日本に生まれても外国籍なら犯罪者予備軍?…ホテルが求める法的根拠ない要請「在留カードを提示して」 香川県は「人権上問題がある」と通達

香川県が県内の宿泊業者に出した通達

 日本に住む外国人の多くは、国内のホテルや旅館を利用する際、「在留カードを提示してください」と言われ、もやもやするケースが頻繁にあるという。在留カードとは、長期滞在の外国人が携帯を義務づけられているものだが、宿泊施設側に見せるよう定められた法令は、実は存在しない。差別につながる行為だからだ。それなのに、ホテル側は法的根拠のない提示を、なぜ求めるのか。
 あるホテル従業員はこう証言した。「テロ対策のため警察に求められているから」。しかし、警察側に取材したところ「そんな要請はしていない」と否定された。日本に生まれ育ち、納税などの義務も果たしていても、国籍が違うだけで「犯罪者予備軍」のように扱われる。一体、どうなっているのか。(共同通信=牧野直翔)

 

「中長期在留者や永住者に交付される在留カードの見本=出入国在留管理庁ホームページ(https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/newimmiact_4_point.html)

 ▽しつこく在留カード提示を求められ…
 2022年8月、大阪市に住む李明美さん(仮名)は、旅行で友人と香川県を訪れた。ホテルにチェックインしようとした際、フロントでこう言われた。
 「パスポートを見せてください」
 李さんは韓国籍。フロント係は、氏名から外国人旅行客だと思ったのだろう。しかし、李さんは日本生まれ、日本育ち。
 「日本に住んでいて、持っていません」と答えると、こう返された。
 「では、在留カードの提示をお願いします」
 以前にも同様の経験をしていた李さんは「必要ないはずです」と拒否。それでもフロント係はあきらめず、何度もカードの提示を要求してきた。拒否し続けてせっかくの旅行を台無しにしたくないと思った李さんは、考えた末に健康保険証を提示。その場は収まったが、なんとも嫌な気持ちは残った。
 「海外旅行客であれば、身分確認も理解できる。でも、私は日本で生まれ育ちました。ホテルを利用するだけで必要がないことを求められ、まるで犯罪者のように見られるのは傷つくし、疲れます。でも、もう慣れてしまった」
 李さんの話に、友人の西川小百合さんは驚いた。日本国籍である自分は、当然ながらそんな扱いを受けたことがない。西川さんは、丸亀市に事務所を置く任意団体「香川県隣保館連絡協議会」の事務員。普段は県や市町の職員を対象に、さまざまな人権課題の啓発や研修を行っている。友人の話は、どうみても人権侵害だと思った。
 「人権感覚を磨いてきたつもりだったけれど、こんなことが起きているなんて知らなかった」。西川さんは協議会会長の長尾香織さんらと話し合い、香川県に連絡。改善を求めた。

「香川県隣保館連絡協議会」の西川小百合さん(左)と長尾佳織さん=3月24日、高松市

 ▽合理的理由なく対応を分ければ「差別」
 連絡を受け、トラブルの内容を把握した香川県人権・同和政策課は今年3月、人権・同和政策課長などの名前で以下の内容の通達を出した。
 「日本国内に住む外国人に、法令等の根拠に基づかない旅券等の提示を求めることは人権上問題があります。旅館業法の趣旨を理解のうえで対応してください」
 「宿泊者が国外の地名を書いた場合は旅券番号の確認が必要ですが、国内の住所を書いた場合、外国人と推察できても、それ以上の確認は法令等では求められていません」

香川県庁

 通達を出した意図を知ろうと人権・同和政策課に尋ねると、担当者は淡々と述べた。「旅館業法が定めていることを周知しただけです」
 一方で、関係者からは歓迎する声が上がった。大阪市のNPO法人「多民族共生人権教育センター」の文公輝事務局長は高く評価。「合理的な理由もなく国籍によって対応を分けるのは差別だ。全国で被害報告がある現状で、本来なら周知は国がやるべき仕事だった」
 香川県に連絡した協議会会長の長尾香織さんは、李さんに感謝した。「全員が安心して過ごせる社会にしたい。そのためには見過ごしてはいけないことがたくさんある。本当に良い学びをもらいました」

