人手不足にあえぐ介護分野で外国人材を確保する新たな枠組みづくりに、神戸市の産官学が連携して挑んでいる。働く前に、日本語習得と介護実習をサポートし、留学費や生活費も無償だ。国内外の人材獲得競争が激化する中、「神戸モデル」が注目を集める。
6月上旬、神戸市兵庫区にある社会福祉法人「報恩会」の研修センター。ベトナム人の男女3人が机に向かいペンを走らせていた。
向き合っていたのは日本語能力試験のN3(日常的な場面で使われる日本語をある程度理解できる)用教材だ。今春から市内の介護施設で働くアン・リットさん(23)は週1回、同センターで日本語能力を磨く。
「施設利用者の状態を(日本語で)説明したり、報告したりするのが難しい。早く上手になりたい」。目標は介護福祉士の国家資格取得。永住も可能になる。「介護技術の高い日本に来たかった。事前にベトナムで日本語の勉強を受けていたので、あまり不安はなかった」と屈託ない。
■「うまい話」
アンさんら3人は元々同国の医療系専門学校生で、昨年9月に来日した。留学生受け入れで実績がある神戸国際大(神戸市東灘区)で約半年間、日本の言葉を学び、文化や生活習慣に適応。5年間の就労が可能な在留資格「特定技能1号(介護)」を得た。
通常、施設側が外国人材を受け入れる場合は仲介業者に依頼する。だが、3人は神戸市と神戸国際大、報恩会による神戸モデルの枠組みを通して施設に就労した。
就労前の日本語教育の仕組みは異例だ。加えて、渡航費や教育期間中の住居・生活費などは、大学や施設など関係機関が負担。留学中はアルバイト禁止で、勉強に集中できる。
この枠組みは介護人材を神戸に引きつけようと考え出され、3人は第1期生だ。当初、本人や家族は「あまりに『うまい話』で、信じられなかった」というが、チャン・ティミー・ユエンさん(29)は「神戸は住みやすくて便利。来て良かった」と話す。
報恩会も介護施設などを運営するが、3人は別法人の施設で働く。同会理事長の奥野和年さん(59)は「手を打たなければ日本に優秀な人材は来なくなる」と危機感をあらわにする。
■3千人の人手不足
加速する少子高齢化は、介護分野に深刻な人材不足をもたらしている。厚生労働省によると、2025年には国内で介護人材が約38万人足りなくなるとされる。神戸市内では推計約3千人の不足が見込まれ、郊外の介護施設は運営が難しくなり、高齢者が住み慣れた地域を離れなければならなくなるかもしれない。
外国人材の需要は高まる一方だが、当事者の経済的負担が大きな課題だ。渡航仲介業者の中には100万円以上を徴収し、重い借金を背負って来日する外国人が後を絶たない。
「生活苦に耐えきれなくて逃げ出す人もいる」と奥野さんは話す。「悪名」が出身国に広まり、日本を避けて介護人材の待遇が良い韓国やドイツなどに人材が流入しているという。
国内では比較的給与が高い首都圏に外国人材が流れており、神戸市などは人材誘致で神戸モデルをPRしたい考えだ。内閣府も取り組みに関心を示しているという。
介護施設にとっては、仲介業者を経由するよりも経費を抑えられるメリットがある。一方、多くの費用を負担する神戸国際大と報恩会に直接の利益はないが、同大学の小林哲也・大学事務部長(54)は「地域課題の解決に貢献することは大学の使命」と意義を語る。
同大は現在、2期生4人を預かる。外国人材を増やし、定着させるには言葉の習得支援のみならず、「就業や生活上の悩み、不安の払拭も欠かせない」と指摘。「行政側にはサポート体制の構築を検討してもらいたい」と話している。 (金 旻革)