【日本】【Asiaトレンド事情】「国内初」女性アイドルが誕生 ミャンマーで夢を描け[社会]

クーデター以降、いまだ混迷が続くミャンマーで女性アイドルグループが誕生した。マネジメントを手がけるのは、同国で事業を展開する日本人実業家。始動のきっかけは「ミャンマーの若者に希望を与えたい」という思い。壁を乗り越え笑顔でステージに立つ彼女たちに、多くの期待が寄せられている。(文:古林由香、写真提供:ZERO2ONE)

ミャンマーの女性アイドルグループ「J−DiP」

カラフルな衣装を身にまとい、弾けるようなダンスを繰り広げる女の子たち。「萌え」の要素が詰まったパフォーマンスは日本のアイドルのようだが、歌詞はミャンマー語。彼女たちの名前はJ—DiP(ジェイディップ)。ミャンマー人の女性5人で結成されたアイドルグループだ。

デビューのきっかけは、最大都市ヤンゴンを拠点に2021年9月から翌22年2月まで行われた「ジャパン・ドリーム・アイドルプロジェクト」。現地で日本語学校の運営などを行うZERO2ONE(ゼロトゥーワン)の代表・加藤大樹さんが発案したオーディション形式のアイドル発掘企画だ。

クーデター勃発から間もない時期だったにもかかわらず、ミャンマー各地から約980人もの女性が応募。審査で選抜された15人がプロの講師による歌とダンスのレッスンを受け、その模様はユーチューブを通じて国内外で配信された。

今春仕上がった活動用の衣装第2弾。「衣装デザイナーにアイデア出しからお任せしています」(加藤さん)

4カ月にわたる厳しいトレーニングを経てデビューメンバーに選ばれたのは、パフォーマンスの才能はもちろん「アイドルになりたい」という強い意志を持つ10~20代の女性たち。オリジナル楽曲『Ichigo Parfait(いちごパフェ)』のミュージックビデオ(MV)を22年10月にユーチューブでリリースし、本格的な活動を開始した。

J—DiPは「ミャンマー発のJ—POP路線」をコンセプトに掲げる。楽曲は日本人の音楽プロデューサーが提供し、衣装デザインは、アイドルの活動経験を持つヤンゴン在住の日本人女性が担当。衣装の製作は、ミャンマーに工場を構える日系のウエディングドレスメーカー「アトリエE&M」が無償で受託。多くの日本人が参加しているだけあり、驚くほどJ—POPとしての完成度が高い。

メンバー自身も、日本発のアイドル文化やJ—POPに強い関心があり、応募動機につながった。

「BNK48(タイ・バンコクを拠点に活動するAKB48の海外姉妹グループ)の生ステージを見たのがアイドルを目指したきっかけ」と話すのはハルハナチュー。日本のアニメソングも大好きという彼女は、「デビューできれば、J—POPの良さをミャンマーでアピールできる絶好の機会だと思った」と語る。

昨年12月にグループに加入した最年少のエリカも、日本人女性3人組ユニットBABYMETAL(ベビーメタル)に引かれアイドルを志したと明かす。

枠内は氏名、年齢(5月31日時点)、紹介、①担当、②日本でやりたいこと、③憧れの人

■ミャンマーでアイドル、諦めるしかなかった

ミャンマーのアイドルシーンが動きだしたのは、11年の民政移管後だ。インターネットの普及で海外の芸能情報が急速に浸透し、韓国や日本などのアイドルグループが知名度を獲得。若い世代の憧れが強まった。一方でアイドルを育成するプロダクションは今も発展途上。現地に進出した韓国系の芸能事務所からミャンマー人男性グループAlfa(アルファ)が19年にデビューしたものの、女性アイドルグループは存在していなかった。

「ミャンマー人にその理由を尋ねると『この国にはそもそも受け皿が無い。アイドルになりたくても、ミャンマーに生まれてきた限り無理だと諦めている』と返された。しかし、そんな現状だからこそ、頑張れば成功できるという手本が必要だと痛感。オーディション立ち上げにつながった」と前出の加藤さん。最年長でリーダーのチョータゴーナインも「募集を知った時、母国でアイドルになれるまたとない機会だと思った」と振り返る。

現在、グループとしての稼働はユーチューブや地場最大手の通信会社、国営ミャンマー郵電公社のIPTV(インターネット・プロトコル・テレビ)での動画配信のほかに、各種イベントでのステージ披露、中国スマートフォン大手のミャンマー向けCMへの出演など。

