けいれん、幻聴など依存の可能性あり!長期・高容量服用がもたらす向精神薬の危険性

(写真:PIXTA)

歌舞伎役者、市川猿之助(47)の父母が向精神薬中毒で死亡という衝撃的なニュースから、にわかに「向精神薬」が注目を浴びるようになっている。

向精神薬とは、鎮静剤、抗うつ剤、抗不安剤、睡眠導入剤などの総称で、不安、パニック障害、睡眠障害などの治療に用いられる処方薬だ。近年、服用する人が増えている。

不安や不眠に苦しんでいたり、気分の落ち込みを解消するために使われるこの薬が、実は死を招くほどのリスクをはらむとは……。

「今回の事件では、服用された薬の量や、何を一緒に飲んだのかなどの詳しい情報が報道されていないので推測でモノは言えませんが、昔は、睡眠薬といえばバルビツール酸系で、呼吸抑制や依存性が強く、常用量と致死量も近いものでした。使用には厳重な注意が必要で、今は推奨されていません」

こう話すのは、“薬を使わない薬剤師”がキャッチフレーズの宇多川久美子さんだ。

「現在は、常用量と致死量の差が大きいベンゾジアゼピン系の薬が安心・安全とされ、最もよく使われています。さらに、近年登場した2種類の薬、メラトニン受容体作動薬とオレキシン受容体拮抗薬も、安全性の面から主流となりつつある薬です。これらの薬は相当量服用しないと死に至りません」(宇多川さん・以下同)

そうはいっても、向精神薬は中枢神経に作用することから、多種多様な副作用や依存症のリスクがあるのだそう。

「薬が効いているということは、同時に副作用も働いています」

【向精神薬の処方箋に副作用として記されているもの】

・ふらつき、転倒
・頭痛、めまい
・排尿障害
・認知機能低下
・記憶障害、物忘れ
・せん妄
・肝、腎機能障害
・うつ
・倦怠感

ざっと見ただけでも、これだけの副作用があることを、一体どれだけの人が認識しているのだろうか。

「睡眠を目的として服用直後に眠ってしまえば、それでよいのですが、もうろうとした状態で家事をしてそれを覚えていなかったり、歩き回ろうとしてふらついて転倒したり、けがをしたり、ひどいと記憶障害になることも。さらに、向精神薬を服用することで、ふだんならまずしないような行動に走ることもありえます」

■向精神薬の需要は世界的に高まる

海外のある報告書では、世界の睡眠導入剤市場は’30年まで毎年7%以上の成長率が見込まれているという。日本も例外ではない。

特に近年、向精神薬の需要が高まっている背景には、新型コロナウイルスの流行による継続的なストレスや、急激な生活様式の変化によるものなどが考えられると宇多川さんは指摘する。

向精神薬は医師であれば、精神科に限らず何科の医師でも処方できる。たとえば、内科や皮膚科でも不眠を訴えると睡眠薬などの処方箋が出るため、多くの人にとってわりと簡単に手に入るようになっている。

また、利用者の傾向を見ると、向精神薬の処方は年齢とともに増えている。右肩上がりになるのが、更年期の年代である40~50代から。日本人の40~50代の女性は世界でも睡眠時間が少ないことが知られているが、寝つけない、熟睡できないといった睡眠障害や中途覚醒などから、向精神薬の服用に至る人も少なくない。

実際に、更年期障害のある女性の約20%が睡眠薬を処方されているというデータが、’16年に日本睡眠学会で発表されている。

その背景を宇多川さんはこう説明する。

「更年期世代はホルモンバランスの乱れによる不眠や不安が挙げられます。また、加齢とともに体内時計のリズムが狂い始めます。若いころに比べて運動量も足りないため、体が疲れにくく、夜間の眠りも浅くなります。さらに高齢になるほど周りの人との離別や死別が増え、孤独を感じるようにも。こうした理由が複雑に絡み合って、不眠や不安が起こるのです」

■依存症や副作用も。使用法には注意を

晩酌しながらの食事を好む人にとってアルコールと薬の併用は禁忌だが、守れない人も多いだろう。

「アルコールと同時にお薬を飲むことはなくても、薬を服用している間はアルコールを控えるべきです。アルコールの入った体に睡眠薬を入れると、アルコールの作用が強まったり、急激に薬が効いてしまうなどの“危険な作用”を起こすこともあります」

向精神薬を服用するにも、使用は1週間~10日程度の短期間が基本であることを知っておこう。

「向精神薬は取り扱いに関する規定が設けられていて、14日、30日、90日と投薬日数が制限されています。これは向精神薬の乱用や依存を防ぐためです。しかし、繰り返し処方してもらえば長期投与となり、依存のリスクも大きくなります」

依存状態になると、不安、けいれん、幻聴などの症状が起こり、薬をやめることが難しくなる。

薬の長期服用は、肝臓、腎臓の機能にもダメージを与える。

「そもそも肝臓には解毒作用、腎臓にはろ過作用がありますが、高齢になるほど多剤服用の傾向がありますから、肝・腎機能に相当な負担をかけているはずです。そういう意味でも、向精神薬の長期服用は注意が必要です」

しかし、だからといって、決して独自の勝手な判断で急に服用をやめたりしないように。薬の離脱症状もあるので、まずは少しずつ薬を減らす“減薬”から始めよう。

「まず、主治医に減薬の意思を伝えましょう。もし、主治医が減薬に応じてくれない場合、セカンドオピニオンを求めてもよいと思います。今は減薬の重要性を理解して、勧める医師も増えています」

■薬に頼らない生活を取り戻すには?

できたら毎朝早起きして、朝日を浴びること。セロトニンが分泌されて、夜になるとセロトニンを材料にメラトニンが作られることで自然と眠くなる。日中の運動も心掛けよう。

「薬は、眠れなくて生活に支障が出たり、困っているときに一時的に使うためのものです。長期間にわたって使用し、『飲まないと不安だ』という場合はすでに“依存症”です。さまざまな副作用のリスクをはらんでいることを忘れないでください」

体は太陽のリズムに反応してくれるし、運動をすることでそのリズムを取り戻すこともできる。頑張って、薬の不要な道をゆこう。

© 株式会社光文社