セラピードッグの福祉は守られているか?という考察

セラピードッグについての倫理と福祉を考察

「犬と暮らしている人は○○病のリスクが低い」「犬との暮らしはメンタルヘルスに良い影響を与える」「犬を飼っている人は社交的な傾向が強い」など、犬が人間に与える生理的、心理的、社会的な恩恵については数々の研究結果が発表されています。

しかし、人間と暮らすことが犬の健康や福祉にどのような影響を与えているのか、人間が犬と関わることの倫理観についての研究はあまり多くありません。

犬と人間との関わりの中でも、セラピードッグが人間をサポートする分野は急速に拡大しつつあり、その数も増えています。

それだけに犬は人間の感情的、または医療的なサポートを提供するための道具ではなく、犬自身が独自のニーズや欲求を持つ存在であるという、倫理観を確立する必要性が高まっています。

このような倫理観がなくては、犬のストレスの兆候を無視して酷使してしまうなど犬の福祉を損なうことになるからです。

このたびオーストラリアのアデレード大学獣医学部、メルボルン大学動物福祉科学センター、アデレード大学医学部の研究者チームが、過去のセラピードッグについての研究から、改めてセラピードッグの福祉を考察した結果を発表しました。

セラピードッグのストレス測定は行われているか?

セラピードッグの福祉を考える時、まず第一に頭に浮かぶのは、犬がセラピーセッションに参加することにストレスを感じていないか?ということです。

犬も人間も急性のストレスを感じると、コルチゾールというホルモンが分泌されます。そのため唾液中のコルチゾール値は、ストレスの指標として多く用いられます。

しかしコルチゾールは、ネガティブな刺激とポジティブな刺激(嬉しすぎて興奮した場合など)の両方に反応するため、ストレスの指標として単独で利用することはできません。

犬の場合には、コルチゾール値も含めて複数の生理学的測定と行動観察の組み合わせで、ストレスを感じているかどうかを判定する必要があります。しかしセラピードッグプログラムの評価では、このような報告はほとんどないそうです。

心拍数も、動物の感情と認知の反応の生理学的指標とされますが、やはりセラピードッグのストレス反応としての研究はごくわずかです。

ある研究では4頭のセラピードッグの観察に基づいて、セラピーのある日は他の日に比べて犬の心拍数の増加が確認されました。

このように、セラピードッグがセッション中にストレスを感じているかどうかを評価する研究は、ほとんど行われていないことが改めて明らかになりました。

セラピードッグのストレスのマネージメントは団体や訓練機関によって大きく異なり、規模の小さい団体では、科学的根拠のないものが採用されていることも多いと研究者は述べています。

セラピードッグのストレスを正しく評価し管理することは、今後の大きな課題のひとつです。

セラピードッグに対する心理的影響、安全、健康の管理

ある研究ではハンドラーの性別が、セラピードッグの唾液中コルチゾール値に影響を与えることを報告しています。

全般的に女性のハンドラーは、男性のハンドラーよりも動物のストレス反応を低下させ、中でも女性ハンドラーとオス犬の組み合わせは、唾液中のコルチゾール値が最も低くなることが確認されました。

また、ある研究では教育レベルの高いハンドラーは、低いハンドラーよりも犬のストレス反応をよく把握していました。また、必要な訓練を受けていないハンドラーは犬の恐怖やストレス反応を識別できず、犬の福祉に悪影響を与えることが指摘されています。

セラピードッグとハンドラー間の愛着も、犬のパフォーマンスに影響を与える要素のひとつであることもわかっています。

ハンドラーの行動、声のトーン、ボディランゲージは、犬の行動や反応に影響を与える可能性があります。セラピードッグのハンドラーに関する過去の研究は、ハンドラーへの教育、ハンドラーの能力や犬とのつながりの強さを考慮することの重要性を示しています。

セラピードッグになるためにはトレーニングやテストがあり、反応性、恐怖心、活動性、社交性、訓練への反応、服従性、問題行動の7つの行動指標が提示されています。

しかし犬の性格特性については、やはりほとんど研究がありません。適切な行動ができるからと言って、犬がストレスを感じていないというわけではありません。セラピードッグと犬の性格特性についての研究は今後の課題のひとつです。

セラピードッグの安全と健康の管理も、あまり注目されていない分野です。セラピードッグプログラムにおける安全と健康リスクの管理は、ほとんどが人間を守るためのものです。

セラピードッグには、各種ワクチン接種や定期的な獣医師の診察が必要とされていますが、セラピードッグの訓練機関や団体のうちワクチン接種を義務付けているのは63%、寄生虫検査陰性を義務付けているのは75%、ノミダニ予防を義務付けているのは54%という決して高いとは言えない数字でした。

まとめ

セラピードッグに関する過去の研究を再検証した結果から、研究チームはセラピードッグの犬の福祉を守るためのガイドラインや認定基準の欠如と、そこから生じる懸念を指摘しています。

セラピードッグはさまざまな環境で、さまざまな種類のプログラムに従事し、さまざまなニーズに対応しています。

セラピードッグのストレスマネージメントや安全や健康リスクを無視することは、犬と人間両方の安全を脅かす可能性があり、セラピードッグプログラム存続の危機にもつながります。

世界中で活躍しているセラピードッグたちにとって現状は決して理想的と言える状態ではありません。

セラピーを必要とする人々のためにも、セラピードッグの優れた動物福祉を保証することが重要な優先事項であると研究者は締め括っています。

《参考URL》
https://www.mdpi.com/1660-4601/20/10/5801

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