ヤンゴン日本人学校で開催された「春まつり」の様子。ステージを披露したほか、和菓子の販売ブースでお手伝い

メンバーのうち3人が中・高校生のため、歌やダンスの練習は土曜日に週1回。オーディションに審査員として参加した講師の下でレッスンを積んでいる。

加藤さんによると、グループの知名度は一般的にはまだまだ。「ミャンマーの若者は『韓国人になりたい』と言うほどK—POPアイドルに夢中なのが実情。しかし、もともと親日国なので感触はよく、日本語学習者の間では知名度が上がりつつある」と説明する。

■思わぬ壁に募る焦り、成功すると信じて

2月下旬。ヤンゴン日本人学校で開催されたイベントに出演し、ステージを披露したJ—DiP。主に日本人会の会員に向けたイベントだったが、観覧エリアにはミャンマー人ファンの姿もちらほら。普段はSNSで日本の地下アイドル情報を追っているというヤンゴン在住の男性(28)は「ミャンマー発でありながらJ—POP風という点が面白い」と称賛する。

他の男性ファン数人も、日本のアイドル好きの延長線でJ—DiPに関心を持ったと回答。コンセプトを評価しつつも「一部の層を除き、ミャンマーではなじみがない路線なので、浸透するまで時間がかかるだろう」と言葉を加えた。

MV撮影の様子。制作はヤンゴンの若者たちが立ち上げた映像会社が担当。孤児院で行った撮影では院の子どもたちも出演。「頑張れば報われる世界の一助になりたい」(加藤さん)

実際、メンバーのシュエイーピエシャンも「多くの人が私たちのスタイルに少し違和感を覚えている様子」と告白。チョータゴーナインも「活動のために家族から経済的支援を受けているので、早く成功したい。まだ期待しているほどの反応がなく落ち込むことも」と本音をこぼす。

その一方「J—DiPの明るくかわいいパフォーマンスは、いつか必ずミャンマー人の心に届くと信じている」と声をそろえる5人。「イベント出演の前は、一緒に寝泊まりして何日も猛練習する」(ハルハナチュー)、「日本人アイドルのライブ動画やテレビ番組などを見て、表現力などを勉強中」(パトリシアン)と目を輝かせる。

そんな彼女たちについて、加藤さんは「とにかくやる気にあふれていて、普段の練習から熱心に取り組んでいる。自分も刺激をもらっている」とつぶやく。

メンバーと加藤さんの夢は、ミャンマーでのコンサート開催と日本での活動。そして両国の懸け橋になること。平均年齢18.4歳。挑戦は始まったばかりだ。

デビュー曲『Ichigo Parfait』のMV。22年10月発表。ミャンマー語の歌詞に日本語を部分的に用いてJ−POP感を演出(J−DiPのユーチューブより)

https://youtu.be/Cp8KdzlalSc

日系ウエディングドレスメーカーのオフィスで行われた、新しい衣装の試着。マリンルック風のデザインに目を輝かせるメンバー(J−DiPのユーチューブより)

https://youtu.be/9mgFDleWY

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ZERO2ONE代表・加藤さんが語る

ミャンマーの今と芸能裏表

ミャンマーのクーデター後の現状は、地方では軍の空爆などで被害が出ているが、ヤンゴン市内は軍に制圧された状況。22年は市街戦が展開されて悲惨な情勢だったが、今では少しでも市民が不審な動きをすると軍に連行されるので、抵抗する気力を失ったともいえる。

そういった意味で、正常化とは違うが市民生活を取り戻しつつあるのが実態。21~22年は「芸能活動をするなんて」という雰囲気があり、予定していたデビューイベントを中止せざるをえないなど、J—DiPもさまざまな影響を受けた。

現在、J—DiPはまだ投資の段階で大赤字だ。目標は、ミャンマーに進出している日系企業がこぞって広告に起用していた、ミャンマー出身のタレント・森崎ウィンさんのような存在。クーデターの影響で日系企業の出稿が激減したのが悩みの種だ。

今後、メンバーは7~9人程度まで増やしたい。地場テレビ局とタイアップして全国オーディションを開催する計画もある。現段階ではミャンマーでの知名度を上げることが優先だが、将来は日本での活動も思い描いている。

最初は皆「ミャンマーからアイドルなんて」とやる前から諦めていた。今では「やればできる」と反応の変化を感じ励みになる。

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加藤大樹(かとう・だいき)

1982年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。パナソニック、豊田通商、同社ミャンマー現地法人トヨタ・エー・アンド・サンズ(TTAS)社長を経て2021年ZERO2ONE設立

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