが、最も脂がのる秋のもみじ鯛はまた格別である。そちらもいつか召し上がっていただきたい。

 【関西の出汁(だし)】関西の出汁は「旨味(うまみ)」を基調としていて大変美味だが、塩味が比較的強めのデンマーク料理になじんだ舌にはどうだろうと思っていたのだが、マッツは旨味を味覚と嗅覚でしっかり堪能。感嘆の「んーーーー!」を何度も漏らしつつ、レンコンと白身魚の椀物の滋味深い出汁を最後の一滴まで干しておられた。

 【麺類と米】茶そばやそうめん、マグロの漬け丼、焼きおにぎりなどの炭水化物をいただいた。

 【神戸牛】今回の来日でレクター博士は神戸牛も召し上がった。焼き加減はもちろんレアで、デザート以外は全てお箸で食された。そう言えば、私が最初に見たマッツ出演作は精肉店を舞台にした「フレッシュ・デリ(2003年公開)」で、今でもあの作品のキャラクターが一、二を争うくらい好きだという会話をヒレとサーロインを口に運びながら交わした。ご本人もチームの皆さんも、添えられた極上の淡路産玉ネギとともに、喉で溶けてゆく柔らかなA5を完食。

 【スウィーツ】コーラ。

 YOU ARE WHAT YOU EAT.食はヒトを創(つく)るとはよく言ったもので、ここからはその「食」が創ったマッツ版レクター博士のターヘル・アナトミアといこう。

 【頰骨】数年前、マッツの高い頰骨は奇跡的な美の創造物だとコラムで書いたら、読者の方々から驚くほど多くの感想メールをいただいた。ふとそのことを思い出したので「マッツの頰骨は『美の形而上学で認識されるべき唯一無二の神的存在です!』とか『マッツの尊い頰骨の真横に住民票を移したいです!』など、それはすごい反響だったよ」と告げた。すると「えっ!僕の頰骨、そんなに特別!?」とそれはうれしそうに自分の頰をなでなでし続けていた。この頰骨の威力を知らずに今日まで飄々(ひょうひょう)と生きてきたのか、マッツ・ミケルセン…

 【肌】頰骨の話で盛り上がった流れから肌の調子へ話題が移った。多くのファンが住民票を移したいとまでいうその頰骨にさらなる磨きをかけたいと思ったのか、一緒にいた同僚から保湿クリームを借りてグリグリ塗り始め、赤ちゃんのようなツルツルの潤った肌になった。「艶々になったよ」と無邪気に笑うマッツ・ミケルセン。そういうところだぞ、世界中から愛されている理由は!

 【髪】出会って15年。会うたびにその時の役柄によってさまざまなヘアスタイルに変化するマッツを見てきたが、今回の来日時の髪色は格別に美しいと感じた。光によって金や銀、プラチナホワイトに輝いていた。

 【目】虹彩の色がときに変わる琥珀のようなマッツの眼。本人は何色と認識しているのか、次回会った時に聞いてみたい。

 【口】こちらも以前のコラムで触れた。よく笑い、よく食べ、よく歌い、よく冗談を飛ばし、そして常にファンへの感謝の念があふれるミケルセン氏の口。

 【足】連日、大仕事が続いても常に周囲への気遣いを忘れないマッツ。文化への理解も深く、来日中も畳の部屋では行儀よく座ろうとするので「どうぞお楽に」と言うとニコッと笑い、足を伸ばしてリラックス。甲の高いスッとした足は、やはりダンサーのそれだと思った。

 【手】手についてはなぜか私の記憶にない。握手や指ハート、サイン会で触れ合ったファンの皆さんがよくご存じだろう。

 YOU ARE WHAT YOU EAT.食はヒトを創る。日本滞在最後の食事を終えた後、ひとときの静寂があった。心から彼を思う色鮮やかな花冠をまとった「ファン」ニバルや、とても大事にされているご家族に思いをはせているのだろうか。穏やかにほほ笑む世界の至宝に「素晴らしい人生だね、マッツ」と思わずつぶやいたら「ああ、僕の人生は本当に素晴らしい。本当に」と眼を閉じて何度もうなずいていた。

 マッツ・ミケルセン。貴方が再び日本を訪れる日があることを多くのファンは切実に願っている。

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