タカラジェンヌに愛される牛乳と女性社長 パートから後を継ぎ、廃業危機乗り越える 歌劇ファンや市民からも広い支持 兵庫

たからづか牛乳の本社工場で製造した牛乳を手にする社長の山本陽子さん=宝塚市高司5

 タカラジェンヌに愛される牛乳が、宝塚歌劇団のおひざ元の兵庫県宝塚市内で製造されている。メーカーはその名も「たからづか牛乳」。一時は廃業の危機に見舞われたが、こだわりの品質やパートから転じた女性社長の人柄で、宝塚音楽学校の生徒が通い詰め、歌劇ファンや市民にも支持を広げている。(森 信弘)

 たからづか牛乳は、酪農家の山口知さんが1995年に創業し、自然に近い形で育てた牛のミルクを個人宅や保育園向けに配達していた。が、2009年10月、山口さんは76歳で病死してしまった。

 山口さんは生前、パート従業員山本陽子さん(53)に後継を頼んでいた。山本さんにそのつもりはなかったが、当時の従業員4人のうち2人は重度の知的障害があり、廃業すれば行き場を失いかねなかった。「自分がやるしかない」と腹をくくり、社長に就いた。

 すぐに困難にぶち当たった。借り入れが約1千万円あり、数年たっても赤字が続いた。地元の商工会議所に相談して「卸ばかりではなく、自分で店を出して売る方が利益を出しやすい」と助言を受け、国の融資を利用した。 ### ■母親のように

 13年春、阪急宝塚南口駅前の空き店舗を改装して開業した。プリンやヨーグルト、ソフトクリームをそろえて、店内で食べられるようにした。この場所が偶然、宝塚音楽学校から寮への帰り道に当たっていて、夜になると生徒が立ち寄るようになった。

 「練習が大変」「もうすぐテスト」と山本さんも加わってのおしゃべりが弾んだ。生徒の食事は自炊と聞き、カレーを振る舞うこともあった。10代半ばで親元を離れた生徒たちにとって、山本さんは母親のような存在になった。

 生乳の仕入れ先は、市内で初代社長山口さんの長男善弘さん(67)が営む「山口牧場」。牛にストレスを与えないよう餌や水、牛舎の環境に工夫を凝らして育てている。たからづか牛乳は、牛乳本来の風味を重視して低温殺菌を施し、まろやかな味わいと強い甘みを引き出す。

 2年制の音楽学校を卒業して舞台に立ったジェンヌたちは、手塩にかけたヨーグルトやプリンを「おいしい」とファンに宣伝し、たからづか牛乳は徐々に知名度を上げた。分かりやすい名前は、観劇や観光の土産にも最適で、市内に新たに出店した。 ### ■時代が追い風

 牛乳は900ミリリットル940円、500ミリリットル510円など。生乳に限りがあり、値段は安くはない。それでも、食の安心安全や地産地消が重視される時代を追い風に、ニーズは百貨店などにも広がった。

 山本さんが引き継いだ当時の借金は7年ほどで返済した。店舗は宝塚市内の3カ所に増え、売り上げは新型コロナウイルス禍でも落ちることなく約5倍に伸びた。従業員は社長就任時にいた障害者1人を含む22人を数える。

 この間、宝塚音楽学校の寮は移転したが、ジェンヌとの付き合いは続いている。宝塚南口店では、サイン入りカレンダーや応援のお礼のはがきが壁を埋める。ジェンヌたちは「ただいま」と実家に帰省するように店に現れるという。

 山本さんはいまも毎月、乳牛の模様が入ったマスク姿で観劇に通う。「彼女たちは娘みたいな感じで、うちの牛乳を支えてくれている。歌劇や地元の人を大切にして、ほかにはない商品を作り続けたい」

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