動くか拉致問題、北が協議提案に即反応|西岡力 水面下での秘密協議がすでに始まっているか、近く始まる可能性が高い。ただし、そこで、合同調査委員会設置案など「全拉致被害者の即時一括帰国」ではないごまかしの提案が出てくる危険性がある。推移を注意深く見守るべき時だ。

拉致問題が動くかもしれない。岸田文雄首相は5月27日、拉致被害者の家族会などが主催した国民大集会で挨拶し、「首脳会談を早期に実現すべく、私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と述べた。すると、僅か2日後の29日、北朝鮮はパク・サンギル外務次官の談話を出して「朝日両国が互いに会えない理由がない」と応えた。

「会えない理由はない」

岸田首相は昨年10月の同じ集会で「拉致問題は時間的制約のある人権問題」と語ったが、今回は「時間的制約のある拉致問題は、ひとときもゆるがせにできない人権問題」と表現を強めた上で、「現在の状況が長引けば長引くほど、日朝が新しい関係を築こうとしても、その実現は困難なものになってしまいかねない」と親の世代の被害者家族が存命のうちに被害者を返さないと日朝関係改善は不可能になるという家族会および支援組織・救う会の主張と歩調を合わせた。また、「私は、大局観に基づき、…日朝双方のため、自ら決断していく」という表現が、ハイレベル協議提案のすぐ後に続いた。

北朝鮮次官談話は冒頭、「27日、日本の岸田首相がある集会で朝日首脳間の関係を築いていくことが大変重要であると発言し、朝日首脳会談の早期実現のために高位級協議を行おうとする意思を明らかにした」として、岸田提案をそのまま引用した。そして、「現在、日本は『前提条件のない首脳会談』について言っているが、実際においてはすでに解決済みの拉致問題とわが国家の自衛権について何らかの問題解決をうんぬんし、朝日関係改善の前提条件として持ち出している」として、日本批判を行った。

しかし、岸田提案を拒否するとは言わず「もし、日本が過去に縛られず、変化した国際的流れと時代にふさわしく相手をありのまま認める大局的姿勢で新しい決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら」という条件を付けて「会えない理由はない」と結論づけた。ここで、「大局的姿勢で新しい決断を下し」という表現に注目したい。上記の通り、岸田首相の挨拶に「大局観に基づき」「決断して」という表現があったからだ。岸田首相の使った言葉をわざわざ繰り返しているのだ。

要注意の合同調査委構想

北朝鮮が対外メッセージを出すときには、必ず金正恩委員長の決済が必要だ。岸田首相の挨拶は27日午後2時半近くに行われた。それを北朝鮮側はすぐ文字起こしして朝鮮語に翻訳し、金委員長に見せ、談話を出せとの指示を受けて談話案を作成して、再度決済を受けたはずだ。そのプロセスがわずか1日半で行われた。

北朝鮮側の日朝協議への熱意がここに表れている。水面下での秘密協議がすでに始まっているか、近く始まる可能性が高い。ただし、そこで、合同調査委員会設置案など「全拉致被害者の即時一括帰国」ではないごまかしの提案が出てくる危険性がある。推移を注意深く見守るべき時だ。(2023.06.05国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

西岡力

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