「セクハラは原則降格」パナソニック子会社の厳格なコンプラに広がった不安「ぬれぎぬはないの?」 専門家「認定には適切な段階を踏む」と心配払拭

パナソニックコネクトのオフィス。右端が樋口泰行社長=4月26日、東京都中央区

 一度でもセクハラがあったら原則降格―。日本の企業で最も厳しいレベルを目指したというパナソニックコネクトの人事制度が今年2月に報じられると、ネット上では「ぬれぎぬでも降格になってしまうのか」「パワハラはどうなのか」との声が上がった。企業のコンプライアンス(法令順守)の取り組みが年々厳しくなる中、こうした不安はもっともだ。何をどう気をつければいいのか。罰則の強化でかえって被害を申告しにくくならないだろうか。ハラスメント認定の実態を専門家に聞いてみると、不安の声を払拭してくれる力強い答えが聞けた。(共同通信=浜田珠実)

 ▽外資系企業なら当日クビ

インタビューに答える、パナソニックコネクトの樋口泰行社長=2月、東京都中央区

 パナソニックコネクトは、パナソニックホールディングスの子会社で製造や物流現場の効率化支援ソフトや、航空機の座席で見られるエンターテインメントシステムなどを手がけている。社長の樋口泰行氏は日本マイクロソフトの会長を務めた経験があり、外資系企業のコンプライアンスにまつわる事業環境に詳しい。

 樋口社長はこう強調する。「ハラスメントに関して日本ではいろいろな状況を考慮するが、海外ではその日のうちにfire(クビ)もあり得るという厳しいやり方をしている。トップでも職を失う。そういう雰囲気だった」

 罰則を2022年10月末から導入し、半年が過ぎた。効果や影響は出ているのだろうか。

 「断言するには期間が短いが、減ったという感触はある。声を上げやすくなったおかげで件数は一時的に増えた。セクハラを訴えてもいいんだという認識が社員に浸透しつつある」と話す。ハラスメントの認定は経営の執行ラインから独立したコンプライアンス委員会が行っており、公平な判断を求める仕組みをつくった。

 事案のレベルごとに罰則を設け、基準を社員に公表している。例えば、実際にセクハラに当たる言動があった場合、情状酌量の余地がなければ原則降格となる。ただ、性的に不快な写真や絵などを人の目に触れる場所に置くといったいわゆる「環境型セクハラ」などは、軽度と判断された場合は一発降格とはならない。

 さらに、パナソニックコネクトは4月からハラスメントがあった場合、人事評価にも反映させるように制度を改定した。定期的に自分を省みる機会を設けることで、ハラスメントを起こさない企業風土の定着を目指している。

 ▽いわれなき処分の心配はない
 大阪市に、年間1千件を超えるハラスメント相談を受ける団体がある。一般社団法人日本ハラスメント協会だ。全国の企業や学校など約85団体と契約し、外部相談窓口の業務委託を受けている。公認心理師などの資格を持つカウンセラー約150人が在籍し、訴えがあれば本人や同僚から聞きとり調査を行う。

 ほぼ全ての相談に目を通している村嵜要代表理事に、パナソニックコネクトの取り組みに関してネットで上がった声について聞いてみた。村嵜さんは一般論として、次のように説明した。「認定までに適切な段階を踏むので、いわれなきセクハラで処分を受けるかもしれないと心配する必要はない」。

 まず、日本ハラスメント協会に寄せられる年間1千件のうち約95%はパワハラだ。セクハラは約3%で、残りはマタハラや複雑なケース。さらに言えば数少ないセクハラのうち、訴えられた本人が認めるケースは約6割に上る。多くの事例があったり、長期間に及んだりした場合に総合的にセクハラと認定するケースが3割。証拠が不十分で認定されない場合が1割だという。

日本ハラスメント協会の村嵜要代表理事=3月9日、大阪市

 本人が認めるときは大抵、「ここまでは言ってないし、やってない。でもこれはやった」などと、一部を認めたことをきっかけに事実認定が進むことが多いそうだ。一方、本人が全否定し目撃者もいない場合は認定せず、「誤解されないように気をつける必要がありますよ」などと助言を添える。相談者も、再びセクハラが起きた場合は意識して証拠を集めてくるという。

 ▽作り話はぼろが出る
 調査を進める中、相手を陥れるために作り話を訴えたことが判明したケースはあるのだろうか。

 「うちの協会では今のところない。うその訴えはばれた場合、逆に処分を受ける。雇用契約終了間際や退職直前などでない限り、リスクが高すぎる。仮にうその訴えがあっても、認定までに多くの同僚から聞き取りを行う。本人にもセクハラの時期や場所、周囲にいた人、話の流れなど事細かに聞くので、もし作り話だとぼろが出てしまう。実際にハラスメントを受けた人はそのあたりも鮮明に覚えている」

 こうした訴えの真偽を判断する必要があるため、日本ハラスメント協会は有資格者をそろえている。

 ネットで上がった不安の声には「元々交際していて破局後にセクハラと訴えられることはないのか」というものもあった。日本ハラスメント協会ではこのケースも扱ったことはないという。

 「仮にそういう事例があっても、複数の同僚に聞き取って『この期間に2人は付き合っていたように見えた』などの証言が信用できるなら、同意の上だったとしてセクハラ認定はしない」

 セクハラにまつわる手続きは、被害者を再び傷つける「セカンドレイプ」を誘発してしまうことから被害者の口から語られることが少ない。このことも、不安を招いてしまう要因だろう。

 ▽パワハラは判断がより難しい
 日本一の厳しさを目指したパナソニックコネクトも、「一発降格」の罰則をパワハラに導入することは避けた。樋口社長は背景をこう説明する。

 「パワハラはより客観的に事実を掌握することが必要だ。文脈を踏まえると指導の範囲だったケースがよくある。事実を把握できれば、セクハラ同様厳格に対処する」

 日本ハラスメント協会の村嵜氏は、パワハラにはこうした性質があり、社内調査ではっきりと白黒を付けることが難しいと指摘する。

 「当事者に対する主観が入ってしまい、判断が難しい。業績上優秀な人が処分されると、仕事が回らなくなるなど複雑な思いを抱える幹部もいる。そういう場合はぜひ社外の相談窓口を頼ってほしい」

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