どう撮影した? 新旧「ワンショット映画」ヒッチコック『ロープ』から『1917 命をかけた伝令』、最新作『ソフト/クワイエット』まで解説

『ロープ』© 1948 Transatlantic Picture Corp. Renewed 1975 United Artists Television, Inc. All Rights Reserved.

最近、とみに増えてきた感のある“ワンショット映画”――つまり、90分とか120分の物語を、全編連続したひとつのショットだけで描くという手法の映画なのだが、おそらくは小型で高性能な撮影機材(スマホ一台でも撮れる!)の発達で、技術的にそれが容易に実現可能となったからこその流行りなのだろう。

この手法がにわかに注目を集めるようになったのは、この手法で描いた『1917 命をかけた伝令』(2019年)が米アカデミー賞の撮影賞・視覚効果賞・録音賞の三部門を受賞したからではないだろうか。今回は、そんな“ワンショット映画”の醍醐味を考えてみたい。

ヒッチコックの元祖ワンショット映画『ロープ』

今でこそ様々なパターンで作られるようになった“ワンショット映画”だが、実は最も早くこれに取り組んだのはサスペンスの神様=アルフレッド・ヒッチコック監督だった。

作品は『ロープ』(1948年)で、これはヒッチコックにとって初のカラー作品であるとともに、全編、マンハッタンのある高層アパートの一室で起こる物語という制約を課している。加えて、80分の全編がワンショットで撮られているように見える工夫をこらした実験的作品だった。

主人公は、自分たちが他よりも優れた人間であり完全犯罪だってできるということを証明したいだけの理由で、大学の同級生を殺した二人の青年。――二人は、殺した青年の部屋に、その青年と親しかった人々を招き、死体を隠した衣装箱をさりげなく置いたままの状態でパーティを開き、誰も死体に気がつかずにパーティを楽しむ様子を見届けることで自分たちの超人性に酔おうというのだ。

古典映画ならではの手法

物語は、招かれた客の一人で、青年たちを教えていた大学教授のジェームズ・スチュアートがやがて二人のたくらみに気が付いて……という具合に進んでいく。撮影では、当時10~15分でフィルムを架け替えなくてはならなかったため、フィルムチェンジのタイミングで人物の背中とか蓋を大写しにして、その同じカメラポジションから新しいフィルムに切り替えて繋いでいくという手法が用いられた。

ほかにも、同時期の古典的名作の一本、西部劇の『真昼の決闘』(1952年)でも、ワンショットで撮っているわけではないものの、85分間で起こる物語を実際に85分で描くというリアルタイム劇の構成が話題となった。

大昔の映画だからと思って高をくくっていると、実は意外と今の映画よりも革新的な手法がとられていたりするので、たまには古典的映画も観てほしいところだ。

『1917 命をかけた伝令』が示してみせた大きな可能性

『007 スカイフォール』(2012年)、『007 スペクター』(2015年)の監督として知られるサム・メンデスが第一次世界大戦を題材に撮った『1917 命をかけた伝令』。撤退したと見せかけてイギリス軍の攻撃を待ち伏せしているドイツ軍の情報を、攻撃に掛かろうとしている大隊に知られる任務を与えられ、1600名の大隊の兵士たちを死なせないために危険な戦場を進んでいく二人の若いイギリス兵を描いている。

トム・ブレイク(ケイト・ウィンスレットの甥っ子のように見えるディーン=チャールズ・チャップマン)とウィリアム・スコフィールド(ケヴィン・ベーコンの遠い親戚のように見えるジョージ・マッケイ)の二人の若い兵士が、狭い塹壕の中を、そして累々たる死体が放置されたままのぬかるんだ窪地の中を進んでいく様子は、手持ちカメラで撮影することで観客が二人と共に進んでいくような臨場感に満ちている。それが全編ワンショットで撮られていることで、さらに物語の中への没入感を得られる仕組みだ。

ワンショット映画の醍醐味を再発見

もっとも、実際にはロングショットを複数回に分けて撮影し、それを編集で繋げて“ワンショット映画”のように見せているのだという。――たとえば、ドイツ軍の地下基地の中に仕掛けられていたブービートラップでウィリアムが生き埋めになるシーンや、ドイツの狙撃兵との相撃ちで気を失ったウィリアムが目覚めると日が暮れている、といったシーンが、カメラポジションは繋がっているもののショットとショットの繋ぎ目なのだろう。

その意味では、ヒッチコックが70年以上も前に『ロープ』で試みたのと同じ手法ということになるが、もちろん最新の機材で撮影し、最新のデジタル技術で繋いでいるので違和感は全くなく、完全にワンショットで撮られているように見える。

