米澤森人 - 1年半ぶりの新曲「七等星」のリリースまでに対峙した内なる視座

自分自身にちゃんと向き合ったからこそ生まれた「七等星」という新曲

──早速、リリースから時間が空いたこの期間はどうされてました?

米澤:2021年に「春風は君のもの」(3月)、「ラストシーン」(7月)、「冬のはじめ」(12月)と配信シングルを三連続でリリースしたんですけど、「ラストシーン」を出した後の秋ぐらいから精神的に体調が良くないと言うか…自分の中で、嬉しいとか楽しいといった感情が出てこない感じがちょっとずつ出始めて。一旦ペースを落としてそれまで通りの音楽活動はできなくなっても、(生活する上で)元気なときは元気ですし、でも曲を作ろうとしても浮かんでこない。それまでは、曲を作ることに対して自信のようなものもあったんです。提供用のコンペに出す楽曲も含めたら年間100曲近くのデモを書いていたのが、突然、書けなくなったんですよね…そもそも、夕方までベッドから起きられないときもあったりする時期が続いたりしてしまって。

──なんと…そうでしたか。

米澤:でも曲は書けなくても、その代わりに短歌に出会ったんです。楽曲だとAメロからサビまで何百文字とかで言葉数も多いんですけど、短歌は31文字で書けるのもあって、どこに発表するわけではないですけど、曲が書けない間に500首ぐらい書いてました。

──それはすごい! 短歌に出会ったきっかけというのは?

米澤:辛い気持ちのときに出かけた書店でたまたま歌集を見かけて、面白いかもと思って。俵万智さんの『サラダ記念日』など有名な作品から読み始めて、曲が書けないながらも短歌を通して吐き出すという時期がありました。

──今も短歌作りは続けていますか?

米澤:今はちょっとずつ元気になってきたので、曲が書けるようになってきたんです。だから習慣として短歌を書くことはなくなってきてはいますけど、今もいろんな方の短歌を読むのが好きですし、書き溜めた短歌を短歌のコンテストみたいなものに応募してみようかなとか思ったりしています(笑)。

──ぜひ一首、披露してほしいです。

米澤:(携帯のメモを見ながら)どれが良いかなぁ…“今月はいつ会える カレンダー上小文字のoffを駆ける織姫”、もうすぐ7月で七夕なので、時季的にそれっぽいもので(笑)、どうでしょうか?

──(同席した全員拍手の中)素敵じゃないですか!

米澤:実は今回の曲、「七等星」も短歌から派生して出来たところがあるんです。体調を崩し始めた頃に“悲しみの底から空を見上げたら六等星と小花が見えた”というのを詠んで、そこから曲になっていった感じで。

──その新曲「七等星」は聴いた瞬間、ニヤッとしちゃいました。米澤くんが描く歌詞にもオリジナリティ・センスを感じていましたが、その上で今作が良かったのは広く誰かにと言うよりもいち個人・リスナーその人に向けて、自分の中にスッと入ってくる歌詞で。

米澤:ありがとうございます。“自分”というところで言うと、曲が書けなくなったけど短歌を書き続けて、(音楽が)できないなりにも自分にゆっくり向き合っていくという期間があって、僕自身も自分に向き合ったからこそ書けたのかなという感じがしますね。

