ケッセル・レーシングの57号車フェラーリ488 GTE EvoでWEC世界耐久選手権にフル参戦、自身5回目のル・マンへと挑んだ木村武史。レース中盤にはLMGTEアマクラスの首位へと浮上し、木村自身も快走を見せるも、自身のパートを終えた後、悲運のアクシデントによりリタイアを喫することとなってしまった。
5度目のル・マン、そして最も勝利に近づいたル・マンで、“トップアマチュア”たる木村はどんな景色を見たのだろうか。リタイア決定後、決勝レースが続くなかでケッセル・レーシングのホスピタリティを訪れると、意外やすっきりとした表情の木村がいた。
■「最高だった」ハイパーポールでのアタック
事前の取材に対し「めちゃくちゃ自信がある」と語っていた木村。「今までは応援してくれる人たちがいるからやるという受動的なものだったのが、自分で自信をもって挑む能動的な感じになっている」と精神的にも姿勢が切り替わっただけでなく、今季はWECやELMS(ヨーロピアン・ル・マン・シリーズ)へのフル参戦、そしてシミュレーターでの綿密な準備を重ね、いよいよル・マンでの表彰台、そして優勝も狙える体制が整えられていた。
そうして臨んだル・マンのレースウイークで木村のひとつのハイライトとなったのは、予選での各クラス上位8台が進出するハイパーポールだった。
木曜の夕方に行われたこの30分間のセッション、わずか24台とトラフィックが少ないサルト・サーキットを、木村は思う存分に攻め切った。
「いやぁ、最高でしたねぇ」と木村はそのときの快感を思い出し、目を細める。
「アタック1周目で(3分)55秒6が出て、2周目も(他車のストップによる赤旗がなければ)54秒5は切ったんじゃないですかね。なにもしないでも、速く走れたんですよ。フェラーリはヨコ(タイヤの横方向のグリップ)を使えるので、クリーンな状態で走れるとすごく速いんですよね」
ハイパーポールは結局6番手となったが、仮に3分54秒台前半出せていれば、コルベットのベン・キーティング、アストンマーティンのアーメド・アルハーティに次ぐ3番手の位置につけられたことになる。
■日曜朝、突如劣勢となったフェラーリ勢
決勝でも57号車の好調は維持された。フェラーリファクトリードライバーのダニエル・セラがスタートを務めた後、序盤のうちに木村はマシンへと乗り込んだ。
「まわりが結構クラッシュしていくなか、ポジションを上げられてよかったですね」
順調に上位へ進出する好調さに、木村は興奮。自身がドライブしない夜間の時間帯も、よく眠れないほどだったという。
朝のスティントも、クラス首位の状態で木村はドライブ。しかし、日が明けてから周囲の“異変”に気づいたという。ライバル勢のコルベットやポルシェが、突然ペースアップを見せたのだ。
「彼らは、フェラーリより2秒くらい速く走っているわけです。土曜のうちにプロが走って3分53秒台とかなのに、日曜の朝になったら3分50秒台も出していて……これはちょっと、さすがに厳しいなと思いましたね」
木村によれば、「バトルになったり、路面が汚くなるとフェラーリは厳しいのかもしれません」という一面も影響したようだが、それと同時に周囲がレースウイークのこの最後の瞬間に向けて、“パフォーマンスをマネジメントしてきた”ようにも感じているという。路面温度が上がった状態で3分50秒台を刻めるということは、予選では本来、さらに速いタイムを刻めていたはずだ、と(予選でのクラス最速タイムは83号車フェラーリの3分51秒8、コルベットは3分52秒2)。
木村のスティントが終わった後、他車が蒔いた砂利を拾ってしまったスコット・ハファカーがピットに戻るなどして57号車はポジションを下げた。最終的には残り4時間を切ったところでセラがパンクに見舞われ、インディアナポリスでクラッシュ。マシンのダメージが大きく、無念のリタイアを喫することとなった。
終盤のアクシデントがなかったとしても、日曜朝からの上位とのペース差は大きく、表彰台争いには残れなかったものと木村は見ている。
「ショックですね。いまのフェラーリでは、難しいかなと思いました。これが素直な感想です。レースラップで2秒から2.5秒も違う状態で、300周もされてしまうと……。いま(決勝終盤)、コース上で一番速いのはコルベットとポルシェですが、ポルシェなんて1台もハイパーポールに進出してこなかった。そういうところがちゃんとコントロールできないと、(ル・マン優勝は)難しいのかなと思います」
ル・マンの朝になり、突如露呈したライバル勢のパフォーマンス。しかしそこまでのトップ快走は、木村自身「気持ちよかった」という。
「夢は見られた。でも、つかめなかった。という感じでしょうか」
木村は5回目のル・マン挑戦を、そう総括した。