この作品が高い評価を得て、幅広い観客層にアピールしたことによって、“ワンショット映画”の醍醐味が再発見されたといっても過言ではないだろう。特に、いつどこから銃弾が飛んでくるかもしれない戦場の真っ只中で、地べたに這いつくばって進んでいく主人公たちの緊張感というものが、リアルな臨場感をもって観客に疑似体験されていく構造が、あたかもVRのような映画体験となって若い観客たちにアピールしたことは見逃せない。

ヤクの売人の“最後の仕事”描く『ナイトライド 時間は嗤う』

『ナイトライド 時間は嗤う』(2021年)の主人公バッジ(モー・ダンフォード)は、最後のひと山を当てて裏社会から抜け出し、恋人とのまっとうな暮らしを手に入れようとするドラッグ・ディーラー。もちろん、過去に数多の映画で描かれてきたように、「これが最後の大仕事」と決めて挑む仕事が目論見通りにいくはずはない。

闇金業者から10万ポンドもの大金を借りてブツを仕入れ、倍の値段で売り抜けようというバッジだったが、弟分のヘマで、ブツを積んだトラックを盗まれてしまい、闇金業者からは返済を迫られて刺客を送られるというピンチに陥る。

臨場感、そして観客が焦燥感を共有できるメリットを示した犯罪映画

映画は、まさしく94分のワンショットで、この運命の一夜を必死に切り抜けようと車で奔走するバッジの姿を観客に同時体験させるのだが、毎日、11時間のリハーサルを1週間続けて、6週間で6テイク撮影したのだという。実際、様々なアクシデントに見舞われながらの撮影だったそうだが、だからこそ尚更、観客もまた予測不可能なスリリング体験を、カメラの設置されている助手席で共有することになる。

“ワンショット映画”は、大抵は限られた空間や限られた登場人物という制約の中でしか描かれ得ないが、逆にその分、現実感を得られるわけだし、製作する側の立場で考えれば極めて低予算で製作することができるというメリットもある。その醍醐味は、予測不能な展開を映画の中の主人公と一緒に疑似体験させられる臨場感にこそあるのだから、あとはいかにスリリングな物語を展開させるか、というアイディア勝負となってくる。その意味で、本作のようなクライム・アクションというジャンルはうってつけなのだ。

【心の闇とヘイトクライム】負のスパイラルを体験『ソフト/クワイエット』

2023年5月から公開中の新作『ソフト/クワイエット』もまた、“ワンショット映画”であるというメリットを最大限に生かしたストーリー構成で見る者を圧倒する。掛け値なしで、本年度一番の問題作といってよいだろう。

ブラムハウスというホラー/スリラー分野のトップ・ブランドによる製作ということで、ジャンルとしては一応スリラー映画という括りに入るのだが、ブラック・ライブズ・マターの盛り上がりと共に主にアメリカ西海岸の都市で顕在化してきたアジア系人種へのヘイトクライムという、タイムリーかつ極めて社会的なテーマを真正面から描いている。

ストーリーは、平凡な田舎町の郊外にある幼稚園に勤める教師エミリー(ステファニー・エステス)が、自分の知り合いや、そのまた知り合いなど5人の白人女性たちを森のはずれの教会談話室に集めて、白人至上主義の“アーリア人団結を目指す娘たち”という団体を結成するところから始まる。彼女らは、いずれも多文化主義や多様性が重視される昨今の風潮に反感を抱き、有色人種や移民たちが自分らの仕事を奪い、彼らへの優遇措置が自分たちを不当に低い境遇へと追いやっていると思い、不満を募らせている。

日頃の不満や悩みを互いにぶつけ合ってストレス発散するだけならよかったのだが、その後、彼女らはあるリカーショップで二人のアジア系女性に出くわして一触即発の口論に発展。さらに腹の虫が治まらないことから、自分たちよりも豊かな暮らしをしているそのアジア人女性の家に忍び込んで家を荒らしてしまおうと計画する。……そこへ二人が帰ってきたことで、事態は取り返しのつかないおぞましき犯罪へと一気に発展してしまう!

ワンショット映画の特性を最大限に生かした怪作

それぞれに不満を抱えて暮らす、誰にでも思い当たるような日常の一日が、悪夢のような惨劇に変わっていってしまうまでの緊迫感が、文字通りワンショットで綴られていく。見ている人は、まるで自分も彼女たちと一緒に否応なく暴力的な非日常へと放り込まれるような恐ろしい体験を迫られる92分間だ。

これが初監督作になるベス・デ・アラウージョは、自身もアジア系のアメリカ人として、現代人の心の闇の部分を見事にあぶりだし、逃げ出したくとも逃げられない没入感で観客にトラウマを与えてしまう。これぞ“ワンショット映画”の特性を最大限に生かした怪作だ!

文:谷川建司

『1917 命をかけた伝令』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年6月放送

『ソフト/クワイエット』はヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国順次公開中

『ロープ』はPrime Videoほか配信中

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