世界で広がる水産養殖のASC認証製品、日本でも3年で市場拡大――飼料の持続可能性など課題に

海外でのASC認証ラベルのついた魚料理(ASCジャパン提供)

世界の人口増加に伴い、タンパク源としての養殖水産物のニーズが高まるなか、環境や地域社会に配慮した養殖業だけが取得できる「ASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会) 認証」が広がりを見せている。今年4月に発表された初の年次報告書によると、世界の認定取得済みの養殖場は2021年に前年比で20%増え、ASC認証基準の定める社会的責任と環境の持続可能性の要件を満たした水産物の生産量は250万トン以上に達した。日本国内でもSDGsの目標やESG投資に沿った取り組みを実装する手段として、天然漁業の認証制度であるMSC(海洋管理協議会)認証とともに、ASC認証ラベルの付いた水産物を「サステナブル・シーフード」として調達する流れが加速し、店頭では輸入サーモンなどを中心に認証品の流通量がこの3年で大きく増加。さらに生産者と流通業者が一体となって国産の認証製品を市場に送り出す動きも少なくない。(廣末智子)

ASCの認証ラベルは、天然漁業の認証制度であるMSCのものと似ているが、ターコイズ色を背景に白字で「責任ある養殖により生産された水産物asc認証」と記されている

ASC認証はWWF(世界自然保護基金)とIDH(オランダの持続可能な貿易を推進する団体)の支援のもと、2010年に国際非営利団体として設立された。認証の対象となる魚介類はサケ、ブリ・スギ、淡水マス、スズキ・タイ・オオニベ、カレイ目、熱帯魚類、ティラピア、パンガシウス、二枚貝(カキ、ホタテ、アサリ、ムール貝)、アワビ、エビ、海藻の12種で、魚種ごとに策定された基準にしたがって、養殖場の審査を行う。

基準には、海底の汚染指標や、餌となる天然魚の使用率、地域社会との関わりなど細かい審査項目があり、認証を取得するにはこれらを満たしていることを証明する必要がある。

国内の認証取得養殖場は48、国産のASC製品は576品に

ASCジャパン提供、「数字で見るASCマーケット」より

日本でのASC認証は2016年に宮城県漁協志津川支所の戸倉事務所の手掛けるカキ養殖が取得したのが最初で、2023年5月現在、15企業・漁協の48養殖場が認証を取得。さらにASC認証を取得した水産物製品が加工・流通の過程において一般のものと区別されているかどうかを審査する「CoC認証」の取得企業数は2020年から右肩上がりに伸び、2023年は前年比で10%増の187社に、国産のASC認証製品も同じく10%増の576にまで増えた。

背景には、SDGsやサステナビリティへの意識とともに、コロナ禍で物流・輸送上の問題からも認証水産物の自給率拡大への関心が高まったことなどが考えられる。コロナ前の2017年には宮崎県のブリが、2020年には愛媛県宇和島市で生産するマダイが世界で初めてASC認証を取得するなど、日本各地で環境に配慮したオリジナルな養殖魚は着実に増加している。

コロナ禍の3年間で認証輸入サーモンなどの流通も大幅拡大

ASCジャパン提供、「数字で見るASCマーケット」より

そして、スーパーやコンビニなどで一般消費者が目にするASCラベルの付いた水産物製品は海外からの輸入製品を中心に拡大。その流通量は、1位のアトランティックサーモンが2020年の約8500トンから2021年は約1万1000トン、2022年には約1万4000トンに、2位のギンザケも、2020年の約1000トンが2021年には約2500トン、2022年には約6000トンにまで増えるなど、欧州と比べるとまだ数分の一の規模ではあるものの、この3年で大きく伸びているのが特徴的だ。

―食品メーカーやホテル、小売の現場ではASC認証製品をどうみるか―

ASCジャパン、シーフードレガシー共催、パネルディスカッションより

ASC認証水産物の生産者や取り扱いに関心のある企業らの交流を目的に開かれたパネルディスカッション(5月26日、ヒルトン東京ベイ)

こうした傾向を食品メーカーやホテル、小売の現場はどうみているのか。このほどASCジャパンと持続可能な漁業を広める活動をグローバルに展開するシーフードレガシーとの共催で開かれた、業界関係者によるディスカッションの場で発表された取り組み事例や意見を紹介する。

ヒルトン東京ベイ 生の国産サーモンと冷凍の輸入サーモンを使い分け

サーモンマリネやサーモン、シュリンプ、マダイを使ったオープンフェイスサンドイッチ、エビフライとアボカドの海苔巻きなど、会場ではヒルトン東京ベイによるASC認証水産物を使用した料理の数々が提供された

まず会場となったヒルトン東京ベイでは、レストランや宴会で提供する料理の多くにMSC・ASCの認証水産物を使用している。ASC認証製品では生から冷凍のものまでを取り扱い、小池幸宏・調理部 副総料理長によると、例えば生のサーモンは千葉県産と青森県産のものをレストラン用に、冷凍の輸入サーモンは腹身の部分を玉ねぎと混ぜて朝食用のサラダとして提供するなど、食材によって調理方法を工夫。原材料が高騰するなか、「サプライヤーとのつながりを持ち、常に比較的安価な新しい食材を探してもらう」といった企業努力を続けているという。

