「相続登記が終わっていない不動産すべて」が対象。いよいよ開始が迫る相続登記義務化と、相続放棄の注意点

2024年4月1日から「不動産の相続登記」の義務化が施行されます。
これによって、不動産の所有者が亡くなったときに、その相続人が、所有者が誰なのかを登記(登録)しなければならなくなります。
そして、この登記義務を怠った人に対して、「10万円以下の過料」が課される 罰則規定も設けられることになりました。

この義務化によって、これまで相続登記の済んでいない不動産を持っている家族はもちろん「親は不動産を持っていないし、自分は関係ないだろう」といった方も、”寝耳に水”な相続登記義務を負う場合もあり、想像以上に多くの方が、この義務化の対応を迫られる可能性があります。

この記事では、この義務化で影響を受ける可能性がある人や、どのような対応を求められるかについてご紹介します。また、この義務化にあたって検討している人の多い、相続放棄についての注意点も交えてご紹介します。


なぜ今、義務化になったのか?

登記とは、簡単にいうと「その不動産が、誰の所有物なのかを登録した情報」です。

もしも誰かに自分の土地を勝手に使われてしまっているときに、「ここは自分の土地だ!」と簡単に主張できればいいですが、土地にはその証拠を残すことができません。そのために、この登記という手段によって、自分のものであることを他の人に対して証明できるようになるわけです(登記の効力については、厳密にはもう少し深い議論があるのですが、今回は割愛します)。

そして、不動産の相続登記は、これまでずっと、義務ではありませんでした。この背景には、先に述べたように、登記は”権利の記録”の意味合いが強いことがあります。つまり、相続によって”(不動産という、高額の)財産を自分のものにできる権利”を得られるため、その権利を得た相続人は、その登記手続きをわざわざ義務化する必要もなく、自発的に登記をするだろう、という発想があったものと思われます。

しかし、今はこの背景が大きく変わっています。例えば、長らく放置された山林や農地、過疎化が進んだ農村部の空き家など、所有するにも売却するにも支出を伴うような不動産が増えてきています。これらの不動産は、必ずしも「不動産=プラスの財産」という方程式が成り立たず、資産価値に比べて支出の方が大きい「マイナスの”負”動産」となっているのです。

そのため、このような”負”動産の場合は、”奪い合い”にもなり得る市街地の不動産とは対極的に、”押し付け合い”の不動産となり、相続権のある親族の中では、臭いものに蓋をするかのごとく、相続登記がなされないままの不動産が生まれてしまうのです。

相続登記がなされないままでいると、固定資産税の納税者が分からなくなったり、その土地で事故等が生じた際に、土地所有者が故人のままで、誰に連絡を取ったらいいのか分からなかったりといった事態に至ります。例えば2011年の東日本大震災でも、こういった「所有者不明土地」が、震災復興に向けて大きな課題になったといわれています。

義務化になると、どうなる?

相続登記が義務化された以後は、不動産の相続を知った日から3年以内に相続登記手続きを行わなければなりません。これに違反すると、10万円以下の過料が科される場合があります。

なお、この義務化は、法施行後の相続登記が対象なのではなく「過去の相続登記が終わっていない不動産すべて 」が対象です。そのため、例えば今まで見て見ぬふりをしてきた、長らく空き家の実家などはもちろん、自分も知りえない、祖父母の代から相続登記が済んでいない山林や、冠婚葬祭で数回会っただけのような遠い親戚の田畑が、突然自分も相続人の一人として、相続登記を強いられるような場面も起こり得るのです。

ちなみに、すでに相続が起こっている場合、本来登記をすべきだった時期から数年~数十年近く経っているケースもあると思います。現時点で相続登記を済ませていない場合は、2027年3月までに相続登記を済ませなければならないことになります。

相続放棄は、有効?