香川県が出した通達

 ▽法令上、根拠はない
 ここで旅館業法の中身をもう一度確認しておきたい。この法律は、公衆衛生の向上などを目的に宿泊事業者の義務などを定めている。所管する厚生労働省の通知によると、宿泊施設側に客の身分確認を義務づけているのは「宿泊者が自らの住所として国外の地名を告げた場合」に限られる。
 厚生労働省がインターネット上に公表している一問一答を見ると、こうある。
 Q「国内に住所を持つ外国人宿泊客に対して、在留カードの提示やコピーを求めてもいいでしょうか」
 A「必要に応じ自治体等の判断で求めることは差し支えございませんが、法令上には根拠はございません。宿泊者が拒否する場合は強制することはできません」

厚生労働省の旅館業法に関する一問一答

 ▽身分確認はテロ対策?
 ここまではっきり書かれているのに、なぜホテル側は法的根拠のない身分確認を続けているのか。
「テロ対策だという警察の指導だった」
 香川県内のあるホテルで働くベテランの男性従業員が証言してくれた。
 この従業員によると、香川県警から「テロが起きたときに後から確認する事項がある」と要請があった。このため、勤務先のホテルは、宿泊者名簿に書かれた名前から、外国人の可能性がある宿泊客に対し、在留カードの提示とコピーを要求。たびたび宿泊客とトラブルになり、「(提示要求を)やめられるならやめたかった」と打ち明ける。

香川県警本部

 この話が本当であれば、ホテルは宿泊客と警察の間で板挟みになっていることになる。男性従業員は今回の香川県の対応を歓迎しているが、それで解決したわけではなかった。
 香川県警の担当者は通達後もホテルに「拒否された場合に提示は必要ないが、(提示の)声かけは必ずしてほしい」と改めて求めたという。
 証言してくれた従業員は納得がいかない。「そもそも断っていいことなら、最初から聞く必要はないのではないか。根本的な解決になっていない」

香川県警が県内の宿泊施設に配布しているという文書

 ▽食い違う証言
 そこで香川県警公安課に取材したところ、明確に否定された。「在日外国人の身分確認はホテル側の裁量。われわれから何か協力を要請している事実はない」
 公安課の担当者の説明によると、宿泊施設側に旅券確認を要請するのは「国内に住所のない外国人宿泊者に対してのみ」。旅館業法に書かれている内容と同じだ。
 加えて、香川県警がホテルなどに配布している「旅館業者の皆様へ」と題した文書にも、こう書かれている。
 「テロ等の犯罪を未然に防止するため、宿泊者名簿への正確な記載をお願いいたします」
 「日本国内に住所を有しない外国人宿泊者の方には、旅券を確認して、写しの保存をお願いします」
 国内居住の外国人に対しては、氏名、住所、職業の記載だけでよいと明示されている。
 従業員の証言とはやはり一致しない。ただ、香川県警の担当者はこうも話していた。「自己申告で日本の住所を書いても、客観的に見て怪しいと思ったら身分確認をお願いするというのが、警察のスタンスだ」

ライブで歌う趙博さん=1月、松山市

 ▽「民族名を名乗るなと言うのか」
 今回のようなケースは李さんだけではない。日本人が知らないだけで、被害者が泣き寝入りしたり、トラブルになったりしたことはこれまでも頻繁にあった。次のように、裁判になった例もある。
 大阪市在住の在日コリアン3世の歌手、趙博さんは2017年9月、公演のために利用した東京都千代田区内のホテルで、在留カードや特別永住者証明書の提示を求められた。拒否したが、何度も要求する従業員と口論に。結局、宿泊できなかった。趙さんは「宿泊を拒否された」としてこのホテルを東京地裁に提訴。訴訟は2019年9月に和解した。
 裁判資料によると、このホテルの従業員も法廷で「警察署の指導があった」と証言していた。趙さんは憤りを隠さない。

宿泊拒否だとして裁判を起こした趙博さん。自身の「特別永住者証明書」を見せてくれた=1月、大阪市

 「定住者と旅行客を区別せず『外国人はみな犯罪者予備軍』みたいなやり方はやめてほしい。名前や見た目で外国人かどうか判断することも差別なのではないか」。こう語った上で、別の問題もはらんでいると指摘した。「本名宣言」への影響だ。
 朝鮮半島が日本の植民地だった時代、朝鮮人は日本風の名前へ改名する「創氏改名」をさせられた。在日コリアンはこうした歴史的経緯から、戦後、日本名である「通名」ではなく、民族名の本名を名乗ろうという運動を続けてきた。
 しかし、ホテルで本名を名乗れば、また不必要な身分確認を求められる恐れがある。「日本名ではなく本名を名乗り、自分の民族性を回復することが『本名宣言』。ホテルの対応は『疑われたくなければ本名を名乗るな』と言っているのと同じだ」

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