──“七等星”というモチーフにも意味を感じますね。

米澤:短歌のほうでは実際の風景もイメージしながら詠んだので(肉眼でかろうじて見えるとされる)六等星という単語を使ったんですけど、曲を作るときには、自分の心の中というのを中心に考えて“(肉眼で)見えにくいけど一番明るい星にしよう”…自分で(心の中を)探して、見つけに行く、というところで「七等星」にしようって思いました。短歌を作っていた頃、坂口恭平さんの本にも出会ったんです。坂口さんは鬱と向き合いながらも絵を描かれている方なんですけども、本の中に“いろんなことを自分の中でストップをかけないで、思いついたらいろいろとやってみよう”みたいなことが書いてあったんですね。それで僕も、思い立ったらいろんなところに出かけてみようって日帰りで伊豆に行ったり、すぐに行ける鎌倉に行ったり、1カ月の半分ぐらい出かけたりもしてました(笑)。長野県の野沢温泉のスキー場がすごく好きで、青春18きっぷを使って各駅停車で8時間ぐらいかけて行ったりとか。そのゆっくりした移動の間にいろんな考え事をしながら自分の心も整理されたところがあったと思うし、そうやって出かける中で新しい短歌が生まれたりいろんな風景を見る中で、ちょっとずつ心が落ち着いていった、というのもあると思います。

──今、お話をされながらも良い笑顔をされていて心が穏やかなのだろうなというのが出ている感じですね。

米澤:今はかなり落ち着いてますし、何なら前よりもちゃんと、自分が本当はどういう感情なのかとか、心に真剣に向き合って考えられるようになったので、全部が全部辛いだけの経験だけじゃなく良いこともあったんだと思ってますね。

大好きな音楽はやめることなく、自分の気持ちに素直に曲を書き続けていく

──歌詞の中に“sweet home”と“sweet hood”が繰り返し出てくるのも印象的ですが、女性コーラスも入ってあたたかみを感じますね。

米澤:お〜、女性に聴こえました? あれは僕の高い声です、コーラスは全て自分で入れました。

──そうなのですか! あたたかみと言えば、“hood”はコートとかのフードの部分という英単語ですよね?

米澤:そうですね、且つ“近所”みたいな意味合いでこの単語を使いました。“home”は家で、“hood”は近場で、自分の心の近くと言うか…いろんなことがあって、自分の内面・内側に戻ってきてしまったけど、逆にそこから改めて自分のことを見つめ直して、頑張っていこう、みたいな意味で。自分の本当に好きなこと、内側にあることから始めてみよう、みたいなところは実は今回が最初じゃなくて、自分の人生全体でもそういうところがあったなと思っているんですね。

──と言いますと?

米澤:中学1年のときに交通事故に遭って、そのときに最初に精神的なものが冒されたんですね。今振り返るとその頃から旅好きだったのかなと思うんですけど、自転車で箱根に向かおうとしてる途中で休憩しようかと歩道に入って横断歩道を渡ろうとしたときに車にはねられてしまって、大腿骨を骨折してしまいました。ただ、それ以外の怪我は無くて時間も経て治ったんですけど、心のトラウマと言うか…1年近く学校に行けない時期があったんです。それで勉強とかもついていけなくなってしまって、高校受験の内申点は成績が反映されるところもあってヤバいなと思ったときに、もうペーパーテストの実力しか見ない難関校に入る以外方法がない、となって…。とりあえず好きな数学だけは勉強を始めよう、ってやる中で数学がもっと面白くなって猛勉強するっていう流れになれたんですよ。それで第一志望ではなかったけど行きたい高校にも入れて、這い上がれた…みたいな経験があったんです。そのときも何とか頑張れたし、“何とかなるぞ”っていう経験が(既に)あったから今回、体調が悪くなって活動がストップしても、自分のできる範囲でまた頑張っていこうっていう気持ちになれていたところはあったと思います。

──なるほど、“何とかなる”という思いを強く持って過ごしていたのですね。

米澤:はい、そこは一つ自分の中でちゃんとありました。そんな時を経て、今は平均して月に7、8曲は書けるようになっているので、もうほぼ戻った感じですね(笑)。

──すごいペース!(笑) それを聞くと、歌詞の中の“見たい未来が見えるね”にも説得力があるなと思ってしまいますが、米澤くんが今見えている未来ってどんな感じでしょう?