相続登記義務化が決定してから、”負”動産でお困りの方から、この登記義務化の対策として「相続放棄をしてしまおうと思うのだが、どうなのだろうか?」という質問をいただくことが増えました。たしかに、相続放棄をすれば、放棄した人は”そもそも、故人の相続人ではなくなる”ので、相続登記の権利者でも義務者でもなくなり、その不動産から解放されることになります。しかし、相続放棄には意外と見落とされがちな落とし穴があり、実はかなり慎重に検討しなければならない手段です。ここからは、その落とし穴を4点ご紹介します。

相続放棄の注意点(1)「宣言しただけではダメ」
相続放棄は、家庭裁判所へ相続放棄する旨の申し立てをしなければなりません。そのため、周囲に「自分は相続放棄をした」と宣言しただけでは、法的には相続放棄したといえません。仮に親戚全員に相続放棄をする宣言だけをしていたとしても、本来相続すべき不動産で事故等があり、その近隣住民から管理責任を問われるようなトラブルがあった際に、相続放棄をしていると主張しただけでは認められませんので、注意が必要です。

相続放棄の注意点(2)「期限がある」
相続放棄は、相続を知った日から3ヶ月以内に、家庭裁判所に申し立てをする必要があります。よくある間違いとして、「10年前に亡くなった親の財産を、相続放棄しようと思う」というご相談をいただくのですが、残念ながら3ヶ月を経過している場合、原則として相続放棄はできません。

なお、法律上は、いろいろな事情を考慮して「相続を知った日」という表現になっていますが、例えば音信不通の家族や遠い親戚等でない限り「相続を知った日=死亡日」というケースがほとんどです。

そして、多くの場合は大切な家族を失った悲しさや、役所手続きや周囲への挨拶などで、しばらくは心も体も落ち着かず、四十九日法要(死亡日から約1か月半)を終えた頃から、ようやく日常生活が戻り、自分のことを冷静に考え始められるのではないかと思います。しかし、相続放棄の期限は、その段階ではすでに1ヶ月ちょっとしかなく、その期間で、裁判所への手続書類を揃えなければならず、かなりハードな手続きとなります。

相続放棄の注意点(3)「財産すべて放棄する必要がある」
相続放棄では、財産すべてを放棄する必要があります。相続放棄をすることで、相続する権利のない人になるため、例えば”負”動産を相続しなくてよいメリットは確かにあります。しかし一方で、例えば銀行にある預金残高や、株券など、資産価値の高い財産についてもすべて放棄する必要があります。そのため、「欲しい財産は相続して、欲しくない財産は放棄する」といった都合のいい選択ができないため、慎重に判断する必要があるのです。

相続放棄の注意点(4)「親戚に迷惑をかける可能性がある」
相続放棄は、自分一人でも相続放棄をすることができます。ただしその場合、自分が相続放棄をしたことによって、「新たな相続人」が生まれる場合があります。

例えば、母親が他界し、母親の財産を相続放棄しようとしたとき、相続放棄する人に兄弟がおらず、すでに祖父母や父親も他界していた場合、一見すると「相続人が誰もいなくなった」と思えるかもしれません。

しかし、民法のルールでは、この場合には故人の兄弟、すなわち相続放棄した人からみて”おじ・おば”が新たな相続人となります。したがって、親戚に”負”動産を押し付けてしまうことも起こり得るのです。

相続は、とにかく事前準備が大事!

以上お読みいただくと、何をするにも八方塞がりな印象を受けるかもしれません。しかし、やや残酷な結論かもしれませんが、財産を持っている以上、相続登記についても、相続放棄の注意点についても、どうにも避けられない通過点です。そして、いずれの方針にしても、基本的には自分の一存だけでは決められないことでもあります。

その意味で重要なことは、家族や親戚など、関係者が元気なうちに、一日でも早く話し合いの機会を持つことです。関係者の誰かが認知症になってから、相続が発生して、その子供達などが相続人になると、話し合わなければならない関係者が増えてしまうリスクが高まります。

なかなか楽しく話せるテーマではありませんが、不動産そのものだけでなく、この話し合いを放置していることにより、今回ご紹介したようなリスクがどんどん高まってしまいます。そういった事態になってしまうことを関係者にも共有しつつ、余計な費用や負担が増えてしまう前に、ぜひ建設的な方針を見つけて頂きたいと思います。

参照:法務省「あなたと家族をつなぐ相続登記 ~相続登記・遺産分割を進めましょう~」

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