原子力分野で働く女性の割合、日本は断トツの最下位! 「女の命は短い」「3年は居ろ、5年は居るな」と言われた女性研究者

取材に応じる原子力委員会の岡田往子委員=4月20日、東京都千代田区

 経済協力開発機構(OECD)に設置された専門機関の原子力機関(NEA)が、原子力分野で働く女性割合を加盟国別に調査したところ、日本は17カ国で最も低い15%だった。原子力分野で働く日本の女性の平均給与は、日本の男性より26%少なかったことも分かった。理工学分野に女性研究者が少ないことはよく知られているが、原子力分野ではさらに輪をかけて、他国と比べてもジェンダーバランスに著しい偏りがある。「女の命は短い」「3年は居ろ、5年は居るな」とかつて言われた女性研究者。その言葉の意味とは。(共同通信=広江滋規)

 ▽給与も低い女性

 NEAは2021年6月から10月にかけて、17カ国96機関にジェンダーバランスの現状を把握するためのアンケートを実施。今年3月に集計結果を公表した。日本は原子力規制庁、日本原子力研究開発機構、量子科学技術研究開発機構の3機関が回答した。
 アンケートの結果、加盟国の原子力分野の女性割合は平均25%。最も高いノルウェーは61%、ハンガリー48%、ポーランド37%と続き、フランスや英国は平均程度。NEAの広報担当者は「サンプル数が少ない国もあるので国別の比較は注意が必要」としているが、20%に届かなかった国は日本だけで断トツの最下位だった。

 給与データを提供した加盟国全体では、女性の給与は男性より平均5%少なかった。日本は男性の約4分の3にとどまり、男女間の差がより大きかった。なぜ女性の平均給与が低かったのか。国の原子力委員会は「上級管理職ポストに就く女性の割合が極端に低いことが一因」と分析した。

 ▽男性と比べて遅い昇進

 調査に関わった、東京都市大(旧武蔵工業大)原子力研究所の客員教授で原子力委員会の岡田往子(おかだ・ゆきこ)委員は、驚くことなくNEAの調査結果を受け止めた。「私も原子力関係にずっといたわけですから、女性が少ないことは分かっていた。さもありなん」
 岡田さんは1980年、日本大農獣医学部を卒業。研究者になろうと大学院進学を目指した。大学4年生のころ、進路相談をした男性の指導教授に言われた一言が当時全く理解できなかった。指導教授は「女の命は短い」と言ったのだ。
 この意味を理解できたのは40歳で結婚したころのことだった。女性は結婚や出産で退職するから研究者として研究できる期間が短い―。この男性教授はこういう趣旨のことを言いたかったのだろう。

東京都市大原子力研究所。廃止措置中の原子炉は円形の建物に格納されている=神奈川県川崎市、岡田さん提供

 こうした考え方はこの男性教授に限ったことではなかった。就職後、管理職の立場にある教授からは「3年は居ろ、5年は居るな」と言われたこともあった。「良い方向に解釈すると、『早くいい人を見つけなさい』という意味かもしれないが、私は研究をして働き続けることが夢。『志がありますから』と言い返した」
 東京工業大の研究生を経て1981年、環境中の微量な元素を分析する技術に興味を持ち、東京都市大の原子力研究所に技術員として就職した。
 「分析屋さん」と自称する専門分野は放射化学。熱出力100キロワットの研究用原子炉に高純度のシリコンやアルミニウムなどを入れて放射線を照射し、取り出して分析するのが仕事だった。
 産業界の依頼を受けて、パソコンのメモリーなどに用いられる半導体材料の不純物となる放射性物質を取り除くため、1兆分の1グラム単位の放射性物質を測定する分析手法の開発などに取り組んだ。

東京電力福島第1原発から飛散した放射性物質を調査するため赤城大沼で採取した試料を分析する岡田さん(右端)=2020年3月、前橋市(本人提供)

 自分の仕事ぶりについて「男の2倍働いてやると思っていた。実際は1・5倍だったかな」と振り返ったが、男性と比べると昇進は遅かった。授業を担当する講師になったのは41歳、准教授になったのは54歳だった。岡田さんは「一般的に男性の場合は40代前半で准教授、40代後半に教授になるケースが多いと思う」と話した。
 原子力分野で働く女性の昇進が男性に比べて遅いことは、NEAの調査結果にも表れた。2021年に昇進した人に占める女性の割合は、加盟国平均で27%だが日本は14%にとどまっているという。岡田さんは「女の人が一生懸命働いてもなんか報われないな」と話した。

 ▽定年まで残った女性は私1人

 43歳で出産した後は、仕事と家庭の両立に苦労した。原子炉は一度動かすと、制御室に人を張り付ける必要があるためシフト制となる。岡田さんは運転中、ほぼ現場に張り付き、照射と測定を繰り返す。自分の研究に加え、受け持ちの授業とその準備にも忙殺された。夫は長期出張が多く、札幌市に住む母親のサポートで育児を乗り切った。
 だが岡田さんは研究をやめようとは思わなかった。その理由について「自分の仮説に(研究結果が)近づいていったら面白い。楽しいことはやめられない」と話した。一方、原子炉が動いていた1980年代当時、原子力研究所には8人の女性がいたが、定年まで残ったのは岡田さんだけだった。
 NEAは原子力分野の問題として、緊急時対応やシフト勤務の厳しさ、女性リーダーの不足、原子力の仕事は男性がするものだという社会通念などを指摘している。

福島県田村市芦沢小学校で教える岡田さん=2015年12月(本人提供)

 ▽最近は改善傾向も

 今回のNEAの日本のデータは公的機関の職員だが、原子力分野で女性は非常に少ない傾向がある。
 日本原子力産業協会で情報・コミュニケーション部長を務める石橋すおみさんは「原子力の仕事をしていると、孤独感を感じることは少なからずある。何十人もいる部門で女性は自分一人ということが長くあった」と話す。
 男女共同参画学協会連絡会によると、2021年に連絡会に加盟する国内の各学会の女性割合は平均14%だが、日本原子力学会は5%だった。
 ただ、最近は改善の傾向がうかがえるという。原子力規制庁は今年、40人の新入職員を採用し、そのうち女性は45%を占めた。
 日本原子力産業協会が昨年10月に東京と大阪で開いた合同企業説明会に参加した学生は計473人で、女性は24%だった。
 NEAの調査によると、日本の2021年の新入職員に占める女性の割合は27%で、加盟国の平均29%にあと一歩というところまで近づいた。

日本原子力産業協会が開いた合同企業説明会に参加した学生ら=2022年10月、東京都内

 ▽女性の能力使わないのはもったいない

 岡田さんは、原子力分野に女性が増えると、原子力の安全性が向上することにもつながるのではないかと考えている。
 1989年、岡田さんが勤める東京都市大原子力研究所で、研究用原子炉の冷却水漏れ事故が発生した。アルミ製の原子炉容器底部に水蒸気が付き、腐食で小さな穴が開いたことが原因だったが、最初に水漏れに気付いたのは運転員の女性だったという。その女性は『なんか変だ、なんか変だ』と数値に出てこない変化に気がついた。男性は数値に表れないと扱わないでしょ。女性の安全に対する意識は高いと思います」

東京電力福島第1原発から飛散した放射性物質を調査するため赤城大沼を訪れた岡田さん=2020年3月、前橋市(本人提供)

 岡田さんは「いろいろな物の見方や意見を言い合える環境、つまり多様性があると原子力は安全な方向に進んでいく。女性の能力を使わないのはもったいない」と強調した。

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