米澤:今、25歳ですけど漠然とこのぐらいの年齢から20代後半で“(アーティストとして)売れる”みたいな絵があったんですけど、でも音楽ってそれだけじゃないなと思うようになりました。それよりも、自分の気持ちに素直になって、自分が思っていることを素直に書けるような状態でやり続けていくことが大事だなと思って。急いでやる必要もないし、心がゆっくりできて自分の素直な部分が言える状態でいられるペースでやっていって、その先に、世の中で広く曲が聴かれていくようになれば良いな…と思っています。自分の心と、そして今、聴いてくれている方の心のために曲を書くということを続けていきたいと思ってます。

──2021年のRooftopでのインタビューで“自分だけがわかる世界でいいやって作った楽曲はポップスにはならない。例えば自分が悩んでいることを書いて、聴いてくれる方も少し楽になれたと思ってもらうように、ポップスは他の人に広げるという役割がある”という内容をお話しされていましたが、今回はこれまでの中でも特にこの言葉が当てはまるような楽曲だと思います。そして米澤ポップスでもう一つ触れなくてはいけないのは鍵盤の音ですが、ラスト前の間奏のピアノ旋律は本当に楽しそう!

米澤:ありがとうございます。あそこはもう、音楽は楽しいぞ! っていうのが自然に出た感じがしますね。何かを考えるわけでもなく、ただ音楽は楽しいっていうのを再認識しながら作った曲なので自然と出てきたフレーズでした。“音楽は楽しい”っていう一番大切なところ、そこに気づけたのも今回は本当にありますね。

──「七等星」は6月7日(水)に配信リリースですが、翌日に公開予定のMVがこれまた素晴らしい出来でした。モノクロで描かれた世界が、最後には…! という作品で。

米澤:「コップ」(2020年)以来で今回、2つ下の妹に作ってもらったMVなんですけど、イメージは擦り合わせながらも、最後の演出は妹が考えてくれたもので。自分がこういう状況だったのは妹もおそらく分かっていて、僕の中で何か晴れてきているのを妹も感じてくれているんだろうと思うし、出来上がったMVを見て僕も本当に嬉しかったですね。(これまでも)ジャケット写真は妹にお願いはしているんですけど、妹と作ると…小さい頃を一緒に過ごしてきたせいなのか分からないですけど、曲の世界にすごく自然に(映像の)世界が合っていく感じがあるんですよね。

──どんな展開のMVかはぜひ、最後まで通して皆さんにも見てもらいたいです。最後に、米澤くんが今、考えていることなどを聞かせてください。

米澤:自分の気持ちに素直に曲を書き続ける、まずはそれですけど、逆にこの先“今は曲を書けないぞ”というときがあってもそのときは、違うことをするときなんだと思って休んだりするのも迷いなくできれば良いなって思ってます。今、曲が書けるようになったこのペースを絶対に続けていかなきゃいけないとも思ってないし、仮にペースを落としたとしても大丈夫と思える環境を作れたらいいなと思ってます。今そう思えているのは、応援してくれている皆さんからのあたたかいメッセージもすごく大きいです。そして何よりやっぱり、音楽は絶対的に好きなので(笑)、きっと何があっても自然に音楽に戻ってくると思うので無理をせずにやれたら良いなと。それで…寄り道、回り道しながらでも自分が歌っていくことで、今、何かに辛いなと思っている人も、今いる場所だけに縛られずに、自分の気持ちが楽になれる場所を探して、そこからゆっくり始めてもいいんだよっていうことも…自分の曲はもちろんですけど、音楽だけではない自分の全ての活動を通して感じてもらえりしたら嬉しいな、って思っています。そういう意味で僕は、自然の中に行くことで楽になれた部分もすごくあったから、外でライブをやるといったこともこの先に考えてみたいなと思ったりもしてますし、ライブ、行けるぞ! っていうタイミングもそのうちきっと来ると思っているので。そのときには、お世話になっている新宿ロフトでももちろんまた、ライブをやりたいと思っています。

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