その結果、ヒルトングループとしては日本と韓国、ミクロネシアの全ホテルで取り扱う水産物のうち30%をサステナブル・シーフードにすることを掲げているが、すでに35%に到達しており、ヒルトン東京ベイに限れば、今年4月には79.9%を達成したという。それでも「食材の仕入れから管理、調理、提供するまでの間に非認証と認証の製品が混在すればCoC認証が取り消しになる可能性もある」ことを念頭に、フードサービスに携わるメンバー全員で定期的に研修を行い、一人ひとりの認識向上に努めていることが報告された。

ニッスイ コロナ禍で日本各地の生協と商品づくりから一緒に行う

一方、総合食品メーカーのニッスイからは、日本各地の生協とも連携し、認証水産物の販売拡大を進める立場から、商品の調達側としては認証品の比率を上げているものの、販売比率という意味ではまだまだ少ないことが示された。ただそのなかでも「九州や中四国といった各地の生協が方針として認証製品の強化を掲げ始めたのがちょうど2021年ごろで、コロナ禍を経て流れが確実に変わってきた」と、山地司馬・広域営業本部 特販営業第二部 生協営業課 課長代理は手応えを話す。

「水産のこれからは養殖だ」という認識を持つニッスイとしては、『方針を掲げたはよいが、どこから調達すればいいか分からない』という生協の現場の声に応え、商品づくりから一緒に行うことで、「売り上げも増え、関係も深まった」という。

セブン&アイ「認証で厳格に管理されることで信頼性増す」

またプライベートブランドを中心に冷凍エビフライなど認証商品の拡充に取り組むセブン&アイ・ホールディングスの八木田耕平・商品本部 デイリー部 チーフマーチャンダイザーは、「地域地域で商売を展開する業態として、地域の一次産業が空洞化することは商売の持続性に直接関わってくる」とした上で、「原材料が安定的に入ってくるという意味合いで、養殖に大変期待を寄せている」と強調した。

同社がグリーンチャレンジとして掲げる4つの方針のうちの一つが「環境と生産者を守る」をテーマとする持続可能な調達だ。八木田氏によると、ここ数年でTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の策定などを通じて非財務情報の数値化が重要視されるなど、「世の中が変化し、いろいろなルールができていくなかで、売れる売れないに関わらず、取り組まなければならないという方向に社内の意識も変わってきた」そうだ。

折しもASCでは5月30日に、ラベルの価値と保証の向上を目的に、CoC認証過程において、世界食品安全イニシアチブ(GFSI)認定スキームの取得を必要とする食品安全要件などを追加した新しいモジュールが発効し、義務化された(1年間の猶予期間あり)。これについて触れた八木田氏は「時代に合わせてアップデートし、敢えて厳格に管理されるということで信頼性がいっそう増すと思う」と前向きに捉えていることを表明。「企業にとっていちばん怖いのは消費者からグリーンウォッシュじゃないかとみられること。そうした懸念を払拭し、企業をバックアップしてくれるという意味でもルールの厳格化はいいことだ」と新モジュールへの期待を語った。

スクレッティング 「生産者のニーズに応じた飼料を開発」 魚目線のアプローチの重要性確認

もっとも、FAO(国連食糧農業機関)の2020年時点の調査で世界の水産物生産量の49%を占めるまでに成長した養殖業は、水質や海洋環境の汚染、薬剤の適切な利用、エサ原料の資源への影響、脱走魚の生態系への影響、適切な労働環境、地域社会との関係など幾つもの課題を抱えている。なかでも藻類を除く養殖生産の70%以上は飼料に依存しており、これをどう持続可能なものにしていくかは大きなテーマだ。

ディスカッションにはその飼料の製造販売を手掛けるオランダが本社のグローバル企業、スクレッティングの日本法人も参加。ASC認証に対応した環境への配慮はもちろんのこと、魚の美味しさにも関わってくる飼料について、同社の営業部門で商品開発やテクニカルセールスを担当する農学博士の伊奈佳晃氏が「生産者のニーズを細かく聞き、味も含めてフィードバックをいただきながら、それぞれの生産者に応じた飼料を開発している」などと説明した。

飼料を巡るイノベーションについては、ニッスイの山地氏から「いかに魚にストレスを与えず、魚らしい一生を送ってもらうかが大事だ」とする指摘もあり、天候に左右されず、魚の食欲が上がるタイミングで自動で給餌を行うなど、IoTも活用し、人間目線ではなく、魚目線でのアプローチの重要性を確認する議論も行われた。

日本の水産養殖のサステナビリティ向上へ新たな企業連携も

日本の水産養殖のサステナビリティ向上を目指してパートナーシップを締結した、スクレッティング日本法人の伊藤良仁社長(右)と、シーフードレガシーの花岡和佳男CEO

業界関係者ら50人以上がネットワーキングを深めた会合では、日本の水産養殖のサステナビリティの向上を目指し、スクレッティングとシーフードレガシーによるパートナーシップ締結も行われた。2社は今後、日本を中心に海外市場も含め、ASC認証などを取得した国産水産製品の流通を促進するとともに、認証の取得が容易でない小規模生産者の支援などに協働体制を敷いて取り組む。

ASCでは現在、現行の養殖場統一基準の見直しを進めており、2023年の秋にはすべての魚種や生産システムにおいて、一貫した定義と適用を保証する、より包括的な統一基準の最終草案が発表される予定。これにより、魚種の追加が進むことも期待され、日本でも生産者と流通の現場がさらに連携を深め、責任ある養殖の市場が広がることが予想される。ただし、「負担コストの大きさにおいて、一企業や一サプライチェーンの努力には限界がある」(花岡和佳男・シーフードレガシーCEO)というように、今後は政府や国際機関によるなんらかの支援制度も望まれるところだ。

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