「冤罪生み出すシステムへの怒り、伝えたかった」 ドラマ「エルピス」制作者の訴えとは

弁護士らとの討論で「ドラマで興味を持ってSNSで発信してもらうだけで世の中が変わることもある」と話す佐野亜裕美プロデューサー(左から2人目)=4月22日、大阪弁護士会館

 今年、滋賀県日野町で酒店経営者が殺害された「日野町事件」や、静岡一家4人殺害事件を巡って再審開始決定が相次ぎ、再審を巡る法改正に注目が集まっている。こうした中、昨秋、実在の冤罪(えんざい)事件をモデルにしたテレビドラマ「エルピス―希望、あるいは災い」を制作した関西テレビの佐野亜裕美プロデューサー(40)が、日弁連の再審法改正企画のシンポジウムに登壇し、「興味を持ってもらうことがスタート。ドラマでできることをやろうと思った」と創作秘話を語った。

 「エルピス」は、長澤まさみさん演じるアナウンサーが、深夜の情報バラエティー番組のディレクターから連続殺人事件の死刑囚の冤罪疑惑を聞き、テレビ局内の軋轢(あつれき)や政治的圧力と闘いながら事件の「真相」を追うストーリー。実在の複数の事件から着想を得ているとされ、冤罪や再審制度の関連書9冊を参考文献に挙げている。優れた番組を顕彰するギャラクシー賞で、2022年度のテレビ部門の大賞に選ばれ、先月31日に贈賞式が開かれた。

 シンポは大阪弁護士会などが主催し、4月下旬、大阪市内で司法関係者や市民らが参加して開かれた。参加者はオンライン視聴と合わせて約300人。会場には大学生など若い人たちの姿が目立った。

 佐野さんは静岡県出身で、静岡一家殺害事件の袴田巌さんの再審請求には以前から関心を寄せていた。「冤罪は交通事故のようにいつ巻き込まれるか分からず、人生が奪われる。恐怖を覚えた」。東京のキー局では企画が通らず、関西テレビに転職してドラマを実現させた。その原動力について、「冤罪を知らなかったことへの罪悪感や、知ってしまった後の冤罪を生み出すシステムへの怒りを伝えたかった」と説明した。

 深く考えたり議論したりしなければいけないことを視聴者と共有できるよう意識し、そのため、あくまでエンターテインメントに徹した。一例が、権力者が身内をかばうために冤罪をつくり出し、報道機関に圧力をかけるというストーリー展開だ。佐野さんは「マスメディア全体が権力に萎縮していく中で、せめてフィクションの中だけでも痛烈に批判したいという思いがあった」と明かした。

 弁護士や新聞社の論説委員との討論では、冤罪を生む仕組みに話題が及んだ。捜査機関や裁判官ばかりが批判されるものの、無実の訴えを信じられなかった弁護士や、犯人視報道をしたマスメディア、それを求める視聴者の好奇心も問われるべきではないのか。佐野さんは「冤罪は一人の権力者がつくるものではないと理解しながら、あえてそうではない描き方を選んだ。分かりやすい敵がいないところに難しさがある。もっとちゃんと描く機会があったら」と先を見据えた。

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