祝・カンヌ男優賞受賞! 役所広司の名演に「撮影監督が肩を震わせて泣いた」!? 『PERFECT DAYS』ヴェンダース監督が“小津リスペクト”明かす

第76回カンヌ国際映画祭 『PERFECT DAYS』 撮影:石津文子

「これで柳楽くんに追いついたかな」

第76回カンヌ国際映画祭で、ドイツのヴィム・ヴェンダース監督作『PERFECT DAYS(パーフェクト・デイズ)』に主演した役所広司が、見事に男優賞を受賞。『誰も知らない』(2004年)の柳楽優弥以来、19年ぶり二人目の日本人俳優の受賞だ。

ご本人も受賞後に「これで柳楽くんに追いついたかな」と笑っていたが、本当に、本当にこれは嬉しいこと。日本の宝と言うべき役所広司が、ようやく正当に評価されたのだから。

10分ものスタンディング・オベーションを受けた公式上映直後から、役所さんの男優賞の声はかなり聞かれており、私も周囲には大いに吹聴していた(実はとあるテレビ番組向けに「役所さん男優賞の可能性」と話していたのだが、なんと日本で起きた大事件のために、私のコメントは飛んだのだった)。

役所広司&ヴェンダース 現地インタビュー

大好きな、そして真面目な役所さんにプレッシャーをかけてはいけない、と思いつつ、授賞式の当日、まだどうなるか分からない時点でのインタビューとなったが、この数時間後、朗報が聞かれることとなった。

『PERFECT DAYS』で役所さんが演じるのは、トイレ清掃員の平山。毎日、仕事に精を出し、銭湯で汗を流し、文庫本を読みながら眠る日々に満足している、寡黙な男だ。しかし、その表情が色々と想像を掻き立てる。

『パリ、テキサス』(1984年/第38回パルム・ドール)、『ベルリン・天使の詩』(1987年/第40回監督賞)、『時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!』(1993年/第46回審査員グランプリ)以来、ヴェンダース作品としても現地で高い評価を獲得しており、インタビューでも監督と俳優の完璧かつ幸福な関係がひしひしと感じられた。

「“謙虚さ”は日本の伝統的なものに根付いている部分がある」

―役所さんが演じた“平山”は、『東京物語』(1950年)で笠智衆が演じた主人公をはじめ、小津安二郎の映画ではお馴染みの名前です。また、アオイヤマダさんが演じたアヤですが、やはり小津映画では、若く溌剌とした女性の名前としてよく使われています。実は私もアヤコと言いますが(笑)。そこかしこにヴェンダース監督の小津安二郎への愛を感じますが、小津の影をどのように感じながら、この映画を撮っていたのでしょうか?

ヴェンダース:実は今回カンヌが始まってすぐ、今まで未見だった小津の映画『宗方姉妹』(1950年)を4K修復版で観ることができたんです(カンヌ・クラシック部門で上映)。本当に美しい映画で、素晴らしいカンヌの始まりとなりました。姉妹の、特に妹が信じられないほど現代的で驚きましたし、まさに『PERFECT DAYS』の中のアヤとニコ(中野有紗)を思い出しました。もちろん、役所広司さんは私にとっての笠智衆です。

―監督が考える、日本の佳き男性象が、この平山という名前、そのキャラクターに集約されているのでしょうか?

ヴェンダース:平山さんは謙虚な男性です。全ての日本人が謙虚ではないですし、正反対な人に私も会ったことがあります。でも、謙虚さということに関しては、日本の伝統的なものに根付いている部分があるとは思いますね。謙虚さと言っても、ちょっと他の国とは違うというか。

平山さんが見せてくれる側面は、きっと世界中の人が共感できるものではないでしょうか。平山さんは今、この瞬間を生きている人物なんです。彼は出会った人々みんなに目を向け、そして物の細部に注目します。

中でも彼が好きな日々の細部、それが“木漏れ日”です。彼はとてもユニークな人なんです。平山さんのような人に、私は会ったことがありません(笑)。でも皆さんは、この映画を通して彼に会えるのです。

「“平山人”が増えると、いい世界になると思います(笑)」

―監督の今の言葉を受けて、役所さんは平山に対してどんな気持ちを抱いているか教えてください。

役所:撮影中に、監督は「ああ、平山の生活はいいなあ。羨ましいなあ」って、よく言ってましたね。彼のアパートを見てわかるように決して豊かではないけれど、最低限のもので、非常に満足して眠りにつき、その日あったことを夢に見て、目覚まし時計がなくても同じ時間に目が覚める。好きな本、好きな音楽を聴きながら、毎日満足して生きている平山という人が羨ましいなあ、と監督がおっしゃってましたけど、僕もそう思います。

僕たちは本当に物欲もあって、お金を貯めてこれを買おうなんて思うけど(笑)、彼にはそれがない。何かを手にいれるために人を傷つけることもなく、ゴミを出すことも最低限な人物だから、尊敬できますね。

―あの素敵な平山さんは、スクリーンの中にしかいない人なんでしょうか?

役所:そうですね。こういう平山さんみたいな人、“平山人”が増えるといい世界になると思いますけどね(笑)。

「役所さんの演技を見て、撮影監督がボロボロと泣き出してしまった」

―映画の終わり、カメラは長回しで平山の顔を写し続けます。3分近くあったように思いますが、役所さんの表情が圧倒的でした。あれはト書きや、監督から何か指示があったのでしょうか? それとも、役所さんが平山の気持ちを考えた上で演じきったのでしょうか?

役所:ト書きには、「平山は突然泣く」とだけ書いてあったんです。それだけ(笑)。監督は当日、「脚本には泣くと書いてあるし、泣いてほしいけど、泣かなくてもいい」とおっしゃったんです。

でも、そのシーンに流れる曲(ニーナ・シモンの「FEELING GOOD」)の歌詞を見ると、非常に前向きで、希望のある、これから生きていくのに元気が出るような内容だった。なので、僕の気持ちとしてはそこで泣くと言うのは難しかったけれど、そこは必死にやったという感じでしたね。あそこは実際に音楽をかけながら、何度かカメラ位置や照明を変えて撮りました。

―ヴェンダース監督は、あの表情を超クローズアップで3分近く長回し、しかもスタンダードサイズのほぼ真四角で撮ったのはかなりのチャレンジではないかと思うのですが、あえてそこに挑んだ理由を教えてください。

ヴェンダース:実は、最初は横位置からも撮ろうと思っていましたが、平山は運転をしていますから、他の車も映るわけで、ちょっとトリッキーだなと感じたんですね。実際、一度撮ったら、あまり横からのショットは必要ないと気づきました。この映画を終わらせるためには、平山の真正面からのショットだけで十分だとわかったんです。

そこで車を停めた状態でグリーンバックで2回撮りました。このショットが映画の最後のシーンですが、撮影の最後に撮ることに決めていました。映画の最初のショット、平山が布団から起きる場面も撮影の一番初めに撮ったんです。

―長回しは、実際には何分あったのでしょう?

ヴェンダース:曲が3分半あるので、それより若干短い程度ですね。あの超クローズアップでは、役所さんの泣きながら笑う表情の凄さ、その能力に圧倒されてしまって、撮影のフランツ・ラスティグがボロボロと涙を流し、さらに肩も震え出してしまったんです。撮影監督が撮りながら泣いているのなんて初めて見ましたから、「おいおい、ちゃんと撮れてるんだろうな」とハラハラしましたが、もちろん大丈夫でしたよ(笑)。

「役所さんは“繋がり”の匠」

―お二人で仕事をしてみて、何か化学反応のようなものを感じましたか?

ヴェンダース:フランツは今回、手持ちカメラで全編撮っているんですが、その場でどう動いても、役所さんが把握していることに驚愕していました。「いろんな俳優と仕事をしてきたが、役所さんは背中に眼がついているんじゃないか?」って(笑)。言葉が通じなくても、我々はとても通じ合っていました。

役所さんは、“繋がり”の匠でもあります。カットとカットの間、同じ動きを繋げることを多くの俳優はうまくいくかどうか怖がるんですが、役所さんは完璧なんです。全く自然にしながら、完全に繋がっている。ミスがない。ただ一つだけ、カセットテープが剥き出しだったのに、後になると箱に入っている、というのは役所さんのせいではなく、こちらのミスなんです(笑)。

役所さんは本当に監督にとっては夢のような俳優ですし、またいつかご一緒したいです。でも、まだ先の話はやめておきましょう(笑)。

役所:ヴェンダース監督はリハーサルがなくて、全て本番なんです。監督は、東京というのは沢山のノイズがあるので、音が悪くても撮影は止めず、ずっと撮り続けていく。テストもしない。それがちょっとドキュメンタリーを撮っているかのような雰囲気になっているかもしれませんが、僕にとっても初めての経験でした。

ずーっとそこで僕が生活しているのを撮っている、という感じがありました。だから録音部さんも、カメラ・アシスタントの人も、みんな大変だったと思いますが、その現場で淀みなく時間が流れていく体験は、俳優としては初めてでしたね。

「監督の“楽しい”という姿勢が僕らを励ましてくれる」

―役所さんから見て、一番印象に残っているヴェンダース監督の言葉や姿はなんですか?

役所:とても楽しそうに撮影をしているところですね。その「楽しいんだよ」という姿勢が、僕たちキャストやスタッフを励ましてくれるんです。それがヴィム・ヴェンダースという監督の大きな演出なのではないかと思いますね。本当に自由でした。

ヴェンダース:俳優の大きな仕事の一つは、その空間をどう満たすか、空間でどう動くか、ということだと思うんです。映画の中で、平山が自分の部屋を掃除するシーンがあるのですが、私は当初、ホウキで普通に掃く程度に思っていました。そうしたら役所さんが「うちの母親がやってた掃除の仕方があるんですよ」と言ったので、「ぜひやって見せてください」と頼んだんです。

すると、役所さんが「じゃあ、本番でお見せしたいです」というので、リハーサルをせず、すぐにそれを撮ったんです。古新聞をバケツで濡らし、千切って部屋中の畳の上に撒いて、それを掃いていく。その時の、役所さんの空間の埋め方があまりに見事で、どう動くかなど一切指示を必要としない、素晴らしいシーンでした。

取材・文・撮影:石